第27話

 コンコン。


 ドアをノックする音で目が覚めた。


「レモン、もう具合は平気なの?」


 ドアの外でママの声。


「うん、もうだいじょうぶ」


 横になったまま、返事をする。


 昨日はさんざんな一日だった。


 りんこが教室に持ち込んだフクロウ(たしか「アモン」って名前だった)が大暴れして、森に逃げ込んじゃって、りんこが「助けに行かなきゃ」っていうからみんなで捜索に行った。


 最近、森に巨人が出るという物騒なウワサもあって、怖かったけど、あの人も行くって言うからついて行くことにしたの。


 あの人っていうのは、ブラン・グレープ。


 ブランは小学校の時からいっしょだった。


 イケメンで運動神経バツグン。頭もよくて、先生にいつも褒められていた。


 クラスの人気者。


 でも、気取ったところがなくて、よく友達のフィリップやウィリアムと一緒に遊んでいた。


 中学もいっしょで、ずっと「いいなあ」と思っていたんだけど、なかなか話す機会もなくて。


 高校に入って少しだけ話すようになって、でも、緊張しちゃって、すぐにお腹が痛くなっちゃうの。


 長いまつげの奥にある紫の瞳に見つめられると、キューってお腹が引きつって。


 妄想の中では全然平気なんだけど、本人を前にするともうダメ。


 5分もガマンできず、トイレに駆け込んでしまうの。


 ああ、なんてダメダメな私。


 いつかデートとかしてみたいけど、とてもムリだよね。


 そんな私に「レモンも一緒に行くよな」と声をかけられて、断れるわけないじゃない。


 歩きながらずっと緊張しっぱなしだったけど、りんこやフィリップたちもいたし、なんとかお腹も大丈夫だったんだけど、突然、恋愛トークみたいになって、ブランが「好きな子がいるよ」なんて言うから……。


 きゅ~~~~~。


 お腹がめちゃめちゃ痛くなって、トイレに行きたくなっちゃった。


 でも、森の中だからトイレなんてなくて、「どうしよう?」とパニクっていると、しゅるしゅるってヘビみたいに木の枝が伸びてきて、腕や足に巻きついてきて……。


 あまりの怖さに気を失っちゃったみたい。


 気がついたら、暗い森の中にいて、なんか体が動かないの。


 見たら、体の半分が木の中に埋まってた。


 もう怖くて、怖くて……。


 心の中で、『りんこ、どこ~』『ブランにもう会えなくなっちゃう』って叫んでた。


 そのうち、どんどん意識が遠のいてきたんだけど、突然、まぶしい光が顔に当たり、バリバリバリバリってすごい音がしたの。


 目を開けると、3メートルくらいの人影がいて、『わーっ、りんこたちが話してた巨人だ!』って怖くなったけど、どうやらその巨人が私が飲み込まれそうになっていた木を破壊して助けてくれたみたいだった。


 巨人はよく見ると、鉄でできた機械みたいで、胸の辺りがガコンと開くと、中からヒゲを生やした中年の男の人が出てきたの。


 男の人は機械の巨人から出てくると、「大丈夫か」と私に駆け寄ってきてくれて、安心のあまり、そこで気絶しちゃった。


 それから意識がしばらく朦朧としていて、遠くでりんこの声が聞こえたりして……。


 目を覚ますと、私は誰かにおぶさっていて、大きな背中だなあと思った。


 さっきの男の人? それともパパ?と思ったけど、髪形でブランと気づいて、顔がカーッと熱くなった。


 ブランにおんぶされてる!


 私は恥ずかしくなってすぐに下りたくなったけど、力が出なくて、そのまま心地よい揺れに身を任せていたらまた眠ってしまったわ。


 そのまま一晩中、眠っていて、気がついたらベッドの上。


 ママがドアをノックする音で起こされた。


 木に捕まっていたけど、体は平気みたい。


 でも、なんか気持ちがふわふわしていて、なんでだろう?


 お腹が空いていたので、着替えて1階に下りると、パパが仕事に出かけるところだった。


「レモン、もう平気なのかい?」


 いつもの優しい顔でパパが気遣ってくれる。


「うん、もう大丈夫」と私は答えた。


「それじゃあ、行ってくるよ」


 そう言ってパパが出て行った後、私は朝ごはんを食べようとダイニングに行ったら、テーブルの上にパパのお弁当が置いてあるのに気づいたの。


「パパ、お弁当忘れてる!」


 私は慌ててお弁当を掴んで走り出した。


 それをママが見て、「どうしたの?」と聞く。


「パパにお弁当、届けてくる!」


 そう言って玄関を飛び出す。


 ママは何か叫んでいたけど、聞こえなかった。


「た、たいへん!」


 門を出たところで、りんこたちに会った。


 ブランやフィリップ、ウィリアムもいる。


 ブランの顔を見て、昨日のおんぶを思い出し、私は赤面した。


「あ……」


 いけない。こんな時にお腹が……あれ? 痛くない?


「レモン、どうしたの? そんなに慌てて」


 りんこが訊いた。


「パパがお弁当忘れて届けにいくところなの」


 私が走りながら答えると、りんこたちもついてきた。


「まって! わたしたちもレモンのお父さんに用事があるの!」


「用事?(ハア…ハア…)」


 息を切らしながらりんこに尋ねる。


「ニムロドさんに会わせてほしいって頼もうと思ってたんだッ」


 ブランも走りながら言った。


「ニムロドさんって?(ハア…ハア…)」


「き、昨日、(ハア…ハア…)レモンを(ハア…ハア…)助けてくれた(ハア…ハア…)人(ハア…ハア…)だよ(ハア…ハア…)」


 息も絶え絶えにりんこが答える。


 私はピタッと足を止めた。


 りんことブランも止まる。


 ウィリアムも追いついてきて止まった。


 フィリップはまだ10メートルほど後ろでこっちに向かって走っているところだった。


 そうだ、思い出した!


 私を助けてくれたのは、バベルの塔を作った宮廷建築士のニムロドさんだったのだ!


 ニムロドさんに会えば、私に何が起こったのか教えてくれるかもしれない。


「行きましょう、ニムロドさんのところへ」


私はりんこたちに言った。


でも、私たちはまだ気づいていなかった。


ニムロドさんとの出会いが、バベルの塔の運命を大きく変えてしまう大きな出来事に繋がるということに……。



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 こりゃ、思ったよりも早くニムロドに会えそうだな。アイツの化けの皮をはがしてやるのは、このレミエル様だぜ。ということで、次は俺の話だ!



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