第238話 クリスティーナ2

 王城を走り回った次の日、クリスティーナはアイテムを作るための素材の確認が必要だと言って、ローリーたちと一緒に町へと連れ立った。


「あれ、美味しそうね。そろそろ昼ご飯食べない?」


 町を歩きながらティアナが言う。

 素材の確認というのは建前で、実質観光に来ているようなものである。

 最初こそ、素材を見たりしていたが、徐々に関係のない方向に進み、ティアナはもう遠慮がなくなっていた。

 そんなティアナにローリーが呆れて言う。


「さっきの店で買い食いしてたでしょ」


「あれはおやつなの。せっかく王都まで来たんだからいろいろ食べてみたいでしょ」


「遊びに来たわけじゃないけどね」


「そうだけど……少しくらいはいいじゃない。ねぇ、クリスティーナさん」


 ティアナから話を振られたクリスティーナは力強く頷いた。


「えぇ、もちろんです。この店に入りましょうか」


「ほぅら、ローリーは固すぎるのよ」


「……本当に大丈夫なのかな? 甘過ぎない?」


 ローリーはチラリと護衛を見る。

 しかし、護衛は苦言を発することもなく静観していた。

 この護衛はクリスティーナ派である。

 クリスティーナが良いと言えば問題なかった。


 クリスティーナたちの周りには護衛が五人、さらに周辺でも数人動いている。

 観光というには仰々ぎょうぎょうしいが、公爵令嬢がいるのだ。

 この辺りは王都内でも安全な場所とはいえ、これくらいは当然である。

 店の中でも警備が緩むことはない。


 そんな護衛たちに守られながら、料理に舌鼓を打つ。


「やっぱり美味しい! ねぇローリー!」


「まぁ美味しいけどね」


「だから言ったでしょ? この店は当たりだと思ったのよね。ほら、エリィももっと食べなさいよ。この肉美味しいから」


「あっ、はい、ありがとうございます」


「ダリアさんは芋食べないの?」


「僕はかした芋が苦手なんだ。もそもそした感じが喉に詰まりそうで」


「それならこの芋は最高ね。全っ然もそもそしないわ。これはね、ドワーフの国で採れた……えぇと……」


「シュトックハウゼンのめざめ、ですわ」


「そう、それそれ! このシュルックなんとかは違うから食べてみて」


「えっと、じゃあ」


 ティアナの勢いに押されて一口食べたダリアは目を丸くする。


「おいしい……!」


「でしょ? クリスティーナさんはどう? 美味しい?」


「えぇ、とても美味しいですわ」


「そうよね! これも食べてみて! おすすめよ!」


 作ったわけでもないのになぜか得意気なティアナは十八歳。

 ダリアより数日だけ誕生日が早く、この中で一番年上だと考えており、張り切っているのだ。

 実際、大人しいタイプが多いこの場では助かる存在にもなっている。


 そんな場でクリスティーナに伝言が届いた。

 ローリーたちに早く製作させるように、という指令がシトリン家の事務官に届いているという内容である。


(お父様が気づきましたわね。思ったより早いですわ)


 王宮の方でゴタゴタとしていたブランドンだが、ローリーたちのことは気になっていた。

 それなのに作製中でもなく出かけていると報告を受け、作らせるように指示を出したのだ。


 クリスティーナはセージの持っていた武器や防具、アイテムが強力なものであること、そしてその作り方を秘匿していることを知っている。

 その意図を汲み取り、クリスティーナは時間を稼ぐことが必要だと考えていた。


(これはシトリン家に戻る前に予定を入れるべきですわ。冒険者ギルドに明日素材の購入をしたいと申し入れましょう。生産職のギルドにも回るべきですね)


 そんなことを考えつつ観光を続けていると、魔王の領域がなくなったとの報告が入った。


(魔王の領域が無くなったということは、しばらくすれば魔王が倒されるでしょう。ということはセージ様がこちらに来られるまで、あと三日、いえ、セージ様なら二日後には到着するかもしれません。それまで時間を稼ぐため、理由をつけて薬草の採取や原料の下処理に時間がかかることに……)


 ローリーたちにアイテムを作製させないために考えるクリスティーナ。

 最終手段としてはある程度手を抜いて作ることになるが、手を抜いているとばれず、それなりの物を作るというのは難しい。

 それにローリーたちにとって常識になっている操作が他の生産職の者にとって重要なポイントになる可能性もあり、なるべく見せないようにしなくてはいけないと考えていたのである。


 クリスティーナのそんな考えは、次の日の朝に崩壊した。

 セージの乗った飛行魔導船が到着するという報告が届いたのである。


(私が馬鹿でしたわ! セージ様ならこの速さであることを予測すべきですのに!)


 騎士団が魔王城に行った時は、行き帰りで十日間かけていたくらいだ。

 まさか魔王を倒した翌日に王都に着くとは思わないだろう。

 それでも、セージならそれくらいやってのけると想定しなかったことを反省するクリスティーナは、すぐにローリーたちを連れて王城に向かった。

 そうして、騎士団の訓練場から響く轟音を聞き、急いで走り、セージにスライディング祈りをかましたのである。



 遅れてやって来たローリーにセージが叫ぶ。


「ローリー! 無事だった!?」


「全然大丈夫だよ。クリスティーナさんがよくしてくれたからね。正直、かなり快適に過ごしたかも」


「えっ? 本当に?」


 少し息が上がりながら答えるローリーは元気そうである。


「それはほんとよっ! はぁはぁ、貴族になった気分だったわ! ふぅはぁ、ローリー、意外と足早いのね!」


 ローリーに頑張ってついてきたティアナが答え、遅れてきたダリアとエイリーンも頷く。


「そうだね。ちょっと気を使うけど、ケルテットにいる時より、贅沢な暮らしだったから」


「わ、私も初めてなくらいすごい生活でした!」


 実際、ローリーたちはシトリン家で優雅に過ごし、作業場を見学して、王都を観光しただけである。

 王宮での取り調べも質問に答えただけだ。

 聞かれたのは生産職としてどんな物を作っているのかということと師匠であるガルフたちのことくらいである。

 ちなみにローリーたちは作れるものを控えめに答えていたのだが、王国で生産可能な物の中では一流になるため王国の事務官に驚かれていた。

 この時、ローリーたちはいつの間にか自分たちの感覚が狂っていたことに、ここでも気づかされていた。


「そうだったんだ。それなら良かったよ」


 ホッとするセージにローリーは周囲を見渡して言った。


「というか、これ、やり過ぎじゃないかな? どうするの? これ」


 訓練場は辺り一面隕石でズタボロにされている。

 そして、近くにはブランドンが倒れていた。


「えーっと……うん、まぁ、ケルテットに帰ろっか」


「えっ? これ、放置していいの?」


「わからないけど、一応向こうから仕掛けてきた戦いだし」


「その通りです。セージ様は悪くありません。反逆罪などという冤罪をかける方がおかしいのです。これはシトリン家の過失です」


「あの、とりあえず立ち上がってもらえますか?」


「はい、ありがとうございます」


 懺悔するような祈りの姿勢を崩していなかったクリスティーナはやっと立ち上がる。


「とりあえず、このまま放置してケルテットに戻っても大丈夫ってことですか?」


「はい。ですが、お手数でなければシトリン家に償いをさせることが妥当かと考えます」


 急なクリスティーナの提案にセージは首を傾げる。


「償い?」


「そうです。ここまでのことをしているのですから。その償いをさせるのが当然かと」


「そうですね。でも、ローリーたちも何もなかったようですし……」


 セージとしてはローリーたちが酷いことをされていると思っていたのだ。

 無理矢理連れていかれたという事実もある。

 それで容赦なく叩き潰したのだが、いつもより質のいい服を着て元気そうなローリーたちをみると、やり過ぎたかという気持ちになっていた。

 遠慮がちなセージにクリスティーナは提案する。


「本や魔導具などはいかがでしょうか。シトリン家は王宮に無いものも一部所有していますよ」


 その言葉にセージは、償いというほどのことまでは求めないという言葉を飲み込む。


「それは……いいんですか?」


「はい。お気に召すものがあるかはわかりませんがお渡しします。あと、王宮に対しても要求することができますので、欲しいものはありませんか?」


「うーん……やっぱり本と魔導具ですかね……」


 セージはいいのかなと思いつつも、王宮にあるものを考える。

 以前アルヴィンから王国の所有するアイテムの話を聞いていたのだが、特別欲しいものはなかった。

 それ以外ないと考えたところで「あっ」と思い付く。


「なんでしょうか」


「飛行魔導船がほしいですね」


 やり過ぎたと思いつつも遠慮なく言うセージに、クリスティーナは「最善を尽くします」と恭しく答えるのであった。

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