幕間~シトリン家~

第233話 ビリーの知らせ

 ミストリープ領から王都、そしてラングドン領ケルテットに帰ってきたビリー。

 セージに連れられて、ガルフの鍛冶屋、孤児院を経由して、ローリーの雑貨屋に辿り着いた。

 大勢で移動すると邪魔になるため、ビリーの他にはセージ、ルシールだけだ。


(雑貨屋? あれ? 薬屋は?)


 ビリーが託したトーリは薬屋をしていた。

 その後、ローリーが受け継いで間もないうちに雑貨屋へと変貌している。


(店内も全然違う!)


 そんな戸惑いのビリーを置いて、セージが声をかける。


「久しぶり、ローリー」


「久しぶり、ってほどじゃないでしょ? この前来たばっかりだよ」


「そうだっけ? 結構前のような気がしてたけど、あれっ? ティアとエリィ?」


 店の奥から出てきたのは同じ孤児院で育ったティアナとエイリーンだった。

 ティアナは服飾師、エイリーンは細工師として日々励んでいる。

 ジッロから学んだり、お互いに教えあったりして、二人とも魔道具師になった。

 魔道具師のマスターに向けて奮闘中である。


「もう来たのね! 前の依頼はまだよ!」


「わかってるよ。別件で寄っただけだから。エリィもここにいるんだね」


「私、本格的に細工師になることにして、それでジッロ先生の代理でここに。あのジッロ先生からこれを!」


 セージは差し出された物のことを見たことがなく『鑑定』をする。


「これ、シルフの腕輪とウンディーネの腕輪!」


「ルサルカの腕輪は作れなかったみたいなんだけど……」


「いや、十分だよ! 仕事が早いなぁ、さすがジッロさん。お金はいつも通りギルド経由で渡すからね」


「うん」


「というより、後ろの人は? お客さんなの?」


「お客さんじゃなくて、この人はビリーさん。この店の持ち主だよ」


 その言葉にきょとんとするローリーたち。

 なんの前触れもなく急に来たので驚いていた。

 視線が集まっているビリーは、なんだかいたたまれない気分になる。


(急に来ることになって知らせも出せなかったんですよ! ほんとなんです!)


「また急に連れてきたね」


「なに冷静に言ってんのよ、ローリー! どういうこと!?」


「この店は元々ビリーさんの店で僕のじゃないからね」


「はぁ? ここってトーリさんからセージが買ったんじゃないの? この店がなくなったらあんたどうすんのよ!」


「この店、無くなるんですか?」


 そう言うのは不安そうなエイリーン。

 本気で細工師を始めようという矢先に、商品を置いてくれる店がなくなると聞けば当然だろう。


「うん。でも別の店を作る予定らしいから、移転みたいなものだね。そうでしょ、セージ?」


「その予定だよ。この辺は整備される予定になってさ。ちゃんとは決まってないんだけど、ここから近い場所になるはず。でも、ビリーさんが帰ってきたし店を早く空けないとね」


(ひょぇっ!)


 急に注目されたビリーはびくりとしつつ慌てて答える。


「あ、あのっ、別にゆっくりでいいですよ? 少し蓄えもありますし、店で売る薬を作らないといけませんし……」


「ありがとうございます、ビリーさん。ラングドン家の人も呼びましたし、一週間ほどで何とか移転できますよ。だよね、ローリー?」


「次の店さえ決まっていれば何とかなるかな」


「いや、急がなくても大丈夫ですから本当にゆっくりで。住居とか使っていなかった器具を整備するとか、やることがたくさんありますから……」



 こうして、故郷に戻ってきたビリー。その日は宿に泊まり、次の日。

 セージがナイジェール領に向かうのを見送り、買い物をする。

 そして、意気揚々とローリーの雑貨屋、これからはビリーの薬屋、に向かった。


(私も微力ながら頑張ろう。でも、まずは住居の掃除からだなぁ)


 ビリーの薬屋は一階が店舗と作業場、二階が2LDKの住居である。

 住居スペースは誰も使っていなかった。


(ずっと放置していたからなぁ。ベッドは買い替えたけど、他にも必要かも。これを機に一新するかぁ)


 ビリーが宿に泊まったのは十年間放置して部屋の物が痛んでいたからだ。

 元々古かったベッドは修復不可能。他の家具もそのまま使えるかは怪しい。

 どこからか虫も入り込み、ホコリも積もっている。

 気が遠くなるような惨状であった。


 とりあえず寝室だけでも何とかしないと住めないため、早々にベッド一式などの買い物をしたのである。

 これからの計画を練りながら歩いて行くと、ローリーの雑貨屋の周囲が騒がしくなっていた。


(朝は冒険者とかが多く来るって言っていたけど、もう昼過ぎになるんだがなぁ。それに様子がおかしいような? 店を囲っているのは騎士様?)


「ちょっとすみません。何かあったんですか?」


 遠巻きに見ている冒険者らしき人に話かけると、その人は困惑した表情で答える。


「さあな。評判の良いローリーの雑貨屋に来てみたんだけどよ。いきなりあの騎士たちが現れて出ていかされたんだ。なんなんだよあいつら」


「はぁ、何があったんでしょうねぇ」


(ふうむ。あれはラングドン騎士団じゃなく王国騎士団? 何が――)


 そこで、バンッとドアが開き、騎士が出てくる。

 それに続いてローリーとティアナが連れ出され、さらに荷物を持った騎士が出てくる。


(ひょあっ!?)


「道を開けろ!」


 リーダーに見える騎士が集まった群衆に声を張り上げた。


(えっ? どどどどういうこと!? ここは助けに……なんて無理!)


 騎士が十人もいる中で、ビリーが喧嘩を売るわけにはいかない。

 そもそもビリーはかなり弱い。

 逃げるだけであれば何とかなるかもしれないが、助け出すなんてことはハードルが高すぎる。

 状況が掴めないままビリーは慌てふためいていた。

 その時、一瞬だけローリーと目が合う。


「すみません! やっぱりこのことナイジェール侯爵に伝えてください!」


「ちょっとローリー!」


「必要ない。何度も言わせるな」


「ナイジェール侯爵はナイジェール領に向かったんです! 今日出発したばかりで、今すぐ飛行魔導船に乗れば会えるはずです! その後必ず王都のシトリン公爵閣下の所に行きますから!」


(シトリン公爵閣下?)


「黙れ。それ以上話すと……どうなるかわかるな」


「あんたどうしたのよ! 黙りなさい! ホントにすみません!」


「丁重に扱われている間に止めておくことだ」


 黙ったローリーは再びチラリとビリーに視線を向ける。


(はわわわわわわ! もしかして、私が伝えに行けってこと!?)


 ローリーの視線の意味を読み取ったビリーは息を潜めて騎士たちがいなくなるのを待ち、ラングドン領へ急いだ。

 ただ、ビリーが焦ろうとラングドン領の領都までは馬車で二日かかる。


 焦る気持ちを抑えて領都にたどり着き、一直線にラングドン家の門を叩いた。


「すみません! ビリーです! 領主様にお話したいことがありまして!」


「ビリー……薬師のビリー様ですね! 少々お待ちください!」


 そして「こちらへどうぞ!」とそのまま応接室に通された。

 ビリーはセージから紹介された人物であり、重要なアイテムを受け取ったと聞いていた。

 セージの重要人物はラングドン家としても重要人物である。


 ビリーはすんなりと会えたことに戦々恐々としながらも、ケルテットで見たこと聞いたことを話す。

 馬車の用意の間に、鍛冶師のダリア、細工師のエイリーンも連れ去られたことを聞いていた。

 計四人がシトリン家にさらわれている。


 理由としては、魔王に対抗するための戦力増強だ。

 勇者部隊を派遣しても倒せなかったが、レベルを上げようにも限界がある。

 今から訓練をしたところで、急激に戦力を上げることは難しいだろう。

 そこで、戦力を補強するために強力な装備やアイテムを揃えようということだった。


 そんな時に報告が上がったのはジッロ、ガルフ、トーリの存在。

 トーリはラングドン家所属とわかっており、ジッロとガルフも領主と繋がっていることが想定されている。

 ラングドン領へは王宮から正式に三人を王国の職人として迎え入れることを打診していた。


 それに加えて、ダリア、エイリーン、ティアナ、ローリーの四人の腕が良いこともわかっていたのだ。


 ダリアは学園対抗試合で盾を製作した。

 剣は通常見えるところに製作者の名前は書かれていないが、盾は見える所に署名されている。

 ダリアのサインを盗み見ていた者がおり、そこからそのサインがどの職人と一致するかを調べていけばわかることだ。


 エイリーンはジッロの代わりに店を出している。

 ジッロはしばらく前からセージ案件しか手を出していないので、実質エイリーンの作った物が店に並んでいた。

 それはジッロの製品と比べれば劣る物だ。

 しかし、一般的に見て破格の性能を持つものさえ作れる。

 エイリーンはすでに独り立ちできるほどの実力を持っていた。


 ティアナはローリーの店で装備を売っており、セージに装備を渡しているだろうことが想像できる。

 最も関係がないのはローリーだが、実はひそかに錬金術師になっていた。

 商人としてだけではなく、技術を身に付けたいと考えていたからだ。

 一部の薬については高品質の作り方を教わっていたため、店の商品を作ることもあった。


 ラングドン家の急成長の裏には職人たちがいると見た王宮が引き抜こうということである。

 ラングドン子爵、つい最近まで男爵であり、資源が豊かというわけでもない領で、そんなに良い待遇であるはずがない。

 王宮としては連れていくのは簡単だと考えていた。


 四人がどうやってさらわれたかということをビリーから聞いたノーマンは溜め息をついて呟く。


「そうか。王国が変わるな」


(えっ? 王国が変わる?)


 呟きの意味がわからずポカンとするビリー。

 ノーマンは少し考えてから答える。


「報告助かった。明日の夕方、領に飛行魔導船が到着する予定だ。騎士団の中隊を動かす。ビリー殿。それと共に行ってくれ」


「はっはいぃ! かしこまりました!」


(……えっ!? 私が!? 私が行くんですか!?)


 こうしてビリーは飛行魔導船に再び乗ることになり、セージの元へとたどり着いたのである。


 ***********************


「ということで、四人が連れ去られてしまいました!」


 ビリーはいきさつをセージに全て伝えた。

 そして、それをじっと聞いていたセージが口を開く。


「シトリン家に行きます」


 そのセージの声は今までに聞いたことがない。普段より低く、少しかすれた声で、表情はなかった。


「すぐに出発の準備にとりかかれ!」


 そのただならぬ雰囲気にルシールが呼応し、早急に王都へと飛び立つのであった。


*****************


近況ノート

https://kakuyomu.jp/users/riverbookG/news/16818023213703700712

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