第235話 ブランドン・シトリン2

 ブランドンは勇者部隊三パーティーと騎士と兵士を合わせて約四百人揃え、セージたちの乗る飛行魔導船を取り囲んでいた。

 セージたちの人数は百数十名いるという情報があったので、その三倍以上を揃えた形だ。

 そして、近くにはまだ多くの騎士が待機しており、万全を期している。


 そんな大人数で取り囲めるのは、ここが飛行船の発着場ではなく、騎士団の訓練場だからだ。

 飛行魔導船を誘導し、ここに着地させた。

 ブランドンは騎士団を動かすのではなく、騎士団の方にセージたちを動かすという手を使ったのである。


 そんな状況になったのは、クリスティーナとの対話の後、ブランドンが行動を起こしたからだ。




 三日前、ブランドンはすぐに根回しを済ませて、翌日にはナイジェール侯爵とラングドン子爵を王国に対する反逆者とした。

 そんな素早い決定が可能だったのは、今までに情報を集めていたからでもある。


 高性能な武器、防具、アイテムを共有することなく隠し持っていること。

 セージが上級職であるのを隠していたこと。

 第三学園をナイジェール領に取り込んだこと。

 ナイジェール領が塩や魔石など資源の権利を独占しようとしており、さらに輸送を制限していること。

 身分関係なく騎士を募集し、急激に騎士団を成長させていること。

 王子、王女を引き込んでいること。


 他にも二度目の神霊亀撃退で報告も献上も何も無かったことやセージがウィットモア領にいる間に子爵がさらわれたことなど、細々こまごましたことを言うとまだまだある。

 これらのことをもって、アルヴィン王子を国王にするクーデターをくわだてているということにしたのだ。


(アルヴィン王子が国王になるわけがないだろうがな。ただ、王宮に対する反抗を放っておくわけにはいかん。しかし、強制接収の後はまたナイジェール侯爵に統治させるか。ある程度の懐柔策も必要だろう)


 武器、薬などのアイテム類を押収して一部はシトリン家に流し、ガルフたちや優秀な騎士も連れてくる。

 さらに王宮の者を配置し、情報を集めさせる。

 そんな計画を立てていた。

 そして、セージをナイジェール侯爵として残すのにも理由があった。


(一部の魔導具や薬は出所がわかっておらん。それに、エルフ族、ドワーフ族、巨人族、小人族、獣族まで関わりがあるということだからな。あとはナイジェール領にいる神霊亀の討伐だ。戦い方を聞き出せば……)


 ブランドンがそんなことを考えていた時、魔王の領域が無くなったという知らせが入ってきた。

 それを聞いて「なんだとっ!」と思わず声を上げてしまう。


(本当にナイジェール侯爵らがやったのか? まさか、どんな戦力を送ったというのだ!)


 伝えに来た者から詳しく話を聞くと、魔王の領域がなくなる前に虹色の光によって闇の領域が無くなったことがわかった。

 闇の領域がなくなったことを調査しようとしている間に魔王の領域までなくなり、王宮は混乱しているところだ。


(まさか魔王の倒し方を知っていたのか? 知っていて隠していたということか? 魔王を倒した実積を得るために……)


 その時、クリスティーナが部屋に来た時のことを思い出す。


(クリスティーナのあの態度はそういうことか。知っていたというわけだな。本当にこの国を乗っ取ろうとしている可能性が高くなってきたぞ。こうしてはおれん。緊急で対策会議を始めねば)




 こうして、セージたちが王都に飛んで来た時、騎士団によって囲むような事態になったのである。


 着陸した飛行魔導船の側面が開いて、それが階段となった。

 そして、続々と降りて来たルシール自由騎士団の面々。

 アルヴィン王子とエヴァンジェリン王女も現れ、最後にルシール、セージが降りてくる。

 他の者たちは飛行魔導船の中で待機していた。


(ナイジェールの騎士は出てこないのか? なぜだ?)


 ブランドンはまずナイジェール騎士団が降りてくると考えていた。

 しかし、降りてきたのは二十六人だけだ。


「あっ! クリフォード! あんた、こんなことをしてどうなるかわかってんの!?」


 階段を降りきる前にエヴァンジェリンが同級生であるクリフォードを見つける。

 そして、クリフォードはスッと目を逸らした。


 ブランドンはクリフォードからも情報を聞いていたのである。

 ブランドンが実際に見たのは学園対抗試合のセージとベンだけで、他の者の強さは知らない。

 しかし、クリフォードは混沌地帯で見ている。

 全てではないがクリフォードは情報をリークしていた。

 だからこそ、ブランドンは強さを認めて勇者部隊まで動かしているのだ。


 ただ、クリフォードが見たのはリミットブレイク前のセージであり、職業が勇者の時のルシール自由騎士団である。

 今のような英雄軍団ではなかった。

 ちなみに同じく混沌地帯にいたパスカルは危機を察知して、遠征に志願し出かけているためここにはいない。


「セージ・ナイジェール侯爵。貴殿には王家に対する反逆罪の容疑がかけられている。おとなしく武器を捨てて投降しなさい」


 一段高いところに立って命令するブランドン。

 それに対してクリフォードに無視されたエヴァンジェリンが噛みつく。


「そんなことするわけないでしょ! 何よ王家反逆って! こっちには王子もいるのよ!」


「王子を使ってこの国を乗っ取る気だな?」


「あんたねぇ――!」


 憤るエヴァンジェリンをセージが止める。

 エヴァンジェリンは不満そうにセージを見たが、何も言うことはない。


「ローリーたちを連れていったそうですね」


 セージは『ホイッスルボイス』を使って冷静に問いかけた。

 ブランドンは毅然として答える。


「国家の危機に協力を願っただけだ」


「もう魔王も倒しましたから、危機もありませんよね?」


「国家の危機とは魔王のことだけではない。その話は後でしてやろう。まずは投降するのだ」


「とりあえずローリーたちに会わせてください。どこにいますか?」


「彼らは王国のために快く協力してくれることになった。丁重に扱っている」


「連れていかれた時の様子は聞いていますよ」


「きちんと話をすれば気が変わるということだ。まずは武器をこちらへ渡しなさい。ナイジェール侯爵の容疑が晴れれば会うこと――」


「今、会います。どこにいますか?」


 ブランドンの言葉を遮ってセージが言う。

 ブランドンは右手を上げた。

 その瞬間にザッと騎士たちが戦闘態勢をとる。


「この手を下げれば強引に捕らえるとこになるぞ。ここには勇者部隊もいる。できればこんなことはしたく――」


「どこにいますか?」


「まずは聞くのだ。投降すれば悪いようには――」


「会わせる気はないのですね?」


 再び遮るセージ。

 ブランドンは眉根を寄せる。


(話を聞く気がないか。しかし、この光景を見ても全く怯まんとはな。攻撃しないとたかくくっているのか、自信過剰か。なるべく穏便に済ませようとしたんだが、仕方ない)


「全く話にならんな。こんなに話が通じんとは思わなかったぞ。放て!」


 ブランドンが手を下げた瞬間、セージに手を向けていた勇者や騎士たちが、用意していた魔法を解き放つ。


「インフェルノ!」


「フロスト!」


「ウィンドブラスト!」


 周囲の味方を巻き込まないように、そして飛行魔導船に魔法が直撃することのないよう、立ち位置によって様々な魔法で攻撃する。


 セージが伝説級の魔法を使うことは分かっていた。

 それを放たれる前に倒すことが重要だと作戦を立てていたのである。

 どれほど魔法耐性があろうと、大多数から魔法を受ければHPはなくなるのだ。


 しかし、インフェルノの炎が消えた後、セージは何もなかったかのように立っていた。

 いや、セージは青いオーラに包まれていた。


 (なんだあれは? 精霊士の技なのか? あれで耐えたのか?)


「十秒後、魔法を放つ! 倒れた者は必ず連れて行け! 死ぬぞ!」


 今度はルシールが特技『ホイッスルボイス』を使って大きな声を出す。


(だが、その前に倒す!)


「放て!」


「ウォータービーム!」


 それは保険として騎士に用意させていた魔法だ。

 クリフォードが学園対抗試合で戦っているため、セージの大まかなVITはわかっていた。つまりHPが想定できる。

 それから半年も経っていないとなると、そこまで大幅に上昇することはない。

 

 そのことからHP5000、MND999が想定ステータスであり、最初の魔法の嵐はそれに合わせてちょうど倒れるように計算していた。

 セージに死なれると困るため、多少は加減していたのである。

 追加の魔法で削りきることも想定済だ。


 しかし、セージは魔法を避ける素振りさえない。

 全ての魔法が直撃する。

 それを邪魔そうにするだけで、セージはよろめきもしなかった。


(な、ぜ……しかしっ!)


「放て!」


「ウィンドバースト!」


 さらに保険として用意していた騎士たちの魔法。

 セージを吹き飛ばして接近戦に持ち込むために『ウィンドバースト』を用意していた。

 しかし、それもセージに当たるとふわりと消えた。


(魔法が効かない……だと? どういうことだ……!?)


 セージが装備しているのは、吹き飛ばし防止用の風魔法無効の腕輪。

 騎士のINTで放つ魔法程度であれば、MND3600オーバーのセージにはほとんど効果がないので、それ以外は必要としない。

 たとえ、百発の特級魔法を放たれたとしても平然としているだろう。

 特級魔法を使える者はそんなにいないのだが。


(どうなっている!? 次の魔法は――)


 その時、無慈悲にもルシールのカウントダウンは終わった。


「メテオ」


 上空に何かが現れたと思った瞬間にはブランドンの頭上を越えて後ろに隕石が激突。

 響く轟音。

 削れ、焼けつく大地。

 吹き飛ばされる騎士。

 直撃を受けた騎士は一撃でHPがゼロになり、気絶している者さえいる。

 ブランドンの後方は一瞬にして壊滅していた。


(なっ……!?)


 あまりの威力にブランドンと王国騎士団は、しばし呆然とするしかないのであった。

 

 

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