まさかの提案

 最後の大会が始まる二週間前。日曜日。


 練習は昼からだが、目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまい、どうにも寝付けない。


 朝イチから雨は降りそうで降らない。

 お気に入りのウサギのキャラの目覚ましの8を指す短針も、鳥の羽ばたきも重そうで、スッキリしない天気。


 仕方なく少し早めに家を出て、いつものようにジョギングで学校へと向かう。


 何となく空を見上げて、風雲急を告げるの語源は、この時のような空気感なんじゃないかと思ってしまった。



 そして、その不吉な予感は的中する。



 練習前に、俺は監督に呼び出された。


「オレは今大会の海堂中との試合で勝負をかけようと思っている」


「それは、選手みんなも同じ気持ちです!」


 海堂中とは同地区のライバルではあるが、現在の監督が就任してからの、この一年は、練習試合も含めて、惜しい試合もあるのだが、まだ一度も勝てていない。


 しかも、初戦で対戦することに決まっていて、いきなりの大一番である。


「塁、うちのチームのウイークポイントは、どこだ?」


「ディフェンスです」


 俺は即答する。


 前回の対戦でも、俺と蹴人が一点ずつ取ったけど、五失点もしてしまい完敗している。


 監督は顎を撫でながら、「その通りだ」と頷く。


「でも、その分、いつも以上に俺と蹴人で得点を取りますよ! 俺、最近めっちゃ調子いいんで!」


 俺は渾身のサムアップを決める。

 もうサムアップを突き抜けて、サムフライアウェイくらいの勢いだ。


 それを横目に監督は「うーん」と唸って、少し言い辛そうに「その事なんだが」と切り出した。



「最後の大会で、塁には守備の要のセンターバックをやってもらいたい」



 なるほど、そう来たか……


 確かに、蹴人は俺とは違って、一人でゴールを決め切る力があるし、周りの選手も蹴人のサポートに徹すればいいと、役割がハッキリする。

 俺がディフェンスリーダーとして守備を安定させれば、失点を減らし、攻撃陣も攻めに集中できる。

 その相乗効果でチーム力が上がって、しかも、こちらの戦略を知らない海堂中を混乱に陥れ、勝つチャンスは大きくなりそうだ。

 俺自身も高校、そして、さらにその上を目指すならセンターバックに転向する道を選ぶべきだと思っていた。


 今までは、どこかイマイチ頼りないところのある監督だと思っていた。

 しかし、チームの現状をしっかりと把握し、的確な戦略を導き出すとは、さすがだ。




 じゃない!


 いやいやいや、絶対ダメなやつじゃん。

 この大会で、蹴人よりも多く得点を決めて、『美都有に告白出来る権』を、この手に掴まないといけないのだ。

 相手ゴールから遠いディフェンダーになんか、コンバートされている場合ではない。


 どうやって、コンバートを断るかを一頻ひとしきり考えてみたが、理に叶い過ぎていて、何も言えない。


 しかし、よくよく考えてみると、何もセンターバックだからといって点が取れないわけではない。

 俺の一番の得点パターンは、セットプレーからのヘディングでのゴールだ。機を見て攻撃参加する手もある。



「塁には話しておこう。これを聞いたら、コンバートにも納得してもらえると思う」


 俺がコンバートを、仕方なく了承しようと口を開きかけた時、監督が語り始めた。


「実はオレと海堂中の監督は、いわゆる幼なじみの関係なんだ」


「そうだったんですか」


「オレは小さい頃から、アイツには何をやっても勝てなかった。サッカーだけじゃないぞ。勉強でもゲームでも、絵でも作文でもだ」


 何故に、ドヤ顔?


「あと、アイツは手芸も強かったなぁ」


 遠くを見るな見るな。


 いや、手芸の強さの基準って、何?

 で、この監督を連れてきたの、誰?


 戸惑いながらも「じゃあ、次の試合は勝ちたいですね」と言っておく。


「オマエも蹴人と幼なじみだったな。だから、気持ちは分かるだろ?」


 いやいや、一緒にしないでくれ。


 サッカーでは負けているかもしれないが、勉強は蹴人に勝ってるし、ゲームとかでも大概俺のほうが勝つ。


 女子には蹴人の方が、かなり人気かな。


 バスケ部も人気でお馴染みの部活だか、うちの中学では何故か不人気。

 俺はそのバスケ部よりは、少しは……といったところ。


 まあ、手芸はやったことないから、わからないけど。


「で、オレたち二人は今度の試合に『知世ともよに告白出来る権』を賭ける事にした」


 どこかで聞いた話だが。


「昨日、駄菓子屋『音鳴おとな』で、ばったりアイツと会ってな。売り言葉に買い言葉で、それなら長年の勝負に決着をつけようじゃないかと」


 音鳴の会談パート2かよ!


 しかも、四十過ぎたオジサンが、何をまだウダウダと青春やってんだよ。

 あんたら、そろそろ大人の階段下りだろ。


「その勝負の内容だが、あろうことかアイツは、とんでもない提案をしてきやがったんだ」


 とんでもない提案?

 試合の勝敗じゃないのか?


「『オマエのチームじゃ、どう転んでも勝ち目ないから、一点差負けなら、オマエの勝ちにしてやってもいいぜ』ってな」


 確かに、それはとんでもなく腹の立つ提案だな。さすがに受け入れ難い。


「だから、オレは言ってやった」


「それはビシッと言うべきですよ」


「それでお願いします! ってな」



 えっ?



「とんでもなく良い提案を出しやがる。さすがアイツはオレの幼なじみだよ。エモいだろ?」


「そ、そうですね……」


 ダメだ。うちの中学めちゃめちゃヤバい奴が監督になっちゃってるよ。

 俺たちはもういいけど、後輩たち終わったな。


 そして、エモいの使い方合ってないよね?



 しかし、何故こんな話で、俺がコンバートを納得すると思ったんだよ。

 呆れて物も言えない状態に落とし込む作戦か?


 結局は、反論するのも馬鹿馬鹿しくなり、全部どうでも良くなってきたので、監督の目論み通り(なのか分からないが)、俺はコンバートを受け入れることにした。


 最後に監督は「告白出来る権の話は、みんなには内緒でな」と言いながら、両手グータッチを求めて来た。


 正直、両手グータッチ案件ではないと思ったが、監督の無言の圧力に押し切られ、渋々受け入れる。


 せめてもの抵抗に、目だけは合わせないで。




 それからの練習の日々は、意外にも充実していた。

 新しいことへの挑戦は発見の連続で、とても刺激的だった。


 そして思いの外、俺のセンターバックへのコンバートは、しっくりとハマった。

 たった二週間の練習ながら、完成度は上々だ。


 ボランチと連携して、守備の穴を埋めてもらい攻め上がるパターンもいい感じで、今までよりもかなりの運動量になるが、元々スタミナには自信がある。


 それにまさかの出来事に慣れている俺には、逆境のほうが力を出せるのかもしれない。


 蹴人も「勝負は勝負だから、容赦しないぜ! クロスも塁には入れてやらないからな!」と、右拳を突き出しながら、まるで炭酸レモン飲料のような爽やかさでのたまう。


 そんなことを言いながらも、セットプレー時は、とびきり精度の高いボールを俺に合わせてくるはずだ。


 蹴人は、どこまでも真っ直ぐな奴なのだ。さすがは俺のライバル。


 俺も「当然だ! でも、勝つのは俺だぜ!」と、右拳を突き出す。


 それを不思議そうに、小首を傾げて見る美都有。



 待ってろよ、ミト。


 必ず俺が勝って、お前に告白するからな!

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