第11話 五・二・三、戀文/こい風味
深淵の闇を彩るのに邪魔をする月光色が淡く部屋の中を照らす中。
寝ている振りをしてそっと盗み見るのは。
窓に寄り添って、空を見上げながら黙々と食べ続ける美影。
美影がもう必要な睡眠を取ったのか。
それともこれから取るつもりなのかは分からない時刻。
そっと立ち上がって、優しく抱きしめたいと、唐突に思った。
何を話し掛けるでもなく、そっと、優しく、ただ。
「これ読んでください」
真っ白な四角の封筒を押し付けた人物の駆け走る後ろ姿を見つめた次には、
美影は隣にいる佐之助を無言で見つめた。
「…あー。まぁ、いろんなアクションとって、美影を退屈させまいとしてんだって」
恋は恐るべしと、さすがの佐之助も苦笑をしていた。
「…退屈はしていないが」
生徒指導をしている教師に捕まり、熱い説教を喰らっている先程自分に手紙を渡した渚を見て、美影は一つ、嘆息をついた。
(でかでかと好きですと一言だけ)
線の入っていない真っ白な紙の上に、筆で書いているその文字は、太々とだが荒々しくなく流麗で、達筆風に見えた。
「文字より言葉の方がいい」
「いやー。だって、今日は五月二十三日で、恋文の日だって聞いたから趣向を変えようと思って」
にやにやとふてぶてしく笑う渚を隣に見て、
美影は神経がさらに図太くなったんじゃないかと呆れた。
それでも、しおらしくなるよりは幾分かましだとも思ってはいるが。
「…渚は将来ホストになったらどうだ?結構稼げそうだ」
「いやー、ムリムリ。サムイ告白が口にできるの美影にだけだし」
「…サムイとは思っているんだな」
「あー。後でめっちゃ悶えている」
「それでも言うんだな」
「んー言いたいだけ」
「…今日はもういい。つーか。当分いい。胸焼けする」
「おお。すげー効力だな。戀文」
にやにやふてぶて笑みを継続中の渚に、
美影のくちからは意識せずに溜息が出た。
「つーかもう一生聞かなくていい」
「え、やだ。言う」
「いや、聞きたくない」
美影は両耳に手を強く当てて、教室へと速足で戻って行った。
廊下にぽつねんと一人残された渚は苦笑を溢した。
「来年は呼び出す事にしよう」
うんそうしようと呟いて、美影の後を追った。
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