第236話 ブランドン・シトリン3

 セージの放つ『メテオ』により、ブランドンの後方は一瞬にして壊滅。

 ブランドンはその地獄絵図を見て固まった。

 しかし、それは当然の結果だ。


 騎士たちの装備は貴族が装備するほどよくはない。

 さらに賢者に転職しINT3600オーバーとなったセージの融合魔法である。

 騎士の職業の多くは聖騎士で、MNDはセージの十分の一にも満たない。

 耐えられるわけがないのだ。


(これが伝説のメテオ……! 聞いていた威力と違うぞ……!)


 クリフォードから話を聞いていたが、一撃で倒されるような威力ではなかったはずだった。


「前衛! ナイジェール侯爵を止めろ! 入り込め!」


 騒然とする王国騎士団に指揮官が激を飛ばすが、そう簡単にはいかない。

 勇者部隊の中には数名STRがカンストしている者がいる。

 その者でさえ力負けする圧倒的なパワーは、勇者部隊を困惑させた。


 いつの間にかルシール自由騎士団のほとんどが青いオーラに包まれている。

 ルシール自由騎士団は勇者の時からSTRとVITがカンストしているのが普通というパーティー。

 それが英雄になってレベルも上がっているのだ。

 王国騎士団がルシール自由騎士団の守りを突破できるはずもない。


 騎士では相手にならず、何とか戦える勇者は人数が足りない。

 せめて、ルシール自由騎士団の三倍は必要だろう。

 そして、王国騎士団にはそんなに勇者はいない。


(どうなっているんだ!)


 むしろ、攻めれば攻めるほど、HPが削られていく。

 そんな状況で、ルシールが王国騎士団に指示を出していた。


「まっすぐ後ろに下がれ! 二発目はその方向に放つ! すでに魔法を受けた者は巻き込まれないように注意しろ! あと三秒! 二、一!」


「メテオ」


 魔法がブランドンの右側に展開していた一団に着弾し、その場にいた騎士団が壊滅する。


(なんなんだこの状況は……ナイジェール侯爵は本当に人なのか? まさかあの噂は……いや、そんなはずはない)


 ブランドンの頭にふとよぎったのは、神の使徒セージ説。

 ラングドン領都やケルテットの一部でそんな噂があり、情報は部下から聞いている。

 その時は、何を馬鹿なことを、と思っていたが、この瞬間に思い出してしまうほどブランドンの頭は混乱していた。


「次は逆方向だ! 逃げる方向を間違えるな! そこ! 倒れている者は助けてやれ!」


 ルシールの声が響き、セージは無表情で騎士たちに手を向ける。

 兵士の一部は手を向けられただけで逃げ始めた。


 まだ、戦闘開始から三十秒も経っていない。

 それなのに、もうすでに残った騎士たちは半分以下になっている。

 そしてそれは今も急速に減っている。

 相手は誰一人として倒れる気配すらない。

 もう負けることは明白であった。

 それでも、ルシールのカウントダウンは止まらず、カウントが0となる。


「メテオ」


 その無慈悲な一撃はブランドンの左側の一団に落ちる。


(もう、終わりか……)


 これにより、とうとう騎士団の九割が戦えなくなった。

 まだ主戦力の勇者部隊は残っているが、だからといって勝ち筋が残されているとは微塵にも思わない。


「ローリーたちはどこにいますか?」


 セージの問いにブランドンは答えなかった。

 手で全軍撤退を指示し、そして、呪文を唱え始める。


(ここまできて見誤ったな。目標まであと少しというところだったんだが)


 あまりにも圧倒的な戦力差に、とうとうブランドンは現実を受け止めるしかなかった。

 そして、頭には走馬灯のように過去が流れる。



 物心ついたときから厳しい教育を受けており、一時期は生まれた家を呪った幼少期。

 首席になるため、必死に勉強と訓練に明け暮れた学園生時代。

 それでも卒業後、実際に政務の一部を担うとわからないことばかり。連日深夜まで仕事にかかりきりになる若手官僚時代。


 そんな中で急遽、見たこともなかった十五歳の令嬢と政略結婚したとたんに、見聞を広めろと王国中を駆け回ること数年。

 戻れば王や父にこき使われ、早く子を成せとかされ、同僚には妬まれ、派閥からは品定めを受ける日々。

 そのうちに子が産まれ、慌ただしく過ぎ去る毎日にも慣れて来た時、王が急逝。父は引退した。


 新王は頼りなく、流されるまま決裁される書類を何とか実行可能な形に落とし込む。

 そして、後になってそれを根本から変える決裁が届くこともしばしばあり、このままでは国が危ういと感じて決裁のシステムを変え始める。

 少しずつシトリン派を増やし、宰相制度を作った。


 ブランドン・シトリン、今年で50歳。

 国のために粉骨砕身働き続け、もうすぐほとんどの権力を掌握できるところまできた。

 ただ、ブランドンの目的は王を失脚させることではない。

 さらに強靭な国作りを押し進め、ミストリープ領の隣、サルゴン帝国スピアリング州を奪取することであった。

 勇者特例を作ったのもその一環だ。


 なぜ、公爵として王都にこもるブランドンがサルゴン帝国を攻めようとするのか。

 それは、政略結婚の頃まで遡る。


 サルゴン帝国スピアリング州は元々スピアリング王国であった。

 当時、サルゴン帝国がスピアリング王国を攻めて王都が陥落し、スピアリング王国の女王が民を連れてグレンガルム王国に亡命を願った。


 友好国であったグレンガルム王国はそれを承認。

 グレンガルム王国としてもサルゴン帝国と国境を接することに危機感があったことも大きい。

 スピアリング王国西端をグレンガルム王国ミストリープ領としてスピアリング王国騎士団とグレンガルム王国騎士団の混成軍を編成し、サルゴン帝国を止めた。

 地形的に攻めにくいところがあったことも、帝国軍を止める要因になり、そこで終戦となる。


 現在、ミストリープ領は王国の盾だ。

 ミストリープ領がグレンガルム王国で珍しい女性領主であるのも、女王が侯爵になった名残である。


 そして、その頃のブランドンは王たちにより、結婚を命令された。

 その相手はミストリープ侯爵令嬢、つまりスピアリング王国の第二王女であった。


 業務に忙殺されている中で、政治的な関連により亡国の姫というややこしい存在を押し付けられ腹立たしく思うブランドン。

 しかし、元第二王女ベアトリクス・フォン・スピアリングと面会し、そんな文句は一瞬で吹き飛んだ。

 ブランドン、人生初の一目惚れである。


 ブランドンが国を豊かに強くするという目標を持って行動し続けたのは、国のことを考えていただけではない。

 妻ベアトリクス・シトリンのためでもあった。


「インフェルノ」


 ブランドンはセージに向かって魔法を放つ。

 学園時代に得意としていた魔法だ。

 魔法の実技はこれでトップに立ったと言っても過言ではない。

 学園生の時はこの天に渦巻く炎を見て得意げにしていた。

 久しぶりに見てみると、かつては凄まじい炎に見えていた『インフェルノ』が、普通の魔法に見える。


(私はこんなものだったのだな)


 炎がぶわりと消え、セージたちが見える。

 倒れるどころか、誰も何事もなかったかのように立っていた。

 セージがブランドンに手を向ける。

 それだけで恐ろしさに震えた。

 周りにはもう誰もいない。

 それでも逃げなかった。

 こうなってしまうと、シトリン家や王宮ではなく、ブランドン個人の独断で暴走したということを明確にしなければならない。


 ブランドンは無駄だと分かっていたが、呪文を唱えながらセージに手を向ける。

 そして、その呪文が唱え終わる前に、セージが魔法を発動した。


「オリジン」


 その瞬間、浮かび上がる十二個の球体に囲まれ光線が放たれる。

 王国最高の装備をもってしても与えられる大ダメージに、ブランドンは思わず回復薬を飲んだが、その直後に起こる魔力爆発によって、呆気なくHPが0になった。


 ブランドンがその混沌とした光の中で思い出したのは、凛とした佇まいで挨拶をしたクリスティーナの姿。

 初めて会った時のベアトリクスもそんな姿であった。

 ブランドンの三十年の始まりと終わりを告げる姿だったのかもしれない。

 そんなことを思いながら意識が遠ざかる。


 その時「セージ様!」というクリスティーナの声が聞こえる。


(ナイジェール侯爵、娘を頼んだ)


 クリスティーナはセージのために動いている。

 そのことを知っているブランドンは、クリスティーナならセージ派なので悪いようにはならないだろう、婚約の話は残さなければ、などと思いながら地面に倒れたのであった。


 

 クリスティーナはセージを崇めているだけで婚約する気がないということを彼が知るのは、まだ少しだけ先のことである。

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