矢印な彼と消しゴムなあいつ

藤泉都理

高校2年生 4月編

第1話 出会ったら/TPOを考えましょう




 人波をかき分けど、かき分けど、一向に縮まる事のない距離に焦れて。

 生気を丸ごとくれてやるように。



「群青の上下ジャージに白のスポーツバッグを左肩にしょってる切れ目で短髪で痩せ長身で高校二年かそこら辺のそこのお兄さん一目惚れしました俺と付き合ってください!!!!!」



 一世一代の告白をぶちかました俺。



 (空井渚)(《そらいなぎさ》)

 (始業式なので学ラン)

 (会社人が持つような、しかし中身がスカスカの黒の革のバッグを右手に持つ)

 (ハンカチ、財布、携帯電話は後ろの両ポケットに携帯)

 (平均的高校二年(十六歳)よりちょい体格が小さい短髪猪突猛進型男子)



 その特徴に該当する人物は見渡す限りでは有難い事に今は一人しか居なく。

 通行中の皆さまも足は動かしながらもその人物と俺に野次馬根性丸出しの視線を浴びせるが、当の本人だけは自分の事だとは到底思っていないのか。スタスタと淀みなく道を進む。



「ちょ!」



 いや。気付いていないのではなく、無視している可能性の方が高い。

 なんせ、こんな朝っぱらから、しかも、人波という形容詞を使うほどに大きな道には人が溢れている中での、さらに言うなれば、同じ男からのドラマのような大告白。

 もし自分が相手ならば。無論。無視する事だろう。


 分かっている。けれど仕方がないだろう。


 どれだけかき分けようとあいつとの距離は縮まらないのだから。

 どこの誰かもさっぱり分からない、つまりは、ここで引き止めなければ次に会う機会などないに等しいのだから。



「待ってくれよ!」



 俺の喜劇になりそうな告白の行く末に関心を持つなら、あいつの近くに居るそこの老若男女の皆さま方。そいつの肩を叩いてくれよと言いたくなる。て言うかもう言ったら、心優しいサラリーマンのおっちゃんがぽんぽんとテンポ良くあいつの右肩を叩いて、横に顔を向けたあいつに何事かを告げて、遥か。とまでは言わないが、結構な距離が開いている俺目掛けて親指を差し出した。



「俺と付き合ってくれ!!!!」



 あいつが振り向くまでの時間がえらいスローモーションがかかったように感じる中、やっと絡まった視線に安堵する時間もなく、サッカーボールを天高く蹴り上げるように勢いを付けて再度一世一代の告白をぶちかます。



 心臓が有り得ない音を出している。壊れてしまいそうだ。



 通行中の皆さま方も展開が気になるのか。足を止めて俺たちを熱視している。

 そんな環境も相まって俺の緊張が最頂点に鎮座する中、あいつが口を開く。が。何を言っているのか分からない。おっちゃんだけがうんうんと頷いている。おっちゃんだけが。よほど声が小さいのだろう。どんな声をしているのか早く知りたいのに。おっちゃんずるくね。いや。それよりも。遥かに気になるのは。



 あいつの絶体零度の視線。

 これはあれですね。

 目は口ほどものを言うと言うやつですか。



 だからですよ。



 一しきり頷いていたおっちゃんがあいつに向けていた身体を俺の方に完全に向けて、人差し指で小さく罰印を作るよりも早くに、答えは分かっていましたよ。

 つーか。常識的にこんなこと仕出かすやつの告白を誰が受けるんだろうか。いや。受けない。そうだよ。告白する前に気付けよ。まずは同性云々よりTPOだよ。時と場所と…何だっけ?まあ。いいや。どうでも。そう……もう。



 俺はふっと自嘲を顔に滲ませた後。



「迷惑を掛けてすみまっせんしたー!!!」



 脱兎の如く、その場を逃げ出した。






「はい。同じ面子で二年目突入~。はい。そんな変わり映えのしない生活を送る君たちに新しい刺激を。女子も男子も仲良くするように」



 学校に辿り着いた俺が三年間変わらない教室に入り、変わらない椅子に座り、変わらない面子に囲まれて、真っ赤になった顔を走った所為ですよと自己主張せんと、肩で息をして机に顔を伏せていた時に、丸坊主担任、斎丸さいまるの気怠い声が聞こえて来たかと思えば、誰かが教室の中に入って来て、斎丸の隣、教壇に立った。



 誰か。なんて。



笹田美影ささだみかげと言います」



 俺が一目惚れした相手、美影はおにぎりを食べ終えてから、そう告げて、ぺこりと頭を下げた。


 せせらぎのような澄んだ声に。美影の不良青年一歩手前の容姿に。



(…普通の音量じゃねえか)



 紅を再燃させた俺は一度顔を俯かせて後、勢いよく立ち上がって。



「笹田美影。好きだ。付き合ってくれ」



 逃がさないと言わんばかりに美影を真正面に捉えて、声を荒げるでもなく普通の音量で三度目の一世一代の告白に踏み込んだ。



 黄色の悲鳴や桃色の揶揄が飛び交い、熱が立ち込める教室の中。

 それらを塗り替えるような青い色の視線を、俺は真正面から受けていた。










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