高校2年生 かんわ編

第14話 You are my SUNSHINE.(原田佐之助)

 渚と一緒に外に出た美影が一人で戻って来たかと思えば、今度は乱入者二人と校長と共にまた体育館を後にした。




 完全に閉ざされた扉。




 さっきの事態に興味のある生徒、ない生徒が、がやがやと雑談する。

 理由を求めに先生に詰め寄っている生徒もいて、文化祭の高揚が薄れて行っているように感じた。

 


 今年のダンシングレイニーはないかもな。

 ガキ臭い、汚れるからヤダとか。

 文句が多い割には、みんな結構楽しみにしていたのに。



 だがその予想は外れた。

 壇上で一人の熱血教師が青春は一度きりだとか声高に叫び、中央の階段を使わずに飛び降りたかと思えば、体育館の真ん中を突っ走っては閉ざされた扉を勢いよく開き、行け若人たちよ、と曇天の空を指差した。



 ドン引きだ。



 一部の生徒たち以外は。

 ノリノリな彼らは雄叫びを上げながら、外へと飛び出した。

 熱血教師に中てられずに椅子に座ったままの他の生徒たちも、先生たちに折角の文化祭だからと促されて、外へと歩いて行った。



 まぁ、しかし、外に出てしまえば、あとはなし崩しだった。

 雨が降っているのかと実感できないほどの煙雨の中。

 雨の勢いが足りなかったのはかなり残念だなと思いながら、汚れも恥じらいも気にせずにはしゃぎ回るみんなを尻目に、ここにはいない人物の元へと向かった。











 はっきり言ってドン引きだ。


「ひ、ひどく、ね。おれ、が、どんだ、け、くぅ。る、しんでる、と」

「あ、わりい。声に出てたんだな」


 涙、鼻水、汗、体液と言う体液を出している渚は、しゃくりあげながら部屋に入ってきた俺を睨んだ。



 そう。俺が向かった先は、渚の家、渚の部屋。

 泣き声がするその部屋を開けた瞬間、俺は人生で一番に入るほどの衝撃的な光景を目の当たりにした。

 当分。下手をすれば一生、忘れたくても忘れられないと思う。



(恨むぜ…美影)



 それは。

 友達の渚がゲイのエロDVDを涙を流しながら見ている光景だった。



(今度会ったら絶対何か奢ってもらう。ちょっと手が出せないやつ)



 責任転嫁ではないはず。

 美影に責任が取ってもらうしかない。



「…なぁ。この状況、説明してくんね?」



 TVの前に体育座りしている渚の横で片膝を立て、殊更優しく話し掛ける。

 そうすれば、未だについている画面を消すと思ったのだが、渚はあっはんうっふん身体を絡み合わせている男性二人に釘づけのまま。

 偏見はそうないつもりだったが、耐えきれない時点で、そうでもなかったのかもしれない。



「さ、のすけ。こうふ、ん、する、か?」

「いやまったく」

 


 目線はそのまま。

 ぐずぐずの声での投げ掛けられた疑問を寸断する。



「…だよ、なぁ」



 気落ちする渚に、消すぞと了承を得ずに手に持っていたリモコンを取って、停止、次にTVの主電源ボタンを押した。

 ふっと一息吐く音が聞こえて数秒。

 何があったと再度訊くと、渚は真っ黒な画面に顔を向けたまま、先程よりは落ち着いている様だが、それでもぐずぐず声で話し始めた。




「美影に、言われた。女だって」



「全部。演技だって。じゃあなって」



「ショックだったのは。女だって。告白で」



「演技の方を、ショックに思う、はずだろ?女だって事を…喜ぶ、はずだろ?」



「なの、に、俺は。女の美影を想像したら。好きだって、気持ちが、停まって」



「男子じゃ、なくて。たまたま、美影が、男子だったから。美影だったから」



「でも、違った」



「俺。男が……好き、だったん」



「さっきの。俺、興奮、した……しかも。抱かれる、ほう。で」



「あの二人が美影にとって何なのか知りたかった」

「けど、それよりも、離したくなかった。掴んでいるべきだった」

「そう思うのに」



「こんな気持ちじゃ………」

「美影を引き留められないって」

「確かめなくちゃって」

「そんですぐにレンタル屋に行ってゲイエロDVD借りて」

「男の美影が好きなのか。美影が好きなのかって」



「……おれ……俺」

「男が好きだっただけなんだ」




 噛み殺したものから一変。

 わあわあと激しく泣き出し始めた渚に。


 まっっっったく。

 悪いが。

 共有も同情も抱けない。

 ので。


 泣くなうるせえ。と。

 うつ伏せになる渚の後頭部を叩いた。



「ひどくね!!」



 ようやく向けられた顔は、真っ赤で、ずるずるなもの。

 後頭部を押さえながら恨めし気に見つめる渚を鼻で笑う。



「何で泣いてんだよ?」

「何でって」



 口を尖らせる渚はぼそぼそと。

 俺は美影が好きじゃなかったんだー。とか。

 性別で人を嫌うなんて。俺は最低なやつだー。とか。

 美影に申し訳が立たないー。だとか。

 迷惑かけまくったー。だの

 友情も築けないー。だの。

 美影は何で男じゃないんだよー。だの。

 俺は何で女じゃないんだよー。だの。

 でも女になりたくない男が好きなのにだの。

 俺は身体、外見目当てのクズ野郎だの。



「グッチ愚痴グッチ愚痴うるせえ!!」



 目を丸くする渚に、ついでに唾も吐き出して、喝を入れたろかと思う。



「未練たれタレなくせに何を立ち止まってんだ」

「今まで猪みたいに追突しまくってたくせに」

「……でも、俺。女の美影。だめだ。女の美影」

「ならさっさと次の男を探す為にもその顔を止めろ」



(あー。ったく)




 そんな顔をするくらいなら。




「美影に会いたいか?」



 強く、

 強く結ばれた口は、

 耐える為。



(……苦悩は共有できない。同情もない。だけど)



 男が好きだと。

 冗談が現実になって。

 俺がもしと。

 想像しようとしても、どうしてもできなくても。

 共有も同情も持ち得なくても。




「お」


「女の美影を、拒絶する、俺が一番やなのに」


「こんな風になりたくないのに」


「こんなんで美影に会いたくない。会ったってどうにもできないのに」


「会いたい」


「会いたいんだ」




(……いつだっておまえは      )




 おまえを形容するのに適した単語は思い付かないけど。



「美影は校長と一緒にあの二人組と行った。真田に「自分がやりたい方面へ進み、高校生としての本分を全うしたなら、美影に会わせる……かもしれない」


「真田」

「おばあ様からの伝言。私は何も話さないわよ」



 声がする先、開きっぱなしの扉の前、部屋に入らずにそれだけ告げるや立ち去る真田の。

 その去り際に見せたその僅かに優しそうな笑顔は。

 別離を告げていた。




(どいつもこいつも謎ばっか残しやがって)



「渚。何か奢れ。おまえの所為でダンシングレイニー逃したんだからな」

「そんで」

「一緒に目標の大学に受かって」

「美影に会うぞ」



 口を結び。

 目も閉じて。

 耐える渚は無言で何度も頷いた。











 ありがとうという

 その言葉はおまえに何度だって伝えたい。












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