第253話 カミラ2

「へぇー! 中ってこんな風になってたんですね」


 家に入って感嘆の声を上げる使徒セージを、カミラは蒼白になった顔で見ていた。

 突然のことに父親コーディも緊張した面持ちだ。

 家がそれほど広くないので、セージたちを連れてきた町人は警備も兼ねて外で待っている。

 その他に家の中にいるのはルシールとトバイアス。

 トバイアスは家を出るタイミングを逃していた。


 カミラの家は円柱に円錐を乗せた形のテントのようなものである。

 普通のテントよりもしっかりした枠組みに、分厚い布を巻き付け、石で固定しているため、そうそうのことでは壊れない。

 大、中、小の三つの家があり、小はトイレ、中は台所になっている。

 案内した大テントは壁側にベッドやタンスが並び、中央に机があった。


「私も初めて見たな。騎士団の大型宿営用天幕に近い作りだが、それより頑丈そうだ」


「そういえばこんな形の天幕ってあったね。使ったことないけど」


「あれは大隊を動かすような戦いで、拠点の町がない場合に使うからな。私も使うところを数回しか見たことがない」


 そんな会話をしながら、家の中央にある椅子に座るセージ。

 そして、立ったまま座ろうとしないカミラたちに「どうぞ座ってください」と声をかける。

 しかしカミラは座らなかった。

 突然、カミラは平伏して地面に頭をつける。


「先ほどは失礼なことをして、本当に申し訳ありませんでした」


 カミラは稲穂の陰から飛び出して、セージたちに聖域を案内したいと迫った。

 相手が冒険者ならばいいが、それが国のトップとなるとどうなるかわからない。

 早く謝らなければならないという焦燥感に駆られていたのである。


 急な謝罪に一瞬全員が固まった。

 気にしていないセージとルシールは何を謝られているのかわからず、その件を知らないコーディは何をやらかしたんだと驚き、一番理解しているはずのトバイアスは焦りのあまり口をパクパクさせて心の中で叫ぶだけだ。


(あぁどうすれば……)


 シンと静まりかえる中でカミラは自分の心臓の音だけが響いている。

 平伏したカミラからセージたちの顔は見えない。

 視界は家の床だけ。

 数秒おとずれた沈黙が永遠に感じられるほど、不安に押し潰されそうだった。


(もう、駄目かもしれない)


 すでに手遅れで、不敬罪で捕まるのかと諦めかけた時、セージが口を開く。


「あの、先ほどっていうのは聖域の道の案内役をお願いした件ですか?」


「その通りです」


「それなら気にしなくていいですよ。とりあえず座ってください。その案内の話をしにきたんです」


(案内の、話?)


 カミラが顔を上げると、笑顔で椅子をすすめるセージの姿が見えた。

 同じ席につくことを躊躇ためらったものの、まずは座るように言われて、微妙な空気のまま全員が着席する。

 そして、セージがここに来た理由を話し始めた。

 要約すると、聖域の谷の魔物を仲間にしたいこと、ついでに魔物に取りつかれた精霊ダークニンフを倒すこと、せっかくなので聖域の谷を観光したいこと、の三つである。


(つまり、魔物目当てで、ついでに精霊を倒して、観光するってこと? それって……どういうこと?)


 理由を説明されても疑問は消えなかった。

 普通、聖域の谷に行くのは精霊の薬がほしいからだ。

 それ以外の理由で、さらにその内容の意味もわからないとなると当然だろう。

 それでも、伝えるべきことがある。

 口を開いたのはカミラではなくコーディーだ。


「申し訳ないのですが、娘ではなく、私が案内人をしております。ただ、私が案内できる状態ではなく……」


「それは聞いていますよ。まぁ、まずはこれを飲んでください」


 突然差し出されたアイテムをコーディは困惑しながら受け取る。

 それは何かの丸薬と飲み薬であった。


「あの、これは?」


「これはHPが復活するアイテムです。さぁ、まずは丸薬を口に入れて、こっちの回復薬で飲み込んでください」


 HPが復活するといわれても、さすがにコーディは躊躇った。

 回復薬はHP0では効かないことは周知の事実であり、妙に澄んだ色をしている。

 さらに、丸薬は見たことがない。

 しかし、使徒セージが勧める物だ。

 得体のしれない物でも、断ることはできなかった。


 心配そうに見つめるカミラ、焦るトバイアス、笑顔のセージ。

 全てがコーディーの不安を煽る。

 コーディは受け取ってしまった薬に目を向け、ゴクリと喉を鳴らした。

 そして、覚悟を決め、口に丸薬を放り込み、一気に回復薬を飲み込む。

 その瞬間、HPが回復するエフェクトが輝いた。

 想定通りという顔をするセージと対照的に目を丸くするカミラ。


「父さん……HPが回復したの?」


 震える声を出すカミラに、驚きで絶句していたコーディが頷く。

 今まで回復しようと思ってもどうしようもなかったHPが回復していた。


(使徒様は、本当に使徒様だったんだ……!)


 いとも簡単に治してみせたことにカミラは衝撃を受けていたが、セージは「やっぱりバグでしたね」と冷静だ。


 永続反射バグは魔法を反射するのであって、アイテムの効果は普通に効く。

 セージが渡したのは復活薬である神葉の粉末を加工した丸薬とHP回復薬(満)であった。

 このアイテムは両方とも通常の店には出回っていない。

 HP回復薬はまだしも、復活薬は効果が出るかわからないような代物でさえ手に入れるのが困難だ。


 しばし絶句していたコーディはセージに向かって頭を下げる。


「ありがとうございます、使徒様。なんとお礼をしたらよいか」


「お礼はいいですよ。根本的には治っていませんからね。治すには精霊ダークニンフを倒せばいいと思います」


 そんな風に気軽に言うセージに、コーディーは険しい顔をした。


「ダークニンフとは精霊様のことですか?」


「そうですね。精霊にある魔物が取り憑いて、その状態になっています」


 コーディーは少し考え「精霊様は倒さないといけませんか?」と質問する。


「まぁ、治す方法は他にもありますけど倒すのが一番早いですからね」


「それなら、他の方法を教えてください。無理でしたら私はこの状態でも構いません。どうなっていようと精霊様を倒すことは、やめていただきたいのです」


「父さん! そんなことを言ってる場合じゃないでしょ!」


 周りに人がいるにも関わらず、頭を下げるコーディにカミラは思わず怒鳴ってしまった。

 HPがなくなり、漁もできず、怪我をする。

 それは全て精霊に襲われたからだ。

 そんな状態になっても精霊のことを考える父親に苛立ちを募らせた。

 険悪なムードの中、セージが気まずそうに「ちょっとすみません」と割り込む。


「精霊に取りついている魔物を倒すんですよ? ダークニンフの中の魔物だけを倒すんです」


 当たり前のように言うセージにコーディーは何とも言えない目を向けた。

 魔物が取り憑いているとのことだが、精霊の中の魔物だけを倒すなんてできるのかと思ったのだ。

 そもそも、精霊に取り憑く魔物なんて聞いたことがない。

 しかし、本当なのか、と使徒相手に疑うこともできなかった。

 そんな雰囲気を感じ取って言葉を重ねるセージ。


「この前ダーク化した精霊とは戦ったことがありますからね。ちゃんとニンフに戻りますよ。安心してください。それで、聖域の谷の案内をカミラさんにお願いしたいのですが、いいですか?」


「えっ? 私に、ですか?」


 驚くカミラに、慌ててコーディーが口をはさむ。


「待ってください、使徒様。私がご案内いたします」


「魔法を反射するバグはそのままなので、案内はカミラさんに頼みますよ」


 魔法を反射するということは、反射した魔法で魔物が倒れてしまう可能性があるということだ。

 仲間になる確率の低い今回の魔物との戦いで、一体たりともセージとルシール以外の者が倒すのは避けたかった。


「ですが、娘は私についてくるだけで、案内人ではありません。ここは私が――」


「ちょっと待ってくれ」


 急に割り込んだのはルシールだ。

 ルシールには気になっていたことがあった。

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