第230話 魔王戦5・マルコム
マルコム、カイル、ミュリエルの三人は魔王城に続く道を走っていた。
王都でセージの
魔王戦に行くから力を貸してほしい。
端的に言うとそんな内容であった。
しかし、王都へ戻ってきてそれを聞いたのは、すでにセージが魔王城に向かった後だった。
それでも、まだ間に合うかもしれないと思い、王都からオールディス領に向けて飛行魔導船に乗り、そこからさらに魔王城に向かって走っていたのである。
セージたちとは異なり、魔除けの香水を使って一直線に向かったため、かなり早い行程だ。
疲れた状態で援軍に行っても迷惑になるため、途中に見つけた夜営跡で休み、早朝に出てセージたちを追ったのだが、さすがに間に合わなかった。
戦いの音が聞こえて、魔王戦が始まったとわかる。
「始まってしまったか」
走りながら言うカイルにミュリエルが明るく答える。
「でもこれ結構近いよね? もう少し待っててくれたら間に合ったのになー」
「ホントにそれ。セージはせっかち過ぎるんだよ」
今度はマルコムが溜め息を付くかのように言った。
「まっあたしらが向かってるって知らないんだし、しかたないけどね」
「それに、待たなかったってことは俺たち抜きでも充分勝てるんだろうな」
「僕もそう思うけどさ。セージなら魔王のことだって知ってそうだし。というか、この辺に出てくる魔物なんかセージたちの相手にならないから余裕だろうね」
「だよねー。たぶん今頃魔物を蹴散らしてるところだよ。もしかしたらセージたちが強すぎて魔王が逃げ出しちゃうかも」
「いやいや、さすがにそれはないでしょ」
「そうかなー。あたしが魔王なら逃げるよ」
「そりゃ僕でも逃げるよ!」
マルコムとミュリエルはかなりの速度で走りながら適当な会話をしていた。
マルコムとミュリエルのAGIはすでにカンストしている。
カイルはカンストに近づいているもののまだであり、さらに役割的に装備も重い。
三人の中ではどうしても遅くなり、それに合わせるマルコムには余裕があった。
(かなり戦いの音が近づいてきたね。そろそろかな)
マルコムはそんなことを思いながら装備を整えていく。
セージから教えてもらった特製茶を飲み、疲れを癒しつつ走る。
そうして見えたのは、セージたちが魔王や魔物を圧倒しているところであった。
(やっぱりそうだよね。手伝う必要もなさそうだけど、せっかく来たから支援しようかな)
雑魚敵を蹴散らして戦いに突入し、魔王の手下と戦うギルたちに混ざろうとする。
その時、魔王が暗闇から逃げ出す所が見えた。
(えっ? 逃げた? ホントに? どういう状況?)
マルコムは混乱しながらも、カイルとミュリエルと頷きあって、魔王の手下の間を走り抜ける。
ルシールとセージは敵の技に捕まっていた。
(これは、とりあえず魔王らしきあっちを追いかけた方がいいのかな?)
「セージ! あれ――」
「あれを止めてください!」
闇の沼から抜け出して走り出すセージを追い越しながら、追いかけた方がいいのかを聞こうとして言葉を被せられる。
(急過ぎじゃない!? まったく、人使いが荒いよね)
何の説明もなく、魔王を止めろと言われたマルコムは仕方ないなという表情で答えてカイルに合図を出す。
そこにあるのは自信だ。
(まぁいいけどさ。頼まれたからには止めるし)
マルコムの答えはただ魔王を追いかけるというわけではない。
マルコムは魔王との距離、速度差を考えて追いつけるという確信、そして、止められるという自負があったのだ。
マルコムは全力で踏み込んで跳躍し、カイルの方向を振り向いた。
「ウィンドバースト!」
何も言わなくともカイルは欲しい所に風魔法を発動し、マルコムは一直線に魔王へ吹き飛ばされる。
(さすがカイル。ちょうどいい方向だね)
「テイルウィンド」
空中で体勢を整えて『テイルウィンド』を発動。
『テイルウィンド』は発動者に追い風を吹かせる魔法だ。
それは必ず追い風になる。
高速で動いているマルコムに対して、追い風が突風といえるような威力に変わっていた。
(さてと、魔王にも効くのかな?)
「水遁」
空中で忍者の特技を発動し、着地と共にスピードを落とさず疾駆。
そして、マルコムは剣に手をかける。
「神速」
横に並んだマルコムは魔王に対して高速の斬撃を放った。
マルコムの力、STRは英雄の強力な補正によりカンストしている。
大きなダメージを与えるはずだったが、ヴィアヴォリアはマントで防いだ。
(これを防御するんだ! さすが魔王!)
マルコムの攻撃にヴィアヴォリアがマントで防御できたのは、たまたま『黒狼召喚』の発動モーションでマントをひらめかせたからだった。
マントの影から黒狼が出現する。
(しかも反撃か!)
魔王を追い抜いたマルコムは魔王の前に跳躍しながら『土遁』を発動する。
一体の狼が落ちたがヴィアヴォリアは跳躍してそれを避けた。
その先で剣を構えるマルコム。
「デマイズスラッシュ!」
その渾身の一撃をヴィアヴォリアはマントで防ぎ、さらに『緋色ノ拳』で反撃する。
マルコムは攻撃した後、すぐに離れており、それを避けた。
そして、セージの依頼通り、ヴィアヴォリアの足は完全に止まっている。
(さて、とりあえず止めたけど……)
一見簡単そうに見える直線的な動きの中に、高度な体捌きがあり、これを完璧にこなすのはマルコムだからだろう。
ただ、そんなマルコムにも困惑があった。
(で、結局どういう状況なの?)
止めたはいいものの、魔王戦に加わって実質数十秒のマルコムは何もわかっていなかった。
そんな中でも戦闘は止まらない。
襲いかかる黒狼、一匹目を避け、二匹目に『神速』、三匹目に『ニノ太刀』を浴びせ、四匹目は特技『アルマーダ』で回し蹴りを放つ。
そこに紛れてヴィアヴォリアが『催眠魔眼』を発動した。
マルコムはヴィアヴォリアの赤く光る目を見た瞬間に力が抜け、状態異常『眠り』になっていることに気づく。
(はっ!? まさかあの目?)
マルコムはすぐに気づいたが、だからといってどうすることもできない。
「アンチスリープ!」
そこにカイルの魔法がかかった。
それによってすぐに状態は回復し、続く攻撃を何とか防御する。
(凶悪な技すぎないか!?)
状態異常無効の効果を突き抜けてくる技にマルコムは驚きつつ、体勢を整える。
そこにミュリエルがヴィアヴォリアに飛びかかり、カイルとセージが魔法を発動する体勢になっていた。
「デマイズスラッシュ!」
「フロスト!」
「アイスウォール!」
(やばっ!)
マルコムはセージの『アイスウォール』を聞いた瞬間に跳躍する。
セージが手を向けていたのはマルコムが蹴り飛ばした黒狼。
氷魔法『アイスウォール』は基本的に発動者と対象の真ん中に現れる。
寸前までマルコムが立っていた場所から氷の壁が突き出てきた。
(危ないよっ!)
退路を防がれたヴィアヴォリアは『吸血蝙蝠』を発動し、直後にセージが『アクアマインスフィア』を発動する。
いつの間にかセージがマルコムたちのパーティーに入っており、マルコムたちにはダメージがない。
そして、戦うほどにヴィアヴォリアの技と動きに慣れていく。
マルコム、ミュリエル、カイル、セージに囲まれ、ヴィアヴォリアのダメージは加速度的に増えていった。
(魔王ってこんなものか。最初はなかなかやるかと思ったけど、これなら今までのボスの方が強いかも)
魔王の手下も一体また一体と倒れ、サイクロプスと戦っていたパーティー、ギル、キム、ヤナ、ジミー、フィルが向かってくる。
ヘルハウンド、アースドラゴンの三体もHPはあとわずかだろう。
追い詰められてきたヴィアヴォリアは『暗黒濃霧』を発動。
そして、カーミラは固有闇魔法『シャドウリング』を発動する。
カーミラは影の中にトプンッと消えた。
「オリジン」
「インフェルノ」
「フロスト」
その間にそれぞれが暗闇に包まれたヴィアヴォリアに強力な魔法を叩き込んでいく。
逃げられないように囲んでいるため『ウィンドブラスト』が使いにくい。
それに、近接戦闘であれば魔法準備をしていられるため、『暗黒濃霧』の間は魔法攻撃の時間になっていた。
暗闇が晴れた時、そこにいたのは倒れたカーミラと、口から血を滴らせるヴィアヴォリア。
(どういうこと!?)
そんな戸惑いを抱えながらヴィアヴォリアに斬りかかる。
するとヴィアヴォリアは『仄暗い沼』を発動し、ひらりと避けた。
(動きが良くなった? ステータスも変わってる?)
ヴィアヴォリアはさらに『シャドウリング』を発動した。
すると、自分の影に沈み込み、十数メートル先の尖塔の影から現れ始める。
『シャドウリング』の効果範囲は狭く、影がないとワープはできない。
さらに、完全に出現するまでにタイムラグができてしまう。
何もない屋外で逃げるのにはあまり適していない魔法だ。
しかし、今回はセージが逃亡阻止のために作ったアイスウォールがある。
(くそっ! やられた!)
カーミラの能力が使えることも、強化してでさえ逃げに徹する行動も、アイスウォールが障害物として使われることも意外で、さすがに予想できていなかった。
その時「ムーンサルト!」という声が響く。
(なんで? えっ?)
こんな時に武闘士の特技を使うやつは誰だと声の方を見ようとした時、マルコムは頭上を飛ぶルシールに気づいた。
(どういうこと!? あっ!)
マルコムだからこそ、ルシールは『ムーンサルト』によって打ち上げられたのだと初見で理解できた。
そしてそれを取り入れるためには、相応の訓練が必要になることもわかる。
ただ、飛ぶ敵に物理攻撃を仕掛けるための技である、ということまでは想像がつかなかった。
(馬鹿なの!? こんなこと訓練する!?)
しかし、それができないとアイスウォールを越えてヴィアヴォリアを追うことはできない。
氷の壁を飛んで越えるルシールを見ながら、マルコムはその破壊に走るのであった。
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