04 ENDmarker2. 叶わなかった願い

 幻想のなかに帰ってから。


 すぐに、幻想に来てしまったひとを諭して、元のところに帰していく。みんな、幻想にいると、心が落ち着いたみたいだった。帰るのをいやがったりするひとは、いない。


 元のところに帰ったら、誰かに見つけてもらえるように119番するようにとも伝えた。


 みんな。


 もといたところに帰っていった。


 わたしは。


 幻想が、もともといたところ。帰るべき場所。


 彼に、逢いたかった。


 彼にふれて。また、彼のことを感じたかった。一緒にいたい。


 最後のひとり。


 ピアノのレッスンに行きたくなかった女の子だけは、なかなか幻想から帰りたがらなかった。


 一度目は、せみが電線にくっついているからと幻想に戻ってきて。

 二度目は、いたずらっ子がいたからと幻想に戻ってきて。

 三度目は、花瓶を倒しちゃったと半べそをかきながら幻想に戻ってきた。なかなか、もといたところに帰ってくれない。


「いやだ。コンクールいきたくない」


 その一点張りだった。しばらく、幻想のなかで、一緒に遊んだ。


「なんで、コンクール、行きたくないの?」


「いやだから」


「なんで、いやなの?」


「コンクールだから」


 そんな感じ。


 彼女の純真さが、ほほえましかった。自分も、この女の子のように、素直になれたら。幻想なんて捨て去って、彼のところに向かうことができたら。どれだけ、いいだろうか。


「おねえちゃん」


「ん?」


 女の子。ぎゅっと、抱きついてくる。


「おねえちゃんすき」


「ありがと」


「ピアノのコンクール。行きたくない」


「わたしは、コンクール見てみたいなあ」


「うええ」


「コンクールでピアノを弾いてる姿。見たいよ。おねえちゃん」


「うええ。どうしよう」


「大丈夫だよ。きっと、できる。上手く弾けないかもしれないけど、そのときは、だめだったって泣いちゃえばいいの」


「いやだなあ」


「そっか。いやかあ」


「でも。わたし。がんばる。コンクールでる」


「おっ」


「だから。おねえちゃん。おねえちゃんも見にきて。コンクール」


 女の子。純真で、きらきらした、視線。


「よし。わかった。おねえちゃんも、行っちゃう」


「やったっ」


「じゃあ、そろそろ帰らないとね」


「うん。おうちにかえる」


「戻ったら、近くにある電話で、119番をしてね」


「119ばん?」


「うん。119番。きっと、世界でいちばんかっこよくてすてきなおにいさんが、助けに来てくれるよ」


「そうなの?」


「そうなの」


 三佐。


 わたし。


 あなたが好き。


 好きでした。


 最後まで伝えられなかった思いを。叶えられなかった願いを。女の子と一緒に、届ける。


 あなたに、伝わるといいな。

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