&α 幻想的な旋律

 小さな演劇ホール。

 舞台の上には、ピアノが1台。

 舞台袖から、女の子が出てくる。緊張した面持ちで、ピアノに向かっていく。右足と右手が同時に動き、そしてそのあと、左足と左手が前に動く。

 椅子によじ登って、舞台脇から出てきた先生が用意した足置き台に足を置いて。

 ピアノに手をかける。

 だけど、弾きはじめられない。緊張している。


 その背中に。


 彼女の姿が、見えたような気がした。


 女の子が。急に、弾きはじめる。最初はぴこぴこと早いペースで指を動かしていたのが。だんだん、落ち着いてきて。綺麗なエチュードになった。別れの曲。


 流れるような。


 それでいて。


 やさしく、どこかあたたかい。


 曲が終わって、女の子が椅子から飛び下りておじぎをした後も。拍手は起こらない。余韻に浸っていた。そして、まばらに、思い出したように拍手。


「きれい。とても、きれい。上手だったよ」


 隣の席。


 声がした。


 拍手をしている。


 彼女。


「端乢」


「ごめんね。来ちゃった。すぐ帰るから」


 立ち上がろうとした彼女の手を。


 握った。


「俺も。連れていってくれ」


「でも」


「やっと、逢えたのに。離れたくないんだ。一緒にいさせてくれ。ずっと」


 だんだんと大きくなっていく拍手のなかで。


 ふたりが。


 幻想のなかへと、消えていった。



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