第3話 大空を/青にだけ染めないで

「俺は原田佐之助はらださのすけ。こいつの幼馴染」



 五十分間の昼休み終了まであと三十分。

 どこぞの美術館の庭にある葉が盛り上がり幹が短い植木のような、こんもりとの表現が似つかわしい、目元を覆い隠すアフロ頭の俺の幼馴染、佐之助が三画を作るように俺と美影の机の間のちょい前に椅子を置いて座るや、左側に居る俺に親指を向けてそう紹介し始めた。



「特技の気配消しを生かして、色恋沙汰限定の情報収集をしていてよ。依頼されたら、なんかもらう代わりに情報を渡している」

「結構頼りにされてんだよ、こいつ」



 俺が残ったメロンパンを食べ終えてからそう言うと、ふ~んと気のない返事をするような表情を浮かべた美影は食事の手を再開させながら口を開いた。



「何で色恋沙汰限定にしているんだ?」

「単なる趣味。他人の恋愛模様見るのが好きなんだよ。特にハッピーエンドが」



 俺はこいつの言おうとする事に気付いて、さてどうしたもんかと思案を巡らせながら美影を見ると、彼は嫌な気配を察したかのように眉根を寄せた。佐之助はニヤリと不穏な笑みを俺と美影に向けた。



「俺さ。渚の初恋の応援は全面的にしたいからよ。こそこそ笹田の情報集める事はしないって今言っとく。でも、渚の情報はバンバン明け渡すぜ」



 さすが幼馴染。協力は有難いと思いつつも、やはり情報は渡さなくていいとの俺の気持ちを理解していてくれている佐之助に心の中で感謝を送りつつ、美影の反応を待った。



「止めておけとか思わないのか?」



 美影は佐之助の目を真っ直ぐ見て尋ねた。佐之助は長閑な笑みを浮かべて告げた。



「似合いだと思うんだよ。おまえら。笹田にしては迷惑千万だろうけどよ」

「全くな」



 心底傍迷惑だとの表情を明確に顕わす美影に、佐之助はまぁまぁと面白がるように宥めた。



「全面的に渚の応援するっつったけど、笹田の気持ちを蔑ろにするつもりは全くないし。何かこいつに対して困った事が有ったら、俺に言ってくれたら必ず辞めさせるからよ」

「……おまえたちが付き合えばいいんじゃないか?」

「あ~。ナイナイ。こいつ、友達だし。俺は女の子好きだからよ。こいつとは違って」



 俺が有り得ないと反論するよりも早く、佐之助は至極真面目な顔で勘弁してくれとでも言うように告げた。


「やはりこいつは男が好きなのか?」

「まぁ。女の子に告白されても断っているし。これと言った根拠はねえんだけど、惚れるとしたら男だろうな~って、俺は勝手に思ってたんだけどよ」



 どうなんだと佐之助に視線を向けられた渚は首を傾げた。



「告白されて断ったのは。なんつーか。これと言った決め手がなかったからで。別に恋愛するなら男だって決めてたわけじゃねえんだけど。ま。美影に惚れたし。佐之助の勘は当たってたってわけだ」

「よかったな。初恋が早く巡って来て」

「そうなんだよなー。てっきり三十代くらいだと思ってたんだけどよ」



 恋愛に全く興味がなかったわけじゃない。

 友達のそう言った話には興味津々だったし、自分もしてみたいとは思ってはいた。だけど漠然ともっと大人になってからだと思っていて、そして美影とも本当ならそんくらいの年齢に出会ってた方が、なんかよかったのかもしんないなと、なんとなくそう思ってもいた。



「…二年間で駄目だったら十二年間待って、三十歳になってもう一回挑戦してみようかな」



 流し目で美影を見たら、十四年間がいいぞと言われてしまった。

 高校二年間では絶対惚れないってかよと、ほんの少し不貞腐れるも、今よりは確率は高くなるだろうと言う確信を何故か持ってしまった。やっぱ大人だから?



「で、ずっとそのまま友達でいればいい」

「ぜってーやだ」


 美影の提案を即却下した。


「恋人じゃないと嫌だ」

「…何がそんなに違うんだ?」

「さぁ?」


 首を傾げてしまった。違いなんかよく分からない。でも、恋人じゃないと嫌だ。


「美影は恋人」


 日本語を習って始めたばかりの外国人みたいにカタコトの日本語で告げた。


「………」


 美影は溜息だけ出した。

 恋人、恋人言いまくる俺に、きっと呆れているんだろう。


「まぁ。迷惑かもしんないけど。こいつに付き合ってくれねえか?二年間。高校生活が面白くなると思うしよ」


 美影は佐之助を呆れた目で見た。


「楽観的だなおまえら」

「やっぱ生きてる限り楽しく生きたいしな」


 佐之助はニッと快活な笑みを浮かべた。


「こいつも含めて、俺もよろしく。美影」

「よろしく」


 俺と佐之助に笑顔を向けられていた美影はこれでもかと眉根を寄せていたが、ふと、肩をがっくしと落して、よろしくと返してくれた。だけじゃなくて。


「渚。佐之助」


 俺はこれでもかと目を見開いて、にやける口元からニシシと笑い声を出して、またよろしくと告げた。



 昼休み終了まであと五分。

 どうしてそんなに食べ続けるのか。

 無視はできない疑問だけれど、それは美影が話してくれるのを待つとして、唯一の鬱憤を吐き出した俺は軽快に赤ん坊の頃からの自分の経歴を告げ始めた。









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