第239話 王宮のその後
セージ対ブランドンの戦いが早々に終結し、王宮は大騒ぎになった。
宰相ブランドンによるセージたちを反逆者として捕らえる計画は、集められた王国騎士団が壊滅したことにより崩壊。
セージたちが異常な力を持つことが発覚し、実質捕らえることはできなくなった。
魔王討伐の功績を王国騎士団のものにする計画もあったが、それどころではない。
魔王に続いて国王まで討伐されそうな勢いに慌てることになる。
そこに現れたのはブランドンの娘、クリスティーナ・シトリン。
ブランドンが倒された後、颯爽と現れてセージのことを止めた。
王宮に侵攻されることなく止まったのは、まさにクリスティーナの功績だ。
この時、事務官たちはなぜブランドンの娘が止められるのかを考えた。
クリスティーナはセージの婚約者候補。
セージがクリスティーナのことを気に入っており、それで止めることができたのだと想像するのは容易だ。
そのため、事務官たちはなんとか助かったと喜んでいた。
それも束の間、王宮は再び慌てることになる。
この件について、セージの代理としてクリスティーナが登場。
出した要求は厳しいものだった。
魔王討伐は発表してもいいが、凱旋パレードも式典も拒否。
サルゴン帝国との戦争等には協力しない。
現在ナイジェール領と王家との取り決めを白紙に戻すなど、多くのことがある。
その辺りのことはまだよかった。
王宮が困ったのは、王家の所持している蔵書と魔導装置の全てを要求されたことだ。
魔導装置は明かりや水道、コンロなどはもちろん飛行魔導船も含むため、王国のあり方が大きく変わってしまう。
そう易々と渡せるものではない。
王家の範囲は、大まかに分けると王宮、王城、王国騎士団の三つ。
その全てから魔導装置を差し押さえると王家は立ち行かなくなる。
特に飛行魔導船は国防にも経済にも関わるものであり、王国の存続さえ危ういだろう。
ただ、クリスティーナの目的は王国を潰すことではないため、魔導装置を貸し出すことにした。
セージが欲しいと思った物とナイジェール領に必要な物は容赦なく引き抜いたが、最終的に約七割の魔導装置は貸し出す契約となり、そのまま王家に残った。
ただ、広義としては王国全体が王家の物であるといえる。
ナイジェール領から王家に貸し出すということは成り立たない。
そこで、クリスティーナはネイオミたちを呼び寄せて、ナイジェール領の独立宣言を行った。
圧倒的な武力を持つセージたちを止めることはできず、グレンガルム王国はそれを承認。
国境を接するアーシャンデール共和国とリュブリン連邦も後に承認することになる。
名前はストンリバー神聖国。
セージに新しい名字を考えて欲しいと頼んだところ「じゃあ、ストンリバーで」と答えたからだ。
さらに、セージは国王にはなりたくないという意思を示したため、王国ではなく神聖国という存在になった。
ちなみに、領としてのナイジェールの名前は消えたが、都市の名前として残っている。
この一連の騒動の発端であるブランドンは責任をとって更迭された。
これに伴って文官系シトリン家は消滅し、勇者系シトリン家の分家扱いとなる。
分家の当主はブランドンから長男のブレントに代替わりした。
職務は王宮の中枢から離れ、騎士団の事務官となる。
まだ二十五歳と若いが、優秀だという評判はあり、しっかりと勤めるだろう。
他の娘、息子たちもそれぞれ活躍の場はあり、公爵を継ぐはずだったブレントと比べると影響は少ない。
こうして、ブランドンは第一線を退いた。
もし、ブランドンが本気になれば、まだ起死回生のチャンスがあっただろう。
そもそも、この件の最終的な決定者は王である。
ブランドンだけでは騎士団を動かすことができない。
王の責任にすることは可能だった。
それでもブランドンがすんなり退いたのは、妻ベアトリクスの言葉があったからだ。
もう終わりにしましょう、と。
ベアトリクスの故郷、スピアリング王国はサルゴン帝国とグレンガルム王国になった。
それからちょうど三十年目のある日、ベアトリクスは商人に成りすましてミストリープ領に飛び、サルゴン帝国に入った。
三十年も経てば大きく変わるものだ。
スピアリング王国の存在は薄れ、グレンガルム王国ミストリープ領とサルゴン帝国スピアリング州として、それぞれの土地で生活している民がいる。
スピアリング州に残った元スピアリング王国の民はサルゴン帝国になっても待遇は大きく変わらなかった。
多少税が高くなったが、サルゴン帝国の技術が入ったため、むしろ少し豊かになったくらいだ。
この統治の仕方も帝国が大きくなる由縁だろう。
魔導列車を軸にした技術大国は周辺諸国より先を進んでいると言われている。
旧スピアリング王国には戦争の爪痕が残っていたが、急速に復興し今では平和そのものだ。
そして、戦争を知らない世代も増えていた。
ベアトリクスはスピアリング州を一週間ほど見て周りミストリープ領に戻る。
そして、ミストリープ侯爵と話をする機会をもらった。
現ミストリープ侯爵はベアトリクスの姪である。
現侯爵のスピアリング州に対する考えは、奪い取るのではなく友好関係を築き、国境を希薄にしていくということ。
現在、グレンガルム王国とサルゴン帝国との関係は悪いが、その首都はお互いに遠く離れている。
ミストリープ領とスピアリング州との友好であれば、ある程度は問題にならない。
現に、少ないながらも継続して民の往来がある。
ベアトリクスが入国できたのもそのおかげだ。
再びその地を荒らすべきではないのだろう。
ベアトリクスはそんな考えを心に持つようになった。
三十年という長い年月を過ごす前に、もっと早く行っておけば良かったという気持ちはある。
ただ、戦後は当然のことながら、その後も往来が厳しく制限されており、秘密裏に入国できるほど緩くなったのはここ数年のことだ。
それに、そんな考えを持つためには長い時間が必要だっただろうことも否めない。
敗戦し、十五歳で嫁がされた時は、スピアリング王国を助けなかったグレンガルム王国さえ憎み、いつかサルゴン帝国共々復讐してやると考えていた。
その時に行っていれば、戦によって荒れた土地に憎しみを増加させていただろう。
十年後に行っていれば、変わってしまった町に悲しみを募らせたかもしれない。
二十年後に行っていれば、スピアリング王国が忘れ去られゆくことに怒りを燃え上がらせた可能性もある。
三十年の重みを感じてさえ、わずかに残る自国奪取への思いから、ブランドンを止めることはできなかった。
それより早ければ負の感情に囚われることは目に見えており、三十年は必要な時間だったのだろうと感じる。
そして、ベアトリクスは自分のそんな行いにブランドンを巻き込んでしまったことを謝罪し、ここまで共に進んでくれたことに感謝した。
スピアリング王国奪取という目的に向けて進むブランドンの行いは善ばかりではない。
それでもベアトリクスにとって希望であり、心の拠り所であった。
ベアトリクスの気持ちを聞いたブランドンは、わかった、終わりにしよう、と言った。
グレンガルム王国は崩壊することなく安定し、三十年前と比べて強く繁栄している。
ブランドンにはその成果があるのだ。
更迭され、シトリン家の直系を取り潰しにされたブランドンではあるが、分家としてシトリン家は残り、自身も影ながら王都に留まることになったのはそのおかげもあるだろう。
そして、ブランドンとしては、そんなことよりも重要なことがあった。
ブランドンは、結果がどうあれ、ベアトリクスの心の拠り所であれたのなら本望である。
恋は盲目、ブランドン。
ベアトリクスの幸せを願う男は、これから平和に暮らしていくためにどうするかが重要だった。
ちなみに、この一件で王も失脚し、息子が新王となっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます