第252話 カミラ1

 ヒリフリアナのカミラは聖域の祠の管理をする一族の家に生まれた。

 祠の管理といっても特別なことはしていない。

 ただ、祠が荒れないように掃除をしたり、お供え物を置いたりするだけである。

 聖域の祠への案内などもするが、神霊亀襲来からめっきり減り、基本は掃除だ。

 そもそも、祠の管理は成り行きでなったものだった。


 昔からヒリフリアナの周辺には弱い魔物しかいない。

 とはいえ、魔物が町に全く来ないというわけではなかった。

 当然防衛は必要になる。

 ただ、広大な畑全域を覆う頑丈な外壁を作るなんてことは現実的ではない。

 それに、畑は徐々に拡大していっている。

 そこで町の周囲には防衛するための警備隊が存在していた。


 魔物による町や作物への被害から守るため、町の外周に可動式の家が点在しているのだ。

 基本的に魔物の襲撃は少ないため、普段は狩人のような生活をしており、町への肉類の供給がこの警備隊のもう一つの仕事である。

 その中でカミラの家は湖側の警備隊だった。

 湖側は魔物の襲撃が全くといっていいほどない。

 魔物の襲撃から守るよりも湖の魔物を倒して解体し、生活しているくらいだ。


 カミラの高祖父の時代、当時のナイジェール領当主がエノル湖の原泉に回復の精霊がいると聞いてやってきたことがあった。

 ナイジェール領当主は妻が病に倒れ、それを治すために一縷の望みにかけて来たのである。

 その時、当主は見事薬を手に入れ、精霊にその感謝を伝えるために、祠の建設をして、管理者を決めた。

 その役割がたまたま道案内役をしていたカミラの祖先に当たったのである。


 当時、湖側の警備隊は数軒あったが今ではカミラの家一軒だけになっている。

 湖にいる魔物は陸に上がると無力なものばかりなのだが、湖の中では強い。

 普通に周辺の魔物を狩る方が楽で、警備隊が要らないような場所だからだ。

 それに畑の面積が広くなるにつれて、守るラインはどんどん延びる。

 湖に面した場所からどんどん家は減っていった。

 結局、祠の管理者としてカミラの家だけが残ったのである。


 なので、カミラの父は何度も精霊を見たことがあった。

 そして、カミラも一度だけ会ったことがある。

 精霊と近しい生活で、父親は聖域の祠を本当に大事にしていた。

 だからこそ、精霊の攻撃をカミラは許せなかった。

 でも、自分だけでは精霊の祠にたどり着くことはできない。


 カミラの強さではまだ一人で聖域の谷にいる魔物を倒し続けることはできなかった。

 誰かの力を借りる必要があるが、精霊に呪われるとなれば行きたがる者もいない。

 それで、カミラは冒険者が来るのを待っていた。

 飛行魔導船で来た人物のもとに走ったのはそのためだ。


(よし、バレてない。町の外に降りてくれてよかった)


 カミラは町の者に見つからないよう稲穂の中に隠れていた。

 この町に来るのは貴族関係者か冒険者、定期的に商人、稀に旅人。

 その中でも飛行魔導船を使ってここに来るのは、貴族の視察か高位の冒険者くらいだ。

 ここ十年ほど貴族がヒリフリアナに来ることはなかったが、今はストンリバー神聖国になったばかり。

 視察に訪れる可能性は十分にある。

 それを判断するために近くに来るまで待っていた。


(若い男女二人……従者も護衛もいないし、この装備なら騎士でもないし。うん、冒険者に間違いない。きっと冒険者だ!)


 カミラは姿を見て冒険者であるだろうことを確信する。

 ここに来る冒険者の目的は十中八九精霊の薬を得ること。

 ただ、冒険者が町まで行けば町の者は精霊の祠に行くことを止めるだろう。

 案内人であるカミラの父親が呪われているためだ。

 案内できる者がいないとなれば冒険者がそのまま帰ってしまうかもしれない。


(私だって精霊の祠まで連れていける。一緒に行って精霊を倒す!)


「私はヒリフリアナのカミラです! 聖域の祠への案内人をしています! 是非連れていってください! お願いします!」


 町に入る前に、冒険者に精霊の祠まで連れていけることを伝え、案内役になる。

 そのために稲穂の陰から飛び出したのだ。

 しかし、それが間違いだったと知ったのは、強制的に連れていかれてからだ。


「お前なぁ! あのお方は使徒様だぞ!」


「町長が言ってただろ!」


 慌てふためく町人から話を聞き、どんどん顔色が悪くなるカミラ。


「冒険者じゃない? 使徒様……?」


「カミラ、もしかして聞いてなかったのか?」


 その質問にカミラはコクリと頷いた。

 村長が帰ってきてから騒がしくしていたが、カミラの家は町の外周。

 しかも、カミラ自身は釣りに行っていて、父親と母親は療養中。

 情報は回ってきていなかった。


「てっきり冒険者かと……」


 力の抜けたカミラの言葉に周囲の者は天を見上げたり、頭を抱えたりする。


「冒険者なら町長がわざわざ迎えないだろ」


「あっ、そっか……」


「よりによってあの使徒様にやってしまうとはな」


「私、どうすればいい?」


 その質問に町人たちは顔を見合わせる。


「使徒様は、何て言ったらいいか……いや、心配すんな。厳しい方ではなさそうだし、町長も弁明してくれるだろ。様子を見てきてやるから家で大人しくしとけ」


(ホントに……?)


 何ともいえない表情をする町人にカミラは不安になったが、どうしようもなく家に帰るしかなかった。


 家は町の西の端、エノル湖から百メートルほど離れた場所にある。

 移動式の家だが、エノル湖側に畑の拡張はできないため、カミラは生まれてから一度も家を移動したことはない。


「ただいま」


「おう、どこ行ってたんだ」


「ちょっと町まで……って何やってんの! 解体は私がするって言ったでしょ!」


 父コーディはカミラが釣り上げた湖の魔物ランドルトフィッシュをさばいていた。

 それを見たカミラは目をつり上げて怒る。


「大丈夫だ。問題ない」


「それで昨日手が切れたの覚えてないわけ!?」


「ありゃナイフの切れ味が悪かったからだ。こいつは家にある一番いい――」


「いいから早く代わって!」


「心配しすぎだ」


「うるさい!」


 仕方なくナイフを置くコーディを睨み付け、カミラはナイフを手に取りランドルトフィッシュに突き刺した。

 ランドルトフィッシュは外骨格を持ち、手が鋏になっていて足がない魚の魔物だ。

 湖に船を浮かべるとランドルトフィッシュが来て、たちまちその強靭な鋏で転覆させてくるほど凶悪である。

 体がCの字に丸くなっている状態でもカミラと同じくらい大きい。

 その丸の内側、骨格が少し柔らかい場所を引き裂いていく。


「カミラ、町でなんかあったのか?」


 コーディの問いかけにカミラは一瞬手を止めて、また何事もなかったかのように処理を始める。


「別に何もない」


 どこか不安そうなカミラを見ながら、コーディは「そうか」と追求はしなかった。

 外骨格の内側にナイフを刺し入れ、綺麗に身を取っていく。


「解体上手くなったな」


「もう二年もしてるんだから当然でしょ」


「そんなに経つか。早いもんだな」


「どうでもいいから、早く包帯を巻き直して。小さな傷でも死ぬことだってあるんだから」


 コーディは「わかってるよ」と軽く答える。

 そんな気軽な父親をカミラは怒りを込めて睨む。

 小さな傷での死亡例は町長から聞いた噂の受け売りだ。

 それが本当かどうかはわからない。

 町長の噂は当てにならないこともある。

 けれど、母親が病に伏している状況で、父親まで倒れてしまったらと思うと恐ろしかった。


 ランドルトフィッシュの身をぶつ切りにして沸かした湯の中に入れる。

 コーディが処理していた頭と鋏も一緒に入れた。

 たいした調味料はないので、茹でた後に塩とハーブで軽く味付けして終わりだ。

 ただそれだけだが、カミラはそんな料理に慣れている。


 約十年前に神霊亀襲来で人の往来は少なくなった。

 カミラは当時五歳。

 魚、肉、米、麦、は豊富にあって、野菜は少し。

 食うに困ることはなかったが、塩や香辛料は無くなった。

 当時はしばらくの間もっと味気無い食事をしていた。


 聖域の祠の管理の給金はナイジェール領崩壊と共になくなっている。

 冒険者の案内をする仕事もめっきりと減った。

 聖域の祠を管理しつつ湖の魔物を解体して暮らしている。

 最近は町に調味料が多く入るようになったが、カミラの家はそんなに余裕がないため、たいして揃ってはなかった。


 茹でている間にランドルトフィッシュの外骨格を水魔法で軽く洗う。

 その後、完全に乾燥させるため家の外に置きにいった。

 それを細かく砕けば、農家に肥料として売れる。

 魔物を釣り上げるのは大変なので余すところなく使いたい。


 例えばランドルトフィッシュを釣り上げる場合、運の要素もあるが、慣れているカミラでも午前中まるごとかかった。

 まず、ランドルトフィッシュ一体だけを誘きだすところから試練は始まる。

 鋏は強力で近づけず、特技『水鉄砲』の遠距離攻撃もある。

 それを避けつつ狩人の特技で遠距離攻撃し、援軍が来ないよう迅速にダメージを与えて、倒す直前で止める。

 そして、湖の近くに設置してある射出器で網を魔物に打ち出す。

 倒してしまうとすぐに湖の中に逃げられてしまい、HPが多く残っていると網を破壊されてしまう。

 このタイミングも難しい。

 魔物が網にかかった瞬間にHPを0にしてとどめを刺し、専用の巻き取り器を使って一気に引き上げるのだ。


 ランドルトフィッシュの外骨格を乾きやすいように並べ、茹でているランドルトフィッシュを確認するため調理場に戻ろうとする。

 その時、町から走ってくる姿が見えた。


(あれっ? トバイアスさん?)


 それは先ほどカミラに家に帰れと言った町人トバイアスだった。

 ランドルトフィッシュの処理に集中して落ち着いてきていた気持ちが、一気に不安に染まる。


「カミラ! 今から使徒様がくるぞ!」


「えっ? 使徒様が、ここに……?」


 その事実にカミラの頭は真っ白になり、手が震えた。

 かつて町長から聞いた話、貴族に失礼なことをした平民の末路が頭に流れる。


「あ、慌てるな! は、早く家を整えて、おおおお迎えするんだ! はわあっ!」


 トバイアスは足がもつれてゴロンと転がる。

 その時、町から出てきた使徒セージがこちらに向かって歩き始める姿が視界に入った。


(私、どうなるんだろ……)


 呆然とするカミラは、すぐに起き上がったトバイアスに背を押され、ぐちゃぐちゃになった心のまま家を整えるのであった。

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