&α 幻想的な旋律
小さな演劇ホール。
舞台の上には、ピアノが1台。
舞台袖から、女の子が出てくる。緊張した面持ちで、ピアノに向かっていく。右足と右手が同時に動き、そしてそのあと、左足と左手が前に動く。
椅子によじ登って、舞台脇から出てきた先生が用意した足置き台に足を置いて。
ピアノに手をかける。
だけど、弾きはじめられない。緊張している。
その背中に。
彼女の姿が、見えたような気がした。
女の子が。急に、弾きはじめる。最初はぴこぴこと早いペースで指を動かしていたのが。だんだん、落ち着いてきて。綺麗なエチュードになった。別れの曲。
流れるような。
それでいて。
やさしく、どこかあたたかい。
曲が終わって、女の子が椅子から飛び下りておじぎをした後も。拍手は起こらない。余韻に浸っていた。そして、まばらに、思い出したように拍手。
「きれい。とても、きれい。上手だったよ」
隣の席。
声がした。
拍手をしている。
彼女。
「端乢」
「ごめんね。来ちゃった。すぐ帰るから」
立ち上がろうとした彼女の手を。
握った。
「俺も。連れていってくれ」
「でも」
「やっと、逢えたのに。離れたくないんだ。一緒にいさせてくれ。ずっと」
だんだんと大きくなっていく拍手のなかで。
ふたりが。
幻想のなかへと、消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます