第254話 カミラ3
「一つ聞きたい。なぜカミラは案内人ではないんだ? 聖域の祠には何度も行き、魔物との戦いにも慣れていると聞いた。案内人として十分だろう」
ルシールが気になっていたのはカミラのことだ。
ここまで歩いてくるまでにルシールはカミラのことを町人から聞いていた。
十五歳で成人してからカミラはコーディやその仲間と共に聖域の祠まで通っている。
湖の魔物の狩りもしっかりしており、一定の実力はあるにも関わらず、カミラは案内人として一度も任されることはなかった。
それが何故かということが気になっていたのだ。
その質問にコーディは答える。
「カミラはまだ十七歳の娘で、この通り体も小さい。皆様を安全にお連れするには実力が足りていません」
「実力というのは、今までの経験だろうか。それとも戦闘能力の問題か?」
「両方です。普段は私が中心になり警備隊から二人応援してもらっています。最近はカミラも手伝うようになりましたが、ここはやはり私が行くべきでしょう」
コーディは使徒の手前で冷や汗をかきつつも、はっきりと答えた。
聖域の谷の危険性は通い続けてきたコーディだからこそよく知っている。
それに、娘に危険な仕事を任せることは躊躇われたからだ。
しかし、それでもルシールは引き下がらない。
「経験は積まなければ得られないものだ。それに魔物は私とセージが全て倒す。そこは心配しなくていい。今回は案内の経験にちょうどいい機会だろう」
「ですが、聖域の祠に近いとかなり魔物も強くなります。この周辺とは比べ物になりません」
「強い魔物か。私を止めるのであれば神級の魔物になるぞ」
ルシールは当然のようにそう言った。
普段話に上がることのない神級の魔物にコーディは困惑する。
「神級の魔物とは、神霊亀のような魔物ですか? それはさすがに……ですが、最奥ではダークプリーストやフェイクドラゴンといった凶悪な魔物が出現します。ここで出現する魔物に慣れている私どもであっても、簡単には倒せない魔物が多く出現するのです」
「ダークプリーストとフェイクドラゴンか。ここ特有の魔物だな。その程度なら問題ない。たとえ私の前にドラゴンがいようと、魔王がいようと私が負けることはない」
それを聞いて、コーディは否定こそしないが、難しい顔をしたままだ。
ドラゴンや魔王と一対一で勝てるなんてにわかに信じがたいことである。
実際に魔王と一対一で戦い、しかも魔王を上回る強さを見せつけたとは夢にも思わない。
特にルシールの見た目から、それを想像するのは困難だろう。
ただの例え話であると捉えてしまうのは当然だ。
「急には信じられないのも無理はない。まずは戦いを見せよう。その後に判断すればいい。私は納得させる自信があるからな。それよりも、カミラはどうしたい?」
(私が、どうしたい……?)
急に振られたその質問に、カミラはすぐに答えられなかった。
父親コーディの言うことは正しい。
強さも経験も足りていない自覚はある。
自分がやる、責任を持って案内すると言いたい気持ちは、父親に任せる方が確実だという事実によって押し込められてしまう。
「私たちはカミラに案内の依頼をしている。先ほどは案内できると断言していたな。今は、何かを気にしているのか?」
「いえ、その、父に比べて経験も実力も劣るので……」
「それは当然だ。長年続けている者に追いつくことはそう容易なことではない。しかし、私たちはそれがわかった上でカミラに依頼しているんだ」
そう言ってルシールはカミラにまっすぐな視線を向ける。
カミラの瞳は迷いを示すかのように揺れた。
「どうして私に、ですか?」
そんな質問が漏れたのは、純粋な疑問だったからだ。
コーディが案内した方が確実である。
そこまで自分にこだわる理由がわからなかった。
ルシールはその質問に一瞬考えて、口を開く。
「それは……私と似ていると感じたから、かもしれないな」
(似てる?)
カミラは困惑する。
自信に溢れ、堂々としており、使徒とも対等に話すルシールが自分に似ているとは思えなかった。
そんな戸惑いを感じたルシールは少し笑う。
「今の私は冒険者パーティーの団長だが、元々は貴族令嬢だ。令嬢であればドレスを纏い、宝飾品を輝かせることが求められる。しかし、私が目指したのは父親、騎士の姿。防具を纏い、剣を輝かせる姿だった」
とうとうと話し出すルシール。
その視線はカミラに真っ直ぐ向いている。
「ただ、娘として生まれた私がそうなることは難しく、女である身を恨み、一時期は諦めかけていた。そんな時に出会ったのがセージだ。セージは私のしがらみを取り払い、進む道を開いてくれた」
ルシールはチラリとセージに視線を向け、またカミラへと向く。
「本当に運が良かったと思っている。セージがいなければ私の人生は全く異なっていただろう。だからこそ、進みたい道が険しく、努力だけではどうしようもない者に、今度は私が手助けしたいんだ」
今の堂々としたルシールの姿からは信じられない話。
カミラの人生とは全く異なる。
それでも、似ていると言った意味が分かった。
カミラは一人娘である。
母親は体が弱く、二人目を授かることはなかった。
直接言われたわけではないが、きっと求められていたのは息子で、父親は聖域の祠の管理者を引き継ぎたかったんだろうと感じたことはある。
成人してから湖の狩りや聖域の祠管理のサポートをしているが、それはカミラの婿が管理者になり、そのサポートのためという意味だと思っていた。
でも、そのことにカミラは仕方がないと諦めていたのだが、自分もルシールのように変われるのかと希望を持つ。
「私から見た印象なんだが、カミラは聖域の祠の管理者、聖域の谷の案内人になりたいのではないか? そうじゃなければいいんだが、もし、カミラが案内人になりたいのであれば、私が手伝おう。さらなる強さが必要であれば鍛える。経験が必要なら何度も通おう。あとはカミラが選ぶだけだ。カミラはどうしたい?」
ルシールから問われて、改めて考える。
未来の自分。
カミラがかつて
(やっぱり私は管理者として、案内人として生活したい)
父親が娘である自分を大事にしているということを、カミラはわかっている。
それでもカミラが父親から欲しかったのは、身を案じる気持ちではなく、背中を預けられるような信頼だった。
「皆様を聖域の祠に案内します。よろしくお願いします!」
カミラが立ち上がって頭を下げる。
その姿に、ルシールは「よろしく頼む」と優しく微笑んだ。
そして、その場の空気が良くなったところで、セージが口を挟む。
「では、案内のお礼に薬を作りましょうか」
「薬ですか? 先ほどいただきましたが……」
「別の薬ですよ。カミラさんの母親の体調が優れないと聞きましたので。薬で少し良くなるかもしれません。台所を貸していただけますか」
「はい! お連れします!」
こうして、セージはサッと『千寿の雫』を作り、軽く狩りをして圧倒的な力を見せつけ、米を堪能するのであった。
この数年後、使徒の増反計画による田んぼの拡大、使徒が選んだ米どころの認定、使徒が通った聖域の祠、使徒が認める湖の魔物料理などなどによって有名になり、かつてナイジェール領だった頃を超える賑わいを見せることになる。
そして、その町のエノル湖側の端には、湖の魔物を使った米料理の店を経営する夫婦と、聖域の祠への案内人である女性が住んでいるのだが、それはまた別の話である。
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