第15話 魔法使いなんかに誰がなるか(真田かりん)




 一日に何回か。

 地面からほんのスウセンチ浮いているような。

 ちょっとした刺激がほしい。











 あなたと出会う三日前。

 二階建ての家。一階、西寄りの庭に面した和室。

 仕事場兼寝室としている畳と木板が半々に敷かれているその部屋に。

 太陽の緋が届かなくて、遠くに夕日が見える時刻。

 その部屋の持ち主であるおばあ様は、向かい合って座っている私に、一人の女の子と恋人ごっこをしてほしいと言って来た。



 考えたのは数秒。

 いいわよと頷くと。

 ありがとうと。

 あなたが先導してと。

 仮初の恋人となる相手の情報を伝えてくれた。

 ざっくりと。



 それでよかった。

 むしろ少しも伝えてくれなくてもよかったのだけど。

 彼女にとってそれが必要だったのだ。




 花見の最中に席を立って渚君と原田君にじゃあねと告げて、

 美影と二人、校長室へと歩いて行った。


 正面の入口へと続く道路。

 その中を二人で無言で歩く。



 灰黒な道路を隠す桜の花びら。

 踏まれた事で折角の綺麗な色がくすんでしまっている。

 きたないなーと思いながら、目線を上へ。

 宙にある桜は白に近いのに。

 こうして地面に落ちると桜色になるんだなーとぼんやり思う。



「美影。私といる時は何を考えているの?」



 クサい男は君の事を考えているだとか演技にしか聞こえない常套句を吐くのだろうけど。



「何も考えてない」



 外見はなかなかのイケメンに部類される。

 しかも、あまり、というよりも、話し掛けられない限り口を開く事はないだろうから、色々と想像が描きたてられ易いだろう、彼女のその返事に口元を少しだけ上げた。




 恋人ごっこはかなり長く付き合えるだろうと思ったのだ。






 そうして放課後。休みの日。

 いろいろと連れ回した。

 飲食物は限定されているから大体それ以外の場所。

 ショッピングモール。

 遊園地。

 動物園。

 植物園。

 水族館。

 公園。

 美術館。

 博物館。

 さびれた商店街。

 神社。

 海。

 森。

 おとなしくついて来た美影だったけれど、

 図書館だけは渋っていたっけ。



 次はどこへ連れて行こうか。

 夏休みに入ったら旅行とか。

 その前にびっしり勉強を叩きこまなくちゃ。


 次、をどんどん手帳に書きこんでいく。

 ごっこだから楽しめる。

 でも誰とでもこうなるのではないと。

 認めてはいた。




 文化祭閉会時の予想内の訪問者二人に。

 暫くの間、お別れなのだと、

 美影の元へ行く事はせずに。

 みんなが校庭へ向かう中、一人、教室に戻って体操着から制服に着替え直して、渚君の家に向かった。




 ごっこから卒業して、本当の恋人に。

 考えて、でもすぐにメンドクサイと打ち消す。

 それを何度も何度も懲りずに繰り返す。


 ばかじゃない。

 呟いて。

 手帳に予定を書き込んでいく。



 めんどくさいのは。

 女同士だから。

 という、性の障害故の結論ではない。

 本気になったら、楽しめなくなる。楽しませる事すらできない。

 めんどくさい自分になる事が簡単に予想できたから。



 ごっこだからこそ保たれているこの平穏と刺激。

 手放してまで、この萌芽を成長させる事はない。

 出て来た瞬間にスコップで土ごとえぐって捨ててやる。

 何度でも、何度でも。






「美影。私といる時、演技してる?」

「……何も考えてない」

「そう」



 ふふっと笑って、目の前の棚に畳んで置いてある、白のチェックで青色の半袖ニットシャツを広げては上半身に当てて、首を傾げた。



「これ似合う?」

「…この青よりこっちの空が似合う」

「……そう?」



 渡された色違いのそれをに取って、鏡の前で確かめずに会計を済ませて。

 紙袋を左手に、右手で美影のTシャツの裾を掴む。



 土を丸ごと捨てない時点でもう。



 ごっこでも、恋人なのに、

 手さえ繋げない時点でもう。




 えんえんと、情けなく泣く相手に、

 誰が渡すかと独占欲が一気に放出した時点でもう。




(さてと。本当のライバルになりましょうか)




 およそ一年半。

 姿は見ていたけれど話しておらず、未だに美影の前に姿を見せない臆病者を思い描いて、不敵に笑った。











 大きくジャンプして

 地面をふみしめますか












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