第2話 特別だと/一笑を払って叫んで
『笹田は特別だからな』
教師としていかがな発言だと思いながらもなるほど。気だるげな調子を一切崩さない斎丸の言うように。
美影は特別だった。
(…ほとんど食べているよな)
午前の授業中。合間の十分間の休憩時間。そして、今現在の昼休み。
どの教師からも注意を促される事も一切無く、かと言って授業をさぼる風でもなく真面目に受けながらも黙々と食べ続けていた。
一番後ろの席の窓側。俺は隣に座る美影をちらほらと盗み見る度に、打ち上げ花火のように喜色の感情を四方八方に打ち上げながらも。
呼吸をするように当たり前に食べ続ける美影に、何故そんなに食べ続けると言う疑問よりも。
心を占めるのは。
何故そんなにも無感情で食べるのだと言う疑問だった。
例えば。美味しいとか。一緒に食べられて嬉しいとか。
例えば。不味いとか。一人で食べて寂しいとか。
(まぁ。授業中に食べているくらいだから、何かしらの複雑な事情があるんだろうけど)
呼吸に感情を持つのは、呼吸をするのがままならないような事情を持っているから。
呼吸に感情を持たないのは、呼吸をするが当たり前だと思っているから。
美影の食事の仕方は後者に当たるような気がするけれど。
その横顔には絶望にも近い色が滲み出ているような気がして。
「……男が好きなのか?」
教壇に向けていた身体を椅子ごと隣の美影に向けて凝視していた俺に、今は食事の手を止めている美影は教壇に向けていた視線をそのままにそう尋ねて来た。
「いや。美影が好きなんだと思う」
思う。と言うのは、自分が女ではなく男が好きなのかどうかが分からないから。
だって初恋が目の前の美影で。
男の美影だから好きになったのか。
もし美影が女だったら好きになっていなかったのか。
浮かんだ疑問に。きっと美影が女だったら惚れていないのかもしれないという答えが即座に出て来た。
「俺のどこを好きになったんだ?」
「…見た目?」
やっぱり前を向いたままの美影にこっちを見てくれないかなと思いながらも、俺は食べていたメロンパンを膝の上に置いて、首を傾げながらそう答えた。
「美影を見た瞬間。なんか。美影だけ色が浮き出ているって言うか。目を。つーか。全部持って行かれた感じになって。離しちゃだめだって、身体が叫んで。咄嗟にあんなことしちまった。悪かった」
今朝の事を俺は誠心誠意を込めて頭を下げて謝ってから、美影の横顔を見つめて苦笑を溢した。
「俺さ。猪突猛進で。結構迷惑を掛けまくってて。自分でも直さなきゃって思うんだけどよ。なかなか。難しいな」
「…俺は付き合う気は全然ない」
はっきりと言葉にされて胸が至極痛い。ジクジクする。心は泣きたいのだが。不思議と身体はそうしたくない感じだった。だから、申し訳ない笑い顔を浮かべた。
「あー。うん。分かってんだけど……諦めないっつったら、迷惑か?」
「……まぁ。そう言う事になるな」
「俺と話すの、嫌か?」
「嫌じゃない」
「でも付き合えない?」
「ああ」
「俺さ。諦められない」
こんな声が出るのかと、自分でびっくりして、ぎゅっと胸が締め付けられた。
「人を好きになるってめんどうだな」
俺は、ぽつりと呟いた。
出会ってまだ数時間しか経っていないのに。
「不思議だよなぁ」
「他人事みたいだな」
「あー。いやいや。すげー感銘を受けている感じなんだよ。今。感銘っつーか。感激?」
俺はクッと喉を鳴らして笑った。
「好きになるって。すげー幸せなんだよ。やっぱ」
「両想いにならなくてもなんら問題はなさそうだな」
「あー。まぁ。そう思わないでもないけど。やっぱそれは話が別と言うか。美影と一緒に過ごしたいんだよな」
「友人だったらと思わないか?」
「うんにゃ」
そうだったらよかった。と思わないでもないけれど。
友人では駄目なのだ。
「恋人になってほしい」
「なれない」
「…即答すんなよなー」
恨めし気な瞳を向けながらも、こうやって会話をしている今が幸せでならなかった。
「俺は友人がいい」
好感は持たれている。その事実はとてつもなく嬉しいのだが。
「恋人じゃないと嫌だ」
「諦めろ」
「そっちが諦めろ」
「恋人なんて面倒だぞ。絶対」
「恋人が居た事あるのか?」
「ない」
「モテそうなのに」
「そっくり返す」
「なら付き合ってよ」
「嫌だ」
「何でだよー」
不貞腐れながらそう告げた。
だって今の会話はずっと軽快で、こっちが勝手に感じているだけかもしれないが楽しげに見えたのに。
確かに同性と言う大きな障害はあるかもしれないが、嫌いじゃない以上、お試しと言う選択肢を持ってくれてもいいと思うのだが。
「…俺が異常なのは見ていて分かるだろ?」
唐突な問いかけは諦めさせようとしているのが丸見えで。だからと言って、否定する気はなく、事情があるんだろうと告げると、美影はそうだと答えた。
「事情があるからおまえとは付き合えない」
俺は途端、渋面顔になったが、次にはあれっと自分に都合のいい考えが浮かんで、強張りを徐々に緩めて行きながら口にした。
「じゃあ、事情が無ければ、俺と付き合えてたって事?」
「そう言う風に聞こえたのなら違うと断言しておく」
「…ですよねー」
気落ちする状況にも拘らず、自然、口の端が上がった。愉快な気持ちが増幅して止まない。相手もそうであればいいと、切に願う。
「友達にはなれる?」
「ああ」
「恋人にはなれない」
「ああ」
「じゃあどうしよっか?」
「知るか」
「話し掛けていい?」
「…ああ」
「二年間?」
「ああ」
「どうしたら付き合ってくれる?」
「何をしても無駄だ」
「じゃあ、二年間。好きにしていい?」
「……大勢の前で告白するのは止めろ」
好感は持たれているのだと言う事実は。
とてつもなく嬉しいのに。
「二人きりの時にしろってか?」
「羨ましいな。その楽天的思考は」
「俺の長所」
どうして、恋人にと。
こんなにも、求めてしまうのか。
「俺の名前。空井渚って言うんだ。よろしく」
「…笹田美影だ」
漸くこちらを向いてくれた美影に、にやける口元をそのままに。
「美影。好きだ」
こんな声が出せるのかと、自分でも驚くような、真摯なそれに。
如何に自分が美影に惚れ込んでいるのかを思い知らされる。
「俺今。すげー。好きだって喚き散らしてえ」
「転校する」
心底迷惑だと渋面顔になる美影に、止めてくれと笑みを溢しながら告げると、美影は不遜な笑みを浮かべた。
「まぁ。転校先に追いかけて来るから無駄か」
「そうそう」
冗談の掛け合いだと確実に分かるそのやり取りが、何より楽しい。
と同時に。
どうにかなるんじゃないかとの、楽天的思考が増長して止まない。
(ま。二年間でどうにかしてみせましょうか)
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