第5話
「まこと、逃げ太郎の借金なんだがな。親父さんに協力してもらえないか?」
「分かってます。ちょっとパパに相談してみます」
神湯の両親は白いものも黒にしてしまうと噂の超有名弁護士である。
母親も弁護士ではあるが、伴は彼女が少し苦手なので無意識に親父さんの方に助力を求めた。
しばらくして『ブロロロ』という、いかにも外車にありがちな非常に燃費の悪そうな音が伴の住むマンションにやってくるのが聞こえた。
その音が止むと伴は規律を正し、神湯は紅茶を淹れる準備をする。
ものすごくせっかちでいて、息子を激愛してやまない者が訪ねてくるのを、伴達は理解していた。
「やぁ、伴君。とうとうウチの息子と結婚する気になったみたいだね。おめでとう!」
「お久しぶりです。春彦さん……ってはいぃ?」
ーーーーーー
神湯春彦ーーー
人生においてすべての学業でトップクラスの成績しか取れないような男であり、神湯まことの父親である。
そのまま官僚のエリート街道を突き進むと思われたが、とあるきっかけで弁護士になる。
当時は仕事以外で一切喋らず、一言で言うと『つまらない男』であったが、何分弁護士としても腕は優秀だったので誰も口を出すことは無かった。
結婚し、まことが産まれてもその性格は変わることは無かったが、まことのいじめ問題を機に、何というか、『タガが外れた』ようで、家族を第一に考える家庭男へとシフトチェンジしたのだ。
まことの一件で伴には全幅の信頼を置いており、何かとまこととくっつけようとする内の1人でもある。
出会い頭に身に覚えのない祝福された伴は、ジィっと神湯を見つめると、明後日の方向を見て吹けない口笛を吹いてる神湯がいた。
「すっとボケるな。説明しろまこと」
「はは、いやぁー。こう言ったら早く来てくれるかなー。なんて……あの、ごめんなさい」
伴よりキツめの眼差しを受け続けた神湯は謝罪をし、その場は落ち着いた。
早速と春彦をリビングへ迎え入れ、本題に入ることとした。
「なんだ、結婚の話ではないのか。まぁ伴君もまだ若いしな、特に日本だとまだ世間の目のあるだろう。どうだ? 私にまかせてくれれば海外の1等地を……」
「いえ、ですからそう言うのでは無くてですね」
「パパ、それはこの件が終わったらにして。先ずは話を聞いて欲しいの」
伴は苦虫をかみ潰したような顔をしてしまう、春彦とまことを相手にするとどうも話のペースが乱れてしまうからに他ならない。
それでも気を取り直し、伴はこれまでの経緯を伝える。
「実はですねーー」
ーーーーーーーーーーーー
「なるほど、DVに児童虐待か。よくある話だな」
「そうなんですか?」
「同じ『暴力』という括りだしな。家庭にそういうのが1人居れば、セットになるのが大半なんだよ」
最愛の息子が淹れた、少しランクの高い紅茶を飲みながら、春彦はDVについて語りだす。
春彦が言うには、DVシェルターという被害者専用の隔離施設があるらしい。
そのシェルターには子供も入居できるが、色々な条件が必要らしい、だが、春彦は自分に任せればなんの問題もないと豪語してくれた。
「児童虐待の証拠はあるのかい?」
「はい、これで大丈夫でしょうか」
そう言って伴は、優子から貰った隆太の写真と、ICレコーダーの音声を春彦に聞かせた。
春彦も子供がいる身であり、なおかつ、かつての自分の息子が受けた記憶が蘇ったのか、苦い表情でそれらを拝聴した。
「これだけあれば児童虐待については充分だ。ただ1つだけあるとすれば、江口由花子が夫からの暴力を認めるかどうかだ」
「隆太君が無事になれば、俺は構わないんですが」
「そうは言うがね、その後も大変なんだよ。家は私も家内も、まことについて反省出来た珍しい事例なんだ。特に、こういうのは子供にとってはね」
その春彦の言葉に、まことは照れるような恥ずかしいような、しかし嫌な気分では無いという絶妙な表情をする。
その顔つきに春彦は息子の成長を感じ、暗い話題ではあるが、少しニヤけてしまった。
「ちなみに今回の悠介と由花子なんだが、私が分析するに『共依存』の可能性が高い」
「共依存……ですか」
「伴先生、『きょーいぞん』ってなんですか?」
「んー、その関係性に異常に固執……まぁ依存してるってことだな」
「へー、じゃあ逃げ太郎と由花子さんは、夫婦であり続ける事にって事?」
「そうだな、特に子供がいる夫婦には、暴力による支配とそれを我慢する事にお互いが存在価値を見出すケースが多い」
そう言い、春彦はゆっくりと紅茶を飲み進める。
紅茶が切れたのか、まことは「おかわりは?」と聞くが、春彦はそれを断った。
「家はね、伴君。君に救われたんだ。情けない話だよ。そういった現場をずっと見てきて、ずっと戦っていたのに、1番近い所にいる大切なものだけは見えない振りをし続けていたんだ」
「俺はそんな……ただの一般人で、買いかぶりすぎですよ」
「自分を貶めないでくれ、私が惨めになる。」
遠くを見るような、まるで何かを見透かすような目で、春彦は伴を見つめる。
その何処か可愛さすら感じる視線に、伴は照れた笑いをするしかなかった。
その時理由は分からないが、何か我慢が出来なくなったまことがそっと伴に腕を絡ましてきた。
「私は、伴先生に救われましたよ?」
「よしてくれ恥ずかしい」
咄嗟に絡まれた腕を優しく解くが、めげずにまた絡まれたので、伴は諦めた。
その光景を見た春彦は、笑顔を残しつつ告げる。
「何というか、伴君と居ると余計な事を喋ってしまうな。話を戻すが、由花子が暴力を受けていたと認めれば全てが上手く行くんだ。伴君には、それが出来るのだろ?」
実際には、春彦は伴に異能があることを知らない。
知らないが、自身の体験として伴ならどうにか出来るとの確信めいた自信があったのだ。
「そうですね……その辺は、俺でやってみます」
「頼もしいな。それじゃあ明日の朝でいいかい?」
せっかちすぎる春彦は、明朝には由花子の元へ向かおうと提案する。
伴もまことも異論は無く、「お願いします」と言ってその日は解散となった。
ーーーーーー
その夜ーー
「ねえ、伴先生」
「ん?」
神湯は、身支度を済ませ、そろそろ帰ろうかというタイミングで伴へ問いかける。
「隆太君、由花子さんと幸せに暮らせるんですかね?」
「こればっかりはなぁ……正直どう転ぶのかは分からないな。分からないが、今よりは良くなると思うぞ」
「……そうですよねー。なんか変なこと聞いちゃってごめんなさい。じゃあおやすみのキスを……」
「はーい帰れ帰れー」
神湯は「ちぇー」といいながらも、伴の言うとおりに素直に帰宅する。
いつもの光景であるが、伴は玄関が閉まったタイミングで深めのため息をついた。
「共依存か……」
何か薄ら寒く感じた伴は、その日早めに寝ることにした。
ーーーーーーーーーーーー
翌朝ーーー
氷山市の高級住宅地にある高層マンションの一室の前に、伴と春彦とまこと、更に児童虐待専門の法人関係者である女性1名を含めた4人が立っている。
「『江口悠介・由花子・隆太』って表札ありました。ここです」
「春彦さん、先ほども言いましたけど、出来れば警察沙汰には……」
「勿論分かってるよ。さぁ行こうか」
全員、夫の悠介が仕事に向かったのは既に確認済みである。
意を決して、伴はインターホンを鳴らした。
ピンポーンーーー
「はーい……ヒャッ!」
ドアを開けた由花子は驚愕の表情を浮かべる。
様々な『何故?』が錯綜する中、とりあえず、目の前にいる人物の確認を急いだ。
「さ……西園寺伴先生?」
「ええ、江口由花子さん、西園寺伴本人です。少しお話いいですか?」
勝負は始まった。
江口由花子の口元についている絆創膏が、見たものの全員の心を抉った。
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