第234話 ブランドン・シトリン1

 ローリーたちのみ王宮に連れてきたという報告を受けたシトリン家当主ブランドン・シトリンは、執務室で眉根を寄せる。


(やはり宰相の権限に統帥権を入れねばならんな。王には任せられん。騎士団を少し動かすだけで時間がかかりすぎる。だから間に合わなかったのだ)


 ブランドンはラングドン領ケルテットに住むガルフたちを勧誘しようと考えていた。

 ガルフたちの勧誘は難易度が高い。

 それはわかっていた。

 王宮の依頼と言っても職人とは気難しいものだ。

 簡単になびくとは考えていない。

 だからこそ、ブランドンが考える、人を動かすために必要な三つの力、金・名誉・武力、その全てを用意した。


 しかし、金と名誉はブランドンの力でどうとでもなるが、武力だけは異なる。

 シトリン家と言えども、騎士団は勝手に動かせない。

 王国騎士団を動かすことを最終的に決定する統帥権を持つのは王であると決まっていた。


 そして、ブランドン・シトリンは公爵であるため領地を持たない。

 そのため保有戦力は王国騎士団になり、専用の飛行魔導船もない。

 公爵なのである程度は自由に動かせるのだが、飛行魔導船を使って騎士団を王都外に行かせるとなると根回しが必要だ。


 そうこうしているうちに結局ガルフたちはナイジェール家に行って取り込まれてしまった。


(ラングドン家ならどうとでもなるが、ナイジェール領は厄介だな。まぁいい。最初はナイジェール領から武器を購入して、後から勧誘するか。まずはシトリン家に弟子たちを連れくることには成功したからな。多少渋っていたようだが、ここでの待遇を聞けばどうとでもなるだろう)


 ブランドンはガルフたちと共に、ローリーたち四人をシトリン家に連れてくることを指示していた。

 実はガルフたちは王国直属の職人として受け入れ、四人はシトリン家の職人にしようとたくらんでいる。

 そもそもガルフたちを呼ぶという名目で騎士団を動かしているのだ。


 それに、ガルフたちは目立つが、ローリーたちは普通の平民の若者である。

 職人として囲ったとしても目立たず、さらに買収も簡単だと考えていた。

 実際には金と名誉では全く釣れなかったのだが。


(これでシトリン家はさらに大きく発展するだろう。現国王は頼りにならない。今後はさらにこの国を発展させるべく私が指揮をとらねば)


 実際のところ、国王は頼りになるリーダータイプではない。

 むしろ周りに流されるタイプだった。

 王家はブランドンに任せすぎて、現在危機感を持っている。

 騎士団の遠征を渋っていたのはそのためだ。


 シトリン家は公爵家ではあるが、ブランドンが当主になるまではパッとしなかった。

 学園の総長オルグレン公爵、騎士団の元帥マクナレン公爵、商会を束ねるハローズ公爵、これが王国の三大公爵である。

 シトリン家は政務補佐、王のサポートをする役割だった。


 ブランドンが台頭してきたのは、個人的な目的もあったが、現王には任せておけないと感じたからだ。

 現王は悪事を働いているわけではなく、それほど怠惰なわけでもない。

 ただ、押しに弱く、説得されると何でも許可してしまうところがあった。

 そんなことを続けていると国が徐々に傾く。

 そう考えたブランドンはそのストッパーのような役割を始めた。

 そして、徐々に王の決裁の前にブランドンを通すというルールができ、実質的な決定権がブランドンに移っていったのである。


(まずは国力の強化だ。そろそろラングドン家を手に入れねばなるまい。吸収するにせよ、ラングドン家自体を残すかどうか。残した方が手間はないが動きが読めん。ウィットモアは勝手に動いたからな……)


 ブランドンはウィットモアに指示を出していたが、秘密裏にことを進めるために大まかなところしか示していなかった。

 ウィットモア子爵はこうを焦り、呪いを使って侵略を進めようとしていたのだ。


 ブランドンの考えは異なっていた。

 呪いなんて物を使うと足がつきやすくなり、本当に侵略が始まってしまうとリュブリン連邦の北側に逃走経路がないことからグレンガルム王国に逃がせない。

 あくまでもリュブリン連邦の味方のふりをして、住民には自らの意思でグレンガルム王国に移住するように仕向けることが重要だったのである。


(全く。獣族に関してはまた計画を――)


 その時、唐突に部屋の扉がバンッと開けられた。

 そこにいたのはブランドンの娘、クリスティーナ・シトリンである。


「お父様! 何をなさっているのですか!」


「クリスティーナ。淑女としてそんな風に――」


「そんなことはどうでもよいのです! ラングドン領からセージ様のご友人を連れてきたという話は本当ですか!? なぜそのような暴挙を!」


 眉根を寄せて注意するブランドンを遮って、クリスティーナが詰問する。

 ブランドンは内心でクリスティーナがその情報を持っていたことに少し驚く。


(もうその情報を得たのか。さらにナイジェール侯爵の友人ということも知っているとはな)


 ブランドンは神霊亀を撃退し学園対抗試合に優勝したセージのことを調べていた。

 特に学園対抗試合後は力を入れて調べている。

 王家の調査を妨害しつつ、シトリン家として独自に調査していたが、情報の集まりは悪かった。


 王家からの妨害やナイジェール領のネイオミやラングドン領のノーマンによる秘匿、そもそも元平民の調査などしたことがないことなどに加えて、クリスティーナによる内部からの妨害工作があり、情報収集は困難を極めていたからなのだが。


 それでも、驚いたことは微塵も出さずに、堂々と見えるようあえてゆったりと答えた。


「落ち着きなさい、クリスティーナ。何をそんなに焦っているのだ」


 クリスティーナは一つ息をつき、厳しい表情を作る。


「連れてきた四人はセージ様と親交が深いお方なのです。お父様であればご存じですよね?」


(親交が深い? どれほどの程度で言っているのだ?)


 その言葉にブランドンは内心首を傾げる。

 表面上はティアナやローリーは先に孤児院を出て働いており、ダリアは一年間だけ兄弟子、セージはラングドン領に行ったのでエイリーンとも二年ほどしか重なっていない。

 報告を受けているが、ブランドンとしてはそれほど親交が深いというほどの印象ではなかった。

 だが、そのことには言及はせず、クリスティーナに合わせる。


「それがどうしたというのだ」


「……どうした、とは? セージ様と親交が深い者を強引に連れてきたのですよ?」


 クリスティーナは何を言っているのかという目を向けるが、ブランドンはそれを気にせず悠々と答える。


「多少強引になってしまったようだが、丁重に迎えるよう言いつけてある。ナイジェール侯爵には後から伝えよう」


「セージ様の意向を確認してから行うべきでした。いえ、自らの意思で来たのなら構いませんが、強引に連れてきたという事実が間違っているのです。今も王宮で軟禁状態になっているようではありませんか。今すぐに解放すべきです」


 騎士たちがガルフたちを連れてくることができなかったため、ローリーたちは事務官から事情聴取を受けていた。

 もちろんこの事務官はブランドン派なので聴取は王族派に対する建前。

 それに、結局のところガルフたちはナイジェール領にいるので、ローリーたちに何を聞こうとどうすることもできない。

 そして、聴取の後はシトリン家に来る手はずになっている。


(丁重にしていると言っているだろう。まったく、解放してどうするのだ。ナイジェール侯爵に会ってしっかりしてきたと思っていたが、まだまだ何も見えておらんな)


「そんなことを言っている場合ではない。今は魔王が出現し、勇者部隊が敗走した緊急事態だ。さらにサルゴン帝国の動きもある。一刻も早く王国の戦力を増強し、侵略への備えをするのは当然だろう。わかるか? クリスティーナ」


「セージ様が魔王を討伐しに行かれました。早期の魔王討伐であればサルゴン帝国も手を出さないでしょう。侵略は起こりえません」


 そうはっきりと言い切るクリスティーナ。

 ブランドンからするとそんなものは机上の空論でしかない。


「その可能性は高いだろう。討伐できれば、だがな」


「お父様、何を言っているのですか? セージ様は、魔王を討伐しに行く、とおっしゃったのですよ? 必ず魔王は討伐されます」


 ブランドンはその言葉を笑い飛ばそうとしたが、クリスティーナの目を見て止めた。

 それが真実であるかのように考えている一点の曇りもない瞳だった。


(騎士団に加えて勇者部隊まで投入して敗走したことを知らないのか? いや、知っていて信じているのか。ここまで入れ込むとは、婚約も少し考えた方がよいかもしれんな。恋は盲目というが誰に似たのか。これではシトリン家の役に立たん)


「何があろうと、国のためにはあらゆる可能性を想定することが必要なのだ」


「あらゆる可能性を想定するのであれば、セージ様がお怒りになることも想定すべきだと考えます」


(怒ったらなんだというのだ。婚約の話がなくなるとでも考えているのか? セージ様、セージ様となりおって。まったく、大局が見えておらんな)


「わかった。それも考慮しよう。今は仕事中だ。出ていきなさい」


「時間的な猶予はないかと思います。すぐにでも解放し、魔王討伐から帰還するセージ様を待つべきです」


「わかったと言っているだろう」


「今動く気はありませんか?」


「出ていくんだ、クリスティーナ」


 クリスティーナは数秒間ブランドンを見つめた後「かしこまりました」と答える。

 そして、入ってきた時とは正反対に、優雅な一礼を残して出ていった。


(しかし、クリスティーナがナイジェール侯爵に取り込まれるとは意外だったな。アルヴィン王子、エヴァンジェリン王女もおそらく取り込まれている。ラングドン領も協力しているようだ。やはり、早く手を打たんと危険だな)


 ブランドンは、とある書類と資料を取り出す。


(力を削ぐにはやはり一旦捕らえるべきか。反乱を企てているということなら……)


 書類に何かを書き込んでいくブランドン。

 そして、そこから三日後。

 セージ一行が王都に到着する。

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