第237話 クリスティーナ1

「セージ様!」


 クリスティーナは全力疾走しながらセージを呼んだ。

 クリスティーナの服装はワンピースで走ることに適してはいない。

 しかし、その速度は並みの兵士より速かった。

 戦いを意識して鍛え始めた体と、意外とAGI補正のかかる精霊士の力を存分に発揮している。


「クリスティーナさん! すみません! 今は――」


 駆けてくるクリスティーナに気づいて声を上げたセージは、すぐに言葉が止まった。

 クリスティーナがセージに対して膝をついた祈るポーズを取り、ズザーっと滑り込んで来たからだ。

 HPが削れただろうという勢いに思わず声を止めてしまったのである。


「遅くなって誠に申し訳ありません。セージ様のご友人をお連れしました」


「あー……友人って、ローリーたちのことですか?」


 あまりに突然の登場、そしてその登場方法に似合わない落ち着いた言葉に、セージは戸惑いながら聞いた。

 その時、声が響いてくる。


「セージ!」


 声の方を向くとローリーたちが手を振りながら走ってきていた。

 クリスティーナはブランドンを無視し、独自に動いていたのである。

 動き始めたのはブランドンの執務室を出てすぐからだった。




 あの時、クリスティーナはただブランドンの部屋を出たのではない。

 シトリン家を出たといっても過言ではなかった。


(お父様がこんな暴挙に出るとは思わなかったですわ。もう少し慎重に行動すると思っていました)


 ガルフたちを連れてくるというのは極秘の計画で、クリスティーナは知らなかったのだ。

 ブランドンが早急に進めていたことも大きい。

 サルゴン帝国が進軍してきたということは、逆にサルゴン帝国に対して王国騎士団を動かすチャンスである。

 ブランドンはそれを狙っていた。

 そんな状況で、クリスティーナが事前にその情報を得るのは困難だろう。


 むしろ、ローリーたちが到着してすぐに情報を得られたのが早すぎるくらいだ。

 このことは、クリスティーナがセージやナイジェール領にとって不利になるようなことが起きないかどうか見張っていたからである。

 ブランドンがラングドン領に騎士団を送ったという情報は掴んでおり、飛行魔導船が帰航する時を見張らせていたのだ。

 そして、ローリーたちが連れてこられたことを知った。


(止めることは失敗してしまいましたが、次に向けて行動すべきですわ)


 クリスティーナはただの令嬢であり、すでに動き出した計画を止める権限はない。

 ブランドンに否定された時点で計画の停止を諦めたが、だからといって行動をしないということではなかった。

 そこで、まずはローリーを迎え入れることから始めようと考え、クリスティーナは最高級の馬車を連れて王宮に向かう。


「クリスティーナ・シトリンです。ローリー様方をお迎えに上がりました」


 ローリーたちは騎士団に捕らえられた後、王宮で取り調べを受けていた。

 クリスティーナはそこに乗り込み、早々に終わらせてシトリン家に引き取ったのである。

 王宮の事務官も、ブランドンから取り調べは形式だけでいい言われていた事もあり、シトリン家に連れていくということですんなりと通した。


 クリスティーナはローリーたちと共に馬車へ乗り込み、まず始めに頭を下げる。


「私はクリスティーナと申します。突然このようなところに連れてくるという暴挙を止められず、誠に申し訳ありません」


「ほんとに、急に連れて――」


「ちょっとティアナは黙って。大丈夫ですから顔を上げてください」


 ローリーがティアナを止めて穏やかに言う。

 ティアナは不満げにローリーを見たが、そのにこやかな顔を見て口をつぐんだ。

 ローリーは使用人のような行動をしているクリスティーナが貴族であると気づいていた。


「ありがとうございます」と頭を上げるクリスティーナにローリーが質問をする。


「それで、これはどこに向かっているんですか?」


「シトリン家です。本当はすぐにでもケルテットにお送りしたいのですが、私ではどうしようもなく、セージ様のご到着を待つことになります」


「そうなんですね。シトリン家は王都のどこにあるんですか?」


「この王宮の隣にあります。あちらです」


 前方の馬車の窓にクリスティーナが手で示す。

 王宮の敷地内から出たばかりだったが、すでにシトリン家の門が見えていた。

 代々王に仕えてきたシトリン家は王宮の隣にあるのだ。


「近っ! 何のための馬車なのよ!」


「何かあっては大変ですので」


 ティアナの突っ込みに冷静に返すクリスティーナ。

 馬車が門に近づくと門番が開けてくれる。

 そして、そのまま敷地に入ると林が広がっていた。


「あれっ? 家は?」


「もう少々お待ちください」


 そうして林の中を進んでいく馬車。

 まさか家の敷地に林があると思わず、ティアナは「さすが貴族……それで貴族はいつも馬車に乗っているのね」と納得するように呟いた。


 しばらく進むと、シトリン家の別館が見えてくる。

 別館とはいえシトリン家の館。

 一度見たことがあるラングドン家の本館と同じくらいの大きさだ。


「ローリーさん、ティアナさん、ダリアさん、エイリーンさん。ようこそシトリン家にお越しくださいました。長旅お疲れでしょう。お食事の後、ゆっくりおくつろぎください」


 先に馬車を出て、屋敷の前で使用人たちと共に出迎えたクリスティーナ。

 ローリーたちを取り込むのであればちゃんとした待遇が必要であると執事たちを動かしたのだ。

 わざわざ屋敷の前で出迎えるのも、使用人たちに特別待遇であることを知らしめるためである。

 不自由なく過ごしてもらい、セージに引き渡すことが重要だった。


 こうして、この日はローリーたちに優雅な時間を過ごしてもらうことに成功。

 しかし、翌日にシトリン家の事務官から装備やアイテムを作るように要求があった。


 ちなみにそれは、装備やアイテムの出来次第で月給が変わり、最大で金貨一枚、公爵家のお抱え職人になれるという話である。

 ローリーたちはここでも自分たちの常識が変えられていたことを知った。

 月給金貨一枚は平民にとって破格の値段。

 ケルテットであれば半年間暮らせる程の金額だ。


 ただ、ローリーたちにとっては少し異なる。

 いつもは一般向けに銅貨や銀貨で買えるものを作っているローリーたちだが、裏で作るものは金貨一枚が最低ライン。

 原料の費用なども高額になるので、それがそのまま利益になるわけではない。

 それでも金貨一枚を稼ぐくらいなら、個人でも十分稼げるだろう。

 貴族に仕えるのであればもっと稼げるのだろうと考えていたので、金貨一枚という安さに「えっ?」と驚いてしまった。

 事務官は高さに驚いたのだと考えていたのだが。


(少し時間稼ぎが必要ですわ)


 クリスティーナは、ローリーたちに作製するようにいうならば、まずは作製場所の案内や道具の確認が必要だ、と言ってシトリン家を案内する。

 時間稼ぎと、シトリン家の製作場で何か参考になることがあればという思いである。

 ダリアが鍛冶場の設備について質問していたり、エイリーンが細工道具を興味深く観察していたり、有意義な見学になっていた。


 しかし、その役目は途中から使用人に任せることになる。

 セージたちを反逆者にするという話が上がったと報告を受けたからだ。


(これはもう、シトリン家は終わりですね)


 クリスティーナは王城に赴き、勇者部隊の一部や魔法騎士団のトップと面会した。

 魔法騎士団の方であればクリスティーナは影響力を持っている。

 実は影響力を得るために精霊士の力を一部見せており、その強さの片鱗を見せていた。

 レベル70、精霊士の補正、セージからの指導により、すでに王国騎士団トップのINTを誇る。

 その力を持って影響力を高めたのだ。


 騎士団全体を止めることはできないが、魔法騎士団と勇者部隊の一部を止めることはできる。

 たとえ相手に10しかダメージを与えられなくても千人いれば一万ダメージになるのだ。

 人数を減らすに越したことはない。


 そして、飛行魔導船が到着すれば、セージたちをそのままシトリン家に連れていくことも頼む。

 これを遂行させることは難しいとわかっていたので、無理なら飛行魔導船の中に逃げるようにも伝えた。

 飛行魔導船を破壊することはないだろうし、囲まれる状況にならない所に入りさえすればセージたちが負ける可能性は低いと考えたからだ。


(それでも、お父様が騎士団を動かせば難しい。まだ他にも手を打つべきですわ)


 そう考えてクリスティーナは学園に向かう。

 それはクリフォードを呼び出すためだ。

 すでに学園が始まっているためクリフォードは学園に通っており、クリスティーナは緊急事態ということでサボっている。


「クリスティーナさん、どうしたんですか?」


「セージ様を反逆者として捕らえようとする動きがあり、その連絡にきました」


「えっ? セージ様が? なぜ?」


 クリスティーナは混沌地帯にいった時、クリフォードとしばらく共に過ごしている。

 セージたちが大樹の迷宮を攻略している間に、クリフォードに対して懇切丁寧に神の使者セージの偉業を説明していた。

 その結果、クリフォードはセージのことを神の使者だと信じたのだ。


 クリスティーナはクリフォードに大まかな経緯を説明する。

 詳細はわからないものの、ブランドンがセージの持つ装備や知識を狙っていることは想像できた。


「それで、おそらくクリフォード様にも話を聞きに来るでしょう」


「大丈夫です。何も言いませんから」


「いえ、セージ様のステータスを伝えてください」


 それを聞いたクリフォードは「えっ?」と驚く。


「セージ様のことを話してもいいのですか?」


「えぇ、学園対抗試合の時に戦った内容を、そのまま伝えていただいて結構です。それに、メテオのことも」


「隠しておかないのですか?」


「隠せば調べるでしょう。それに、学園対抗試合で大勢見ていますから、すでにステータスの想定はしているはずです。伝えても同じこと。あえて正確に伝えるのです」


 そもそもクリスティーナはセージのレベルが上がり、HPがカンストしていることを知っている。

 学園対抗試合の時はHPが4000程度だったことを考えると、短期間では考えられない大幅なUPであり、想定することは困難だろう。


「でも、メテオはほとんど知られていないので隠しておいた方が良いのでは?」


「いえ、メテオがどんなものかはわかっていないと思いますが、特級魔法の上があることは感づいているはずです。そして、わからなければ警戒します。そこで、先にメテオを特級魔法の二倍程度の威力があると伝えるのです」


 メテオは特級魔法の三倍の威力になる。

 その差は混乱を招くだろう。


「それを信じさせる必要があるというわけですか」


「そのためにセージ様のステータス情報を開示するのです。それと共にメテオの話をすることで、信頼性が高めることができますので」


 こうして、ブランドンを妨害するために策略を巡らしたクリスティーナ。

 しかし、ブランドンも負けてはいない。

 飛行魔導船を発着場ではなく訓練場に降ろす手段をとり、さらに予備の魔法攻撃隊、念には念を入れて『ウィンドバースト』隊を作り、その先に勇者を配置した。

 このようなクリスティーナとブランドンによる水面下の戦いがあったのである。


 ただ、セージの装備とリミットブレイクによって策略など関係なくぶち壊されることになるのだが、ブランドンもクリスティーナもまだ知らない。

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