第3話
オーリスロンド帝国首都、『アーリェール』より南西に670km。
都市部から大きく離れたここは極端な乾燥地帯で一面が砂漠に覆われている。
名前は『レブロスク砂漠』。
そして今俺がいる難民キャンプも、ここにある。
「おい、炊き出しだ! 炊事車が来たぞ」
排気ガスとはまた別の、湯気やら煙やらを上げながらキャンプの中心に佇む3台の車両。
俺にとっては今回で4回目の炊き出しだった。
「はい、押さないでー! ちゃんと全員分ありますよー!」
「こちらから並んで下さーい!」
腹を空かせ、炊事車に蟻のように群がる難民達を誘導しているのは炊事車に乗っていた人達。
軍服を来ているから皆兵士だ。
ここはよく亜人解放戦線の車両が来たり通りかかったりするが、いつも見ているとゴブリンの兵士が多いと感じる。
アリツィさんによれば亜人種の中ではゴブリンの人口が最も多いんだそうな。
だから必然的に軍人の割合もゴブリンの方が多くなるらしい。
この炊事班も7割ゴブリン、残りの3割が獣人、エルフと言ったところだ。
「はい、熱いから気を付けてねー。 パンも忘れないで」
器一杯に盛られた麦粥とパンを両手に持って俺は炊事車からそそくさと離れていく。
自分のテントはキャンプの片隅にちょこんと小さい一人用が建っている。
どうやらこのご時世、やはり亜人達は俺のような人間と一緒に寝るのは遠慮したいようで仕方なく俺一人隅っこで暮らしている。
そして現状に対する唯一の疑問があった。
まぁ初日にとっくに解決しているのだが、それは何故オーリスロンド帝国とナルシュ王国は交戦状態に入っていないのに難民キャンプなんかがあるのかだ。
答えは、7年前に国内で起きた内戦が原因だそうな。
亜人が世界各国から集まってオーリスロンド帝国が出来上がったのはこの内戦の後の事。
アリツィさん曰く、当時のトゥアマ大陸自治区は亜人8割人間2割で構成された防衛隊によって強固に守られていた。
防衛隊の総兵力は凡そ21万。
亜人兵の人数がこんなにも多いのは収容所に収容されている亜人は防衛隊に志願すれば待遇が改善されるからだ。
そしてこの強固に守られた自治区で反乱を起こし見事占領して見せたのが、現在の亜人解放戦線総帥である『ラバーレ・アル・ヴェリョール』という女だ。
ラバーレ総帥は完全な亜人種ではなく人間種の血を持つハーフの魔族らしい。
数年前から既に反乱を計画していた総帥は実行日になった途端迅速に反乱に加わる兵士達を纏め上げ、電撃的速度で守りを内側から食い破り、収容区を解放した。
この緊急事態にナルシュ王国陸軍と空軍も出動したが、陸軍の降下部隊は降下して間も無く総帥の巧みなゲリラ戦術と敵の出現位置を予測して設置されたトラップによって壊滅。
同時に空軍も攻撃ヘリや攻撃機を複数機出撃させたが、反乱兵が鹵獲し、収容区のあちこちで掩蔽していた対空砲や短距離SAMによって3機を撃墜され、這う這うの身で撤退した。
その日の後も何度かナルシュ王国軍の攻撃は行われたが全て失敗。
オマケにナルシュ王国の潜在的敵対国であるナルバーク連邦による秘密裏の支援によってトゥアマ大陸は最早迂闊に手出しの出来ない状況となった。
難民キャンプでの暮らしが始まってからもう既に1ヶ月が経ったころ、突然炊事車でも補給部隊でもない車が複数台やってきた。
「アリツィさん、あれは……?」
「徴兵検査だね。 そういえばもうそんな時期だったのをすっかり忘れてたよ」
車両から軍人が何人か出てきてバインダー片手に難民達を値踏みするように見ている。
徴兵検査という事は多分あのバインダーにはこのキャンプに住んでいる人の名簿でも挟まっているのだろう。
「そういえばノボル君、歳は?」
「17ですけど」
「なら大丈夫だ。 亜人解放戦線の徴兵年齢は18歳だからね」
「じゃあ来年には俺も徴兵対象じゃないですか」
呼び集められた子持ちや介護を担う者、身体障害者と怪我人以外の若い男女が集められ、検査の為にトラックに乗せられて行った。
「ノボル君、君は難民キャンプを出た後どうするつもりなんだい?」
「どうする……ですか……」
慣れてきたこの世界の暮らしの中ですっかり考えるのを忘れていた事に俺は俯き悩んだ。
仕事をするにしても昨今の世界情勢もあり、このオーリスロンド帝国は亜人ファーストな国だ。
そもそもこの国にハローワークがあるのかも分からないし、人間だからという理由で就職出来ない可能性も充分ある。
「実はね、こんなものを見つけたんだ」
アリツィさんは机の棚のファイルから1枚の紙切れを取り出した。
英語で何か書かれているが、それよりも描かれている絵の方が気になった。
その中で俺の目を最も引いたのは紙の中心にデカデカと描かれた人型の何か。
ゴテゴテとした形状からして機械である事は確かだが、迷彩が施されており、よく見ると手や肩、背中に兵器と思しき物を積んでいる。
あれだ、二足歩行兵器だ。
「『我々はこの母なる大地の守護者を求めている!!』だってさ。 帝国陸軍のAFパイロット募集要項」
手渡されたそれをまじまじと見つめる俺に煙草をふかしながら聞いた事のない単語を投げ掛けるアリツィさん。
「AF…?」
「あっ、そういえばそれについて教えるの忘れてたね」
右手で左手の平をポンと叩くと机の棚からまた何かを取り出した。
今度は本だ。
それもかなり分厚い。
「『アーセナル・フレーム』、正式名称は人型機動戦闘車両。 略してAFさ」
更に手渡された本の表紙にもAFらしきものが描かれており、それがAFに関する本だということはすぐに分かった。
「基礎体力検査さえ受かれば後の筆記試験は義務教育レベルだから簡単だよ。 人員不足で採用基準が引き下げられている今がチャンスだ」
更に本棚から1冊の本と書類を何枚か取り出したアリツィはそれを全て俺に手渡す。
「はい、これ参考書。 こっちは履歴書とか諸々ね」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
「ん?」
急に話がトントン拍子で進んで行くのでそれを手で制す。
「俺に何しろって言うんですか」
「そんなの決まってるじゃないか」
数冊の本と書類を抱える俺の目から、決して目を逸らすことなくアリツィさんは言った。
「君がAFのパイロットになればいい」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あれから長い時が経った。
いや、これから俺が送る人生を考えればまだ短い方なのかもしれない。
オーリスロンド帝国陸軍人事課の扉を叩き。
基礎体力検査と筆記試験も難無く受かり。
パイロット養成学校で候補生として教育隊に配属されAFの基本操作や戦術など、戦いのイロハを学んだ。
それでAFの操縦訓練も日々行い、パイロットとしての腕も上がっていった。
亜人に囲まれた生活の中で、人間を忌み嫌う同期から凄まじい程の虐めを受け、自殺も考え掛けたが、ここまで来て死ぬ訳にはいかないとなんとか踏ん張ることが出来た。
ただ訓練中にまで嫌がらせを受けたので、それからAFでの戦闘中は他人に背中を預けないようになってしまったが。
3年の時が経ち、訓練課程をやや上の成績で修了した俺は新設されたAF部隊、『第164AF中隊』に配属、マルシュアナ基地での暮らしが始まった。
そしてそれから更に1年後の事だった。
マルシュアナ基地より北西26km離れた場所にある最も近い空軍基地、『ラタイェスカ基地』が襲撃されたのは。
《ラタイェスカ基地に到着! 全機、現地の守備隊を援護しつつ、施設と中にいる将校達を防衛しろ!》
「……了解!」
昔と比べて、フットペダルを踏む感覚は随分と軽くなった様な気がした。
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