第4話

統一暦2267年 2月 9日。


トゥアマ大陸北東部にある街、ラタイェスカ。


街にはまだ雪が積もっており、春の訪れはまだまだだと告げていた


そして、その郊外にあるラタイェスカ空軍基地は、その寒さすらも掻き消す程の業火に包まれていた。


《ちくしょォ、なんだってんだこの状況は!?》


僚機である犬獣人のリックスの機体が火の海を掻い潜りながら敵に銃撃を加える。


「燃料集積所に引火しやがったんだ! 気を付けろ、引火点の低い奴から順番に吹っ飛ぶぞ!!」


故意にやったものなのか、敵弾が一部の集積所の燃料タンクに直撃し、大爆発を起こしていた。


その爆風による破片と爆炎が更に隣の集積所を襲い、誘爆を引き起こす。


滑走路上ですら煙が立ち込めて視界が劣悪な状況と化した。


その煙の中を隆達の中隊が駆け抜けていく。


目に付く敵を即座に蜂の巣にし、守備隊と合流すべく管制塔を目指す。


《敵の数が多い……!! かなり大規模な奇襲作戦だ!》


《沿岸警備隊の連中は何をやっていた!!》


《愚痴は後にしろハウンド12トゥエルブ!! 管制塔付近はまだ堕ちていない! その間に敵戦力を少しでも削る!》


左手のスロットルレバーを押し倒し、メインモータの出力を上げる。


背部2基のターボファンエンジンが火を噴き、頭頂高8.45m、総重量31tのAFを一気に加速させる。


エンジンから吐き出される炎によって空気が揺らめき、爆煙は飛び散った。


《守備隊の生存を確認! 各自エレメントを組み、散開せよ! 》


俺はリックスとエレメントを組み、侵入した敵部隊への邀撃を開始した。


腰部4基のバーニアスラスタの推力偏向ノズルが揺れ動き、機体は右へ左へとジグザグに動く。


煙の中を進むと、レーダーに反応が4つ。


煙の中から出てきたのは4機のAF。


機種とその塗装からしてナルシュ王国軍の機体であることは間違いない。


「来るぞ!」


ナルシュ王国軍の機体、『M5A3 ランサー』の主武装、65mmアサルトライフルの銃声が鳴り響く。


赤色の曳光弾が光の尾を引くように飛来し、リックスの機体の脚部関節防護装甲に当たり、火花を散らした。


AIがマズルフラッシュから敵の位置を特定しし、FCSの誘導に従って銃口を煙の中に向ける。


「9時の方向! 一斉射撃!」


アサルトライフルの引き金を引くと、65mmより少しばかり大きな76mmの劣化ウラン徹甲弾が煙の中へと飛び込んでいく。


緑の曳光弾は正確に敵を狙って飛んでいくが、敵機はジグザグ移動でそれを躱す。


回避行動をできるだけ取らせないように、2機の射撃を一箇所に集中させず、左右から一箇所に追い込むように両端の敵機を狙った。


《1機仕留めたァ!》


弾幕をモロに浴びた1機のランサーはコックピットごと蜂の巣になり、ホバリング状態を保てぬまま転倒し、後方に発火しながら転がっていった。


「敵を散開させるな! 一箇所に追い込め!」


視界を著しく妨げる黒煙を挟んでの銃撃戦。


敵も中々の手練で1機は仕留めたものの数の差もあって戦況は膠着している。


その時、レーダースクリーンの右方向から新たな高速接近反応が出現した。


《3時の方向! 速いぞ!》


銃口をそこに向けた頃には、敵は目と鼻の先まで接近して来ていた。


「……ッ!?」


ランサーとはまた違う形状の機体は、左手の高周波パイクを前に突き出すように構えたまままるでランスを片手に突撃する騎馬兵の如く飛び込んで来た。


即座に回避を試みたが、相手の機体の反応速度はあまりにも速く、パイロットである俺に直撃こそしなかったがコックピットの装甲を内部の左側モニター如く抉った。


装甲を貫いて来た高周波パイクを見た俺は冷や汗を垂らしながらフルスロットルで後方に退避する。


「……コイツ! あの時左腕を捥ぎ取りやがった奴か!」


今は無き左マニピュレータ。


それを奪った犯人が目の前にいるこの機体である事は、肩のデカールで分かった。


鎖を食いちぎる白い狼を象ったその部隊章。


暗色の森林迷彩と不釣り合いだから一目見て判別出来た。


《大丈夫かノボル!!》


「気を付けろ! 敵部隊にエースパイロットがいる!!」


エース機はリックスを無視し、先にこちらを仕留めようと再び襲い掛かる。


銃撃で仕留められる速さと距離ではないと判断した俺は既に弾切れのアサルトライフルを捨て、右手のヒートチェーンブレードを展開し、斬り掛かる。


その一撃は難無く躱されてしまうが、敵機が離脱する前に肩部の150mm2連装無反動砲を展開し、2発発射した。


その時ほんの一瞬だが敵機はAFに於いて最も装甲の薄い背中を向けていた。


俺の機体から放たれた150mmのHEAT弾が敵機の背後にまで迫ると、時限信管が作動して2発とも同時に炸裂した。


爆風に乗せられて高速で飛び散る無数の破片が背を向けた敵機に襲いかかる。


しかし幾ら装甲の薄い背面といえども榴弾の破片では貫通する事はできない。


そう、目的は機体そのものの無力化では無かった。


「一撃離脱戦法が仇になったな!!」


通常、AFは脚部の関節を攻撃から守る為に大型の増加複合装甲を装備している。


だがそれは全面にしか装備しておらず、元々脆弱性の高い関節は背後からの攻撃に弱かった。


つまり、俺の目的は敵機の脚部ジョイントの破壊だった。


「バランス崩した! 今だ!!」


ジョイントの破損した脚部は崩れ落ち、敵機はバランスを崩してそのまま勢い良く格納庫の壁に追突した。


「…ふう……何とかなったな」


動かなくなった敵機の様子を確認しに行くと、リックスから無線が入る。


《ノボル、お前やったな! エース機を落としたぞ!》


「そっちは大丈夫だったのか?」


《途中で他のエレメントが来てくれたから平気だ》


リックスと合流した俺は改めて敵機の状態を確認する。


機体は仰向けに倒れており、このままではベイルアウトはできない。


ホバリングをオフにし、ゆっくりとブレードを構えながら歩み寄る。


「あー、えーっと。 そこのパイロット、生きているならば応答しろ。 そして抵抗せずに出て来───」


突然格納庫の屋根を何かが突き破ってきた。


咄嗟にリックスが射撃を行うが、それよりも早くその敵機が先程倒したエース機のコックピットブロックを抉りとると、そのまま猛スピードで去っていった。


あれ程すんなり外れたという事は、予めコックピットブロックの固定を外していたのか機体が元々そういう設計なのだろう。


《クソっ!あの野郎折角の情報源を──》


「まずい! その機体から離れろ!!」


異常を感知した為咄嗟に叫ぶ。


しかしその頃には、既に不明機の自爆プログラムは実行されていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「オーライ!オーライ!」


「瓦礫はそこに集めといてくれ!」


「気を付けろ!そっちは劣化ウランの塊がゴロゴロ落ちてるぞ!!」


襲撃から時間が大分経ち、基地の修復作業が始まった。


当然、防衛戦に参加していた俺達もその作業に参加させられている。


「全く、敵さんの逃げ足も速いもんだな」


隊の中で唯一まともに話ができる犬獣人の隊員、リックスが連中の踏み潰した基地周辺のフェンスの残骸を見ながら呟いた。


「多分俺達が来てもう作戦の続行は不可能と判断したんだろ」


「にしてもよぉ、なんでこんな辺鄙な場所の空軍基地なんて襲ったんだ? もっと大きい街の方なら分かるけど」


確かに敵に打撃を与えるのならば地政学的に重要な、例えば、ラークスあたりのような大規模な軍事基地を抱える街を攻撃しようと考えるだろう。


しかし敵は敢えてこんな田舎にあるラタイェスカ空軍基地を選んだ。


それは何故か。


というのが分かれば苦労はしないのだが。


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