第4話 点と線の究極体それは/三角の螺旋回転!

 それは午後の授業もHRも終わって、さぁ帰ろうとする放課後の事だった。



「なぁ。これからどっか寄って行かないか?」



 俺は立ち上がって、課題に必要な教科書だけ仕舞い込んだ分だけ朝よりは少し重たくなった鞄を机の上に置き、椅子に座っている美影にそう提案した。美影は悪いがと断った。



「俺のこれまでの人生に興味ない?」



 雪の舞う二月一日に誕生した俺が母親から無事に出て来たまではよかったのだが、医者が俺を持ち上げた時に、ツルッと手を滑らせて床に一直線に落ちそうになった。

 さあどうやって助かったのかと言えば、と意気揚々と口にする前に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り一時中断にしていたわけだが。



「……その話。どれくらいで終わるんだ?」

「今度の休み。俺の家に泊まりに来ないか?俺んちの母さんのご飯スゲー美味いぞ」

「……最低丸一日かかるって事だな」



 美影は小さく溜息を付いた。俺は前に乗り出して、そうしろよと提案した。



「母さんたちに俺の初恋相手、紹介したいしさ」



 気分が急上昇して瞳を爛漫に輝かせる俺に反比例して、俺に光を奪われたかのように美影の瞳からは色が失われて行ってしまった。

 あ。調子に乗り過ぎたと気付いた俺は、昂る心に冷や水をぶちまけて気分が少しは冷静になったところで悪いと口にした。



「紹介するなら、ちゃんとした恋人にしてやれ」

「俺の両親、同性同士だとか偏見はないから」



 呆れ交じりに告げた美影に、ぼそぼそとそう口にした俺は唐突に美影の両親はどうなんだろうと言う疑問を持ってしまった。



(もし美影の両親が男同士の恋愛に反対なら……根気強く説得し続けるしかないな。うん)



 俺はチラチラと物言いたげな視線を美影に向けてしまった。

 美影はさっきよりは深い溜息を付いた。



「友人として紹介してくれ」

「え。やだ」



 家に来てくれるんだとの喜びで、ぱあっと花が咲いたのは刹那。俺は不貞腐れてそう返した。美影の鋭い視線の意味する事が分かっても。訂正する気は全くない。


「俺。美影の事を友達として見られないから」


 俺のあっけらかんとした発言に、美影はまた深い溜息を付いた。

 そんなに呆れられても、仕方がないだろう。

 だって、好きなんだから。




「まぁ。可愛い子ね」


 アニメの美少女のような高い声音が聞こえたかと思い、視線を美影から前方へと向ければそこに居たのは。



「初めまして。かしら。空井渚君。私の名前は真田さなだかりん。隣のクラスの委員長で」



 ふっと、妙なところで発言を途切れさせたかりんと言う、朝露に濡れる葉のような瑞々しい雰囲気の長髪少女は眼鏡の奥にある目を細めさせたかと思えば、爆弾発言。とも捉えられる衝撃発言を投下した。



「笹田美影の婚約者でもあるの」



 俺は咄嗟に美影を見た。



「美影。婚約者がいたのか?」

「そうみたいだな」

「そうみたいだなって」



 他人事のように告げた美影は俺からかりんへと視線を向けた。

 かりんは悪戯が成功した子どものように、ふふっと笑った。



「おばあ様がね。あなたに言ってもいいって了承してくれたの」

「…そうか」



 美影がまた俺を見た。俺はほんの少し動揺した。

 婚約者が居たのは確かに衝撃的だったが、略奪すればいいから何の問題もない。

 ただそれは美影がかりんに何の気持ちも持っていない場合で。

 もし、美影がかりんに惚れていたのなら。



(やっぱ。身を引くしかないよな)



 美影がこれから何を言うつもりなのか。

 俺は戦々恐々と美影を待っていたのだが、美影が何かを口にする前にかりんが口を開いたのだ。正々堂々の四文字熟語が相応しいくらいに胸を張って。



「私とあなた。恋のライバルね」

「……ライバル?」



 自分の婚約者に言い寄る相手が居るだけでも不愉快だろうに、さらにそれが男ともなればふざけるんじゃないと憤慨してもおかしくない場面。


 なのに。


 かりんは嬉々とした笑みを浮かべていて、混乱して頭が回る。

 余裕。なのか。なんなのか。俺をライバルに位置づけて何が嬉しいか。全く意味が分からない。

 だから。

 ライバル。つまりは。対等。やったぜ!これで堂々とアプローチできる!

 など。さすがの俺もそんな楽天的思考を持つわけにはいかなくて。



「えーとさ。真田は美影の婚約者なんだよな」

「ええ」

「俺が美影のこと好きって」

「この学校で知らない人はいないでしょうね」



 ぎょっと目を剥いた美影は無視するとして、俺は頬を掻きながら質問を続けた。



「嫌だって思わないわけ?」

「それだけ美影が魅力的って事でしょう?」

「ああ、まぁ。そうなんだけど。つーか。うん………ってことは。俺以外にも惚れているやつがいるわけで……ライバルがいっぱいで」



 俺はゆっくりと美影に視線を合わせた。

 美影はお化けを見るかのように驚いていた。何でだろう?



「美影。女、好き?」

「まぁ」

「男、好き?」

「別に」

「俺は?」

「友達」

「真田は?」

「婚約者」

「真田。好き?」



 美影はちらっと真田を見たかと思えば、俺に視線を合わせた。

 やばい。俺の初恋これでお終いだと思ったら、泣きそうになった。



「校長が勝手に言った事だ。好きでも何でもない」

「えー。ひど」


 かりんは気落ちした風でもなく、面白がるようにそう告げた。


「校長?」


 涙が出て来るような返答がなかった事にはかなり安堵したが、何で校長がここで出て来るのかさっぱり分からない。


「知らないの?私の祖母はうちの学校の校長って」

「あ。そうなのか」


 七十代に入っているのに四十代くらいにしか見えない美魔女だとの噂は耳にした事はあるけど。つーか、始業式とかに見ているはずなんだけど、全く記憶にない。


「え。つーか。ちょい」


 混乱が加速した俺はがしがしと両手で頭を掻き回してから、美影とかりんを交互に見ながら疑問を投げかけた。



「美影は校長を知っているのか?」

「ああ」

「何時から?」

「一週間前、くらいか」

「真田の事は?」

「初めて知った」

「真田は?」

「美影の事を知ったのは三日前。おばあ様に教えてもらったのよ。それで学校に来たら婚約者だって言いに行きなさいって言われて来たのよ」



 グルグルグルとの擬音語が頭を周っている。

 十年前とかそんなんじゃなくて。たった一週間?三日前?え?全く理解できませんよ。



「二人は婚約者」

「ええ」

「校長の命令とか?」

「まぁ、そんな感じね」

「真田は美影の事、どう思ってんだ?」

「あら。言ったでしょう。ライバルだって」



 ふふっと挑戦的な笑みと一緒に、真田は俺に手を向けて来た。



「よろしくね。渚君。どっちの想いが受け入れられても、お互いに祝福しましょ」



 小さく首を傾げた真田の手を握りながら、可愛いとの感想と共に。



(…普通の男なら、真田を選ぶよな)



 意気消沈しそうになる自分を抱いてしまった。






「美影。モッテモテだな」


 突如として現れた佐之助は隣に居る美影の肩に手を置いてそう告げた。


「今すぐ変わってくれ」

「いやいや。見ている方がいいわ。俺」


 佐之助は手を振って否定した。美影は最早溜息を付かずに、眉根を寄せた。


(面倒な事になったって顔してんなあ)


 食事を続ける美影を見つめて、それから暗い顔の渚と明るい顔の真田を見た佐之助は苦笑を溢した後、目を細めた。


(鍵を握ってんのは、校長か)


 正直気になるが、情報収集はしないと決めている為、機を狙って美影に直接訊くしかないだろう。


(ま。当分はないだろうけどな)


「なぁなぁ。四人でどっか行かね?」


 可憐なライバルの出現に動揺しているであろう幼馴染の為に、佐之助はそう切り出したのであった。











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