第14話
(まったく困ったもんだ)
私は天界に戻ると、大理石の床を行ったりきたりしながら、頭を抱えた。
「ちょっといいかなラジエル、相変わらず苦労が絶えないな……」
「はっ、はい、恐縮です」
そこにはスーツを着て、金色の長髪を後ろで束ねた背の高い青年が立っていた。 顔立ちは端整で、体つきは細身。 天界的には最高に偉い人、人間界風にいうと恐ろしいほどのイケメン。
熾天使ミカエル様。私は慌てて立ち上がり、一礼する。
「レミエルが知恵の実を使ってしまったのだろう?」
「どうしておわかりになったのですか?」
熾天使は、何も言わずに微笑んだ。
こっ、この方は何でもお見通し、まさかワシとレミエルが話しているのを、そっと木の影から覗いていたのか?
いやそんなことはないはず、誰の気配もなかった。
何より熾天使様がそんなことをするはずもない。
テレパシーか……
緊張で胃のあたりがキューっと引きつる。
もちろん、実際に内臓があるわけではないが、人間(ヒト)の姿をしていると、どうも本当に胃という器官があり、そこが痛くなってくるような気がしてくるから不思議だ。
「どうして、ご存知で……」
「ふふふっ……」
「……」
「……」
なっ、長い!長すぎる、この沈黙が耐えられない!!
もうだめだ、話を先に進めよう!
「もっ、もちろん知恵の実は大事なものだからよく考えて使えと言ったのですが……」
「彼が大事な時だと判断したから使ったのだろう? それでいいではないか」
かっ、寛大すぎる!ミッ、ミカエル様……普通は、そういうの大分後半で使うものなのでセオリー的におかしいとは思わないのだろうか……。
「まっ、まぁ、そういってしまえばそうなんですが……」
「あの少女もレミエルも、神が選ばれたのだ。神の信じ疑うことなく、神の意思を遂行する
それが我々の義務であり神が信じたことを我々も信じようではないか」
ミカエル様がそこまで言われるなら信じるしかない……。
「私だって神と同じように彼らに賭けているのだ、故に多くを語らず伝えずにいる」
「せめて、HP1くらいは教えても良かったのでは……」
「あとから、考えればそうして指摘もできるが、運命を託し道を切り開く者を信じる。
それは口出しする事なく、ただ支える事に徹する事が最良だと私は思うよ、ラジエル」
熾天使の口調は静かだったが、いつになく力がこもっていた。
特に最後に、こちらの名前を入れられると納得をせざる得ない。
「洪水計画は一度は回避したものの、結局、実行されてしまった。今回もおそらく塔の崩壊は免れないだろう。
だが、人間(ヒト)は希望さえあればどんな困難にも立ち向かうことができる。たとえば、洪水の時も1人の人間(ヒト)が彼らの希望となった」
「ノアのことですか」
「そうだ。“ノアの箱舟”。あの者がいたからこそ、地上はここまで発展することができた」
「今回は、あのりんこという少女が同じ役割を果たす、と?」
「いつの時代にも救世主は存在し、人間(ヒト)を導いてきた。そして、その陰には必ず天使の存在があったのだ」
「しかし、あの少女で本当に大丈夫なのでしょうか。さっきも言った通りレミエルの話では、HPが1しかないという話でしたが……」
「ああ、そのことか。そうだ、私についてくるがいい」
ミカエル様は静かに歩き出した。なんと優雅な歩き方だ。私はその後ろからなるべく目立たないようについていった。
「ここだ」
そう言って、ミカエル様は小さな建物の前で立ち止まった。
「あの……ここは?」
一見、商店のようでもある。 しかし、表に面した壁はガラス張りになっており、中の様子がよく見える。
「コンビニエンスストアだ」
「コンビニエン……? それはいったい……」
「まだ試作の段階だが、いずれ地上界に登場し、人間(ヒト)の生活を変えるだろう。
ミカエル様が入り口に立つと、ガラスで造られたドアがウィィィィンと音を立てて左右に開いた。中は昼間のように明るい。
「この店は深夜も開いているのだ。だから、夜でも昼間と同じように快適に買い物ができるようにふんだんに照明が使われている」
「しかし、人間(ヒト)は夜、眠るため、活動しないのでは?」
「文明が進めば、人間(ヒト)は夜も活動するようになるのだ」
私には信じられないが、ミカエル様がおっしゃっているのだからそうなるのだろう。未来を見通す力が、我々一般の天使よりも遥かに優れているお方なのだ。
「これは書物でしょうか?」
私は窓際に並んでいるおびただしい数の薄い紙の束に興味を持った。 いくつか手にとって、パラパラとめくってみる。
表紙はとてもにぎやかで、中にはほとんどが絵画で埋め尽くされている書物もあった。
「これは雑誌だ。定期的に刊行される書物で、人間(ヒト)はこの書物から情報を得る」
「つまり未来の聖典ということでしょうか」
「まあ、そういうことだ」
店内には他にも雑貨や食品など、さまざまな商品が並べられていた。 隅のほうには、機械仕掛けの箱が設置してある。 モニターがついており、
「お引き出し」
「お預け入れ」
という表示が見て取れる。
「人間(ヒト)たちはこの機械を使って、銀行に預けている資産を24時間自由に引き出したりすることができるのだ」
それは便利そうだ。
「さて、おまえに見せたいものはこれだ」
ミカエル様はそう言って、レジ横にある手の平サイズの札がたくさん掛かった場所に案内した。そして、札を1枚手に取ると私に与えた。
「これはなんですか?」
「プリペイドカードだ」
カードには「10000」と書かれている。
「これを使えば、いざという時に、一時的にHPを増やすことができる。ただし、使えるのは1度きりだ。そして、エルダー評議会の取り決めで、今回はこの1枚しか用意してやれない」
「おまえの仕事にはいつも満足しているよ。
感謝している。ありがとう」
気がつくと、ミカエル様もコンビニエンスストアという商店も消えていた。 手には、ミカエル様からいただいたプリペイドカードが握られている。
輝かしいミカエル様の存在感にくらくらしながら、私はカードを懐にしまった。
ふう、全くミカエル様の威光にもいい加減に慣れないとな、それにしても救世主がHP1とは、いやはや全く…まだ自覚もなかろうに、一体、そのりんことやらは今は何を考えとるんじゃろうな…
そして、そんなHP1の女子高生、
つまり、ここから再び“わたし”の話になります。
つづく。
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