終末に永遠の愛を誓いましょう

桂ヲトナシ

厄災。星の終わりに

――ズドーン......


 星が終わる。いつの日か、当たり前のようにそう認識していた。今も老朽化した巨大建築物がどこかで崩壊したのだろう。崩れ落ちた音が地響きのように鳴り響いた。人による管理を施されなくなった建物の老朽化は想像よりずっと早い。雨に打たれ錆びた金属が、砂塵によって摩耗し、やがて倒壊する。文明期に立派にこしらえられた巨大なビル群も、ものの十年かそこいらでボロボロの廃墟と化した。そして何十年もかけて、廃墟の塊は少しずつ崩壊を続けている。


 僕とモモナが旅を始めてしばらくは昔の軌道車両が生きていたので、これを使ってとにかくいろんな場所へ行こうとしていた。しかし予備電源分のエネルギー源が尽きてしまったのか、軌道車両は使えなくなり、それからはずっと歩き続けている。無機質な構造体の群を眺めながら、疲弊しきった足で歩いていると、自然と昔よく食べた固形型の栄養食を思い出した。すると隣にいたモモナも同じようなことを考えていたのか、

「お腹すいたねー。」

と、声を漏らした。


 ――厄災。こいつがすべて変えてしまった。


 厄災に関しての詳細はよくわからない。気が付いたら大きな地震が来て、津波によって何もかもが失われた。いつの間にか端末機器も使えなくなっていて、文明と秩序の無い生活になっていた。そしてあちらこちらで地盤沈下や爆発事故が自然発生するようになり、僕達の文明の星は異常をきたした。旅をして間もない頃はよく人に会ったが、ここ一年ほどは誰にも会っていない。最後に出会った科学者を名乗る人は、新エネルギーの性質を利用した実験の失敗が原因なんじゃないのかと言っていた。けれどそんなことはどうでもよかった。僕にはモモナがいる。それだけで充分だ。

 人との遭遇率と反比例するように地盤沈下や不明な爆発災害は増えていった。


 星が終わるのだ。


ただそれだけを認識していた。モモナとはこんな話を普段はしない。けれどきっと星の終わりを感じていると思う。動物も植物も見なくなり、世界には僕とモモナの二人だけになってしまったみたいだ。ぼろ布をまとい、わずかな食料と汚染された水を持って、二人っきりの旅が続く。二人の命が尽きるのが先か、星の終わりが先か。どちらにせよこの旅は世界が終わるまで永遠に続くのだ。


ズドーン.....

ズドーン.....

ズドーン.....


 崩壊の旋律が鳴り響く。まるでこの星、もしくは僕たち二人の鎮魂歌のようだ。あるところでは巨大建造物が倒壊し、またあるところでは地盤沈下が起こる。至る所からもくもくと煙が立ち上り、空は青くなくなった。砂埃に視界を奪われ、逃げるようにモモナの手を引いた。するとモモナの手を握った僕の手に、急激に重量が加わった。

「.....モモナ?」

疲れたのだろうか。モモナは座り込んでいた。やがて顔を上げたモモナは物憂げに微笑んだ。

「ごめんね。足がもう動かなくって。」――ズドーン......


地面に座り込んだモモナの側に寄り、砂埃を手で振り払って視界を確保した。いつの間にか日は落ちたのだろうか。辺りは暗くなっていた。


「いや、僕も疲れたな。一度休憩しよう。」――ズドーン......

僕もモモナの隣に腰を下ろして野営の準備をする。地響きのような音はどんどん大きくなってくる。

「.....ねぇ、スープはまだある?飲みたい。」――ズドーン......

「まだあるけど.....スープはとても貴重だよ。」――ズドーン......

「.....だよね、ごめん。ポールレーションたべよっか。」――ズドーン.....


ズドーン.....

ズドーン.....

ズドーン.....


「.....いや、スープを飲もう。」

(いつもより崩壊の音がうるさい気がする。.....これが最後の晩餐なのかもしれない。きっとモモナはそれを感じてスープを飲みたがっているのかもしれない。)

 お湯を沸かすには加熱材を用いた特別な機器を使う。複雑な機械を使わないので、火を使わずとも簡単に熱を得ることができる。沸かしたお湯を注いでスープを作る。僕たちにとって久々のごちそうだ。

「.....暖かい。」――ズドーン.....

「モモナのスープはわかめスープだね。僕のは卵スープだ。」――ズドーン.....

「卵スープいいなぁ。私前もわかめスープだったじゃん。」――ズドーン.....

「そだっけ。.....ちょっと飲む?」――ズドーン.....

「.....うん。私のも飲んでいいよ。」――ズドーン.....

そういって僕とモモナは二人のスープを交換して一口飲んだ。

(おいしい。)

「ありがと。」

モモナはそう言って僕に卵スープを戻した。僕とモモナはスープを飲み干し、空になった容器を片付けた。冷えた夜に凍えながら座っていると、モモナは僕の隣に寄り添って座った。

「こうしたほうが暖かいよ。」

そう言ってモモナの羽織っていた防寒用のぼろ布の半分を僕の方へ回し、二人でくっついて布にくるまった。いつの間にか空を覆っていた煙と雲は晴れて、きれいな星空と真ん丸な月が顔を出していた。砂埃と煙だらけの日中よりも明るく感じるような夜はここ最近しばらくはなかった。きっとこれが最後なのだろう。


――ズドーン.....


「モモナ。寒くない?」

「.....寒い。」

「寒いよね.....。」


ズドーン.....

ズドーン.....

ズドーン.....


 もう動けない。休んだのに僕もモモナも限界だった。世界の崩壊の音楽だけが激しくなり、僕らを包んむ。あちらこちらで煙が立ち昇っている。星空の下で爆発と倒壊の喧騒に包まれながら、月の光に照らされたモモナの顔を見た。


ズドーン.....

ズドーン.....

ズドーン.....


「ずっと一緒よね、シオリ。私とシオリずっと一緒だった。これからも一緒よね。」――ズドーン.....

「うん。僕とモモナはずっと一緒だよ。」――ズドーン.....

「私とシオリとじゃ二人とも女だから、子どもはできないね。」――ズドーン.....

「ううん。こんな世界に新しく生まれてくる子どもなんて必要ないよ。僕らはこれでよかったんだ。」――ズドーン.....

「そっか。」――ズドーン.....

「うん。」


ズドーン.....

ズドーン.....

 爆発の音でモモナの声が聴きとりづらくなっていた。モモナも僕の声が聴きとりづらいのかもしれない。もう空が見えないくらい煙で周囲が覆われてしまった。そこらじゅうが崩落し、爆発し、崩れ去っていく。瓦礫の破片が飛んできて左腕をかすめた。モモナに飛んでこないよう、咄嗟にモモナに覆いかぶさるように抱きしめた。

「シオリ、左手出して。」

耳元でささやいたシオリの声はどこか涙ぐんでいた。僕はさっきの瓦礫の破片によるかすり傷で少しだけ流血した左腕をモモナの前に持って行った。

モモナは静かに血を拭いて、自分のポケットから錆びた指輪を取り出した。砂埃の隙間から差した月明かりがモモナの指輪を照らした。

「お母さんの形見の指輪なの。」

そう言ってモモナはおもむろに僕の左指に指輪を通した。

「昔はこうやって男女で指輪を交換する婚約儀式があったんだって。」

「交換って言っても、僕は指輪持ってないよ。というか僕ら二人とも女だし。」

「細かいことはいいの。同性婚とかもあったみたいだし。それに私はこの儀式をシオリとやってみたかっただけだから。」

「交換する儀式なのにいいのかな.....。」

「じゃあ、代わりにシオリのネックレスを私の首にかけてよ。それで私たちは結婚ね。」

僕はモモナに言われた通り、いつもつけていた銀色のネックレスをモモナの首にかけた。髪の毛が引っかかってモモナの髪がぐしゃっと顔にまで垂れて崩れてしまったので、サッとかきあげてあげた。


 モモナは泣いていた。今までどんなにつらくても泣かなかったモモナが声を抑えてボロボロと涙を流している。もう星空も真ん丸な月も、砂埃と煙によって全く見えなくなってしまった。とどろく轟音の中、抑えきれない嗚咽を漏らしながら泣くモモナを前に僕は微笑んだ。

「スープ飲んで結婚もして、こんなに幸せな夜に涙なんてもったいないよ。」

「うん......。分かってるっ.....。でもっ......。嬉しくて、寂しくて.....、涙が止まらなくてっ.....。」

「寂しがることなんてないよ。僕らはずっと一緒だよ。ほら、こんなにも暖かい。」

そう言って旅の最中、片時も離すことはなかったモモナの手を、指輪のはまった僕の左手でぎゅっと握った。そして右腕でモモナのことを抱きしめた。

「安心してモモナ。今までも、これからもずっと一緒だよ。僕たちが離れることは絶対にないんだ。どんなに周りの環境音がうるさくても、どんなに辺りが崩れ去っても、そしてたとえこの星が消えてなくなったとしても、僕らの間は誰にも引き裂けない。僕らの邪魔はさせない。」

「うん.....、ずっと一緒にいてくれてありがとう.....。一緒に旅をしてくれてありがとう.....。私、シオリと永遠に一緒だね.....。」

「うん。だから泣かなくてもいいんだよ。」

「うんっ.....。ありがとう.....。」


抱きしめていたモモナの体を少しだけほどき、僕は泣き笑うモモナの顔を見た。きれいな顔だ。涙でぐちゃぐちゃだけど、この色褪せた世界で最も美しい。目の前の美しい少女は、僕の唯一の宝物だ。



「モモナ、好きだよ――。」



 轟音と砂埃に覆われた僕の声はモモナに届いたのだろうか。届いたのか届かなかったのか定かではないが、モモナが泣きながら微笑んだのが見えた。



「よかった――。」






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