第227話 魔王戦2・ベン

 別動隊である宝玉設置部隊。

 パーティーはベン、ブレッド、トニー、ウォルト、ニックの五人だ。

 迅速に侵入して宝玉を置くことが求められるため、身のこなしに長けた者が選ばれていた。


(このパーティーで僕がリーダーって間違ってると思うんだけどなぁ)


 ブレッドやトニーは元々リーダーとして活動している。

 ウォルトとニックはリーダーをサポートするような役割。

 ベンはリーダーのサポートどころか、もっと目立たない役回りが多かった。


 自分が一番リーダーに向いていないと思いながら、ベンは乾燥させた肉を齧る。

 今は狼煙を上げたところで、魔王が現れるまでの待機中だ。

 それまで待っているのは、先に侵入して魔王が裏側に来るのを防ぐためである。


 まずは宝玉を設置して弱体化させたい。

 それに魔王城正面で戦う方が戦いやすい。

 なので、魔王出現を知らせる狼煙が上がれば侵入を開始する手はずになっていた。


(融合魔法だろうな。あれに耐えるって相当だよね)


 魔王城正面で行われている戦闘の音が、離れた場所にも届いてくる。

 地面を削り、大気を震わせる魔法が断続的に発動していることから、ボスとの戦闘が続いているのがわかった。


「かなり派手に戦っているようだな」


「まぁそれも予定通りだろ? 順調ってことじゃないか」


「俺たちも順調にいけばいいんだが、未知のボスとなるとそう簡単にはいかないだろうな」


「まっ、ボスがいないことを祈ろうぜ」


 トニーたちはそれを聞きながら、装備のチェックをしたり特製茶を飲んだり、柔軟をしたりしている。

 すでに大まかな役割は決まっており、何気ないひとときだ。

 しかし、ベンにはピリッとした緊張感があった。


(こっちにも強力なボスがいるだろうな。いないのが一番いいけど)


 王国騎士団の戦いから、魔王の手下がどんな魔物かはわかっていた。ただ、それは正面に出てくるボスだけだ。

 前回は裏から侵入する作戦はとっていないため、そもそもボスがいるのかどうかさえわかっていない。


(ボスがいると考えていた方がいいよね。予想では一体だけど、二体三体になってくると――)


「ベン、気楽にいこうぜ。まだまだ魔王が出てくるまで時間はある」


「軽く寝てもいいくらいなんじゃない?」


 トニーやニックの言葉にベンの思考は中断する。

 ベンは「そうですね」と言って深く息をついた。

 緊張で無意識のうちに変化した呼吸をリセットするためだ。


「ボスが出てきたときにどうするかを考えてしまって」


「まっそれも必要なことだな。このパーティーならどうとでもなるだろうが、ボスが出てきたらどうする?」


 ベンの考えにトニーがブレッドたちに問いかける。


「五体以上なら逃げるが、二体までなら戦う。三か四なら相手次第って感じか?」


「三体でも逃げた方がいいんじゃない?」


「三体なら余裕で戦えるとは思うが、未知のボスが相手となると慎重に行くべきではあるな」


「未知でも格下にはなるからな。耐えるだけなら一人一体いけるんじゃないか?」


「それで後からボスが増えたらどうする?」


「そんときゃ逃げる。本隊に合流すりゃいい。そうだろ?」


 ブレッド、ニック、ウォルトが軽く意見を出す。

 通常のボスは逃げることができないが、魔王や魔王の手下相手だと撤退も可能だ。

 その分、同じ場所にボス級の魔物が複数現れるのだが。

 そんな話を聞いて、トニーが言う。


「まっ、リーダーを任されたって言っても一人で考えるわけじゃないからな。新人を連れていく、なんて時は別だが、今のパーティーならどんな方針でもどうとでもなる。それに、決断に正解なんてない。あるのは結果だけだ」


(正解がない、か。)


 冒険者をしていて、決断を迫られるシーンは必ず訪れる。

 その決断が良かったか悪かったかはわからない。

 もし悪い状況に陥ったとしても、別の決断をしていたら、より悪い方向に向かってしまっていたかもしれないからだ。


「自信を持って決めるだけでいいんだよ。セージみたいにな」


 セージはいつもサポート役のような働きをしており、皆を引っ張っていくようなタイプではない。

 そんなリーダーらしさのないセージが、パーティー全体のトップになっているのはその自信が一番のポイントだ。

 セージが言うなら最適な方針に違いない、そう思わせるだけの知識、実績、迷いのなさがあった。


「なるほど」


(セージが僕をリーダーにしたのも、リーダーとしての訓練ってことだろうな。ウォード家当主として自信を持って行動しろってことかも)


 ベンはそう考えながら気合いを入れる。

 セージとしては、ベンが一番回避能力が高いから、という単純な思考で決めていたのだが。

 そもそもリーダーがいなくても特に問題が無いようなパーティーである。


「それで、どうする?」


「そうですね。四体なら引き返します。三体ならまずは全員で戦って判断します。ボスが二体なら二人ずつで相手をして、僕は宝玉を置いてボスの弱体化を――」


 その時、魔王登場を知らせる狼煙が上がった。


(狼煙が上がった!? もう!?)


 予定よりあまりにも早い狼煙に全員困惑する。

 その狼煙が本当に魔王出現を知らせるものなのか、間違いなのか、判断に困るタイミングだった。


(いや、セージならありえる!)


「侵入開始!」


 決断したベンの号令と共に全員が走り出す。

 裏門から侵入し、内部に入り込んだ。


「フロスト」


 正面にいた魔物にトニーが魔法を発動し、魔物に当たった次の瞬間には『テイルウィンド』で加速していたベンが『デマイズスラッシュ』で斬りかかっていた。


「ファストエッジ、カウンター」


 ベンは連続攻撃のあとに『カウンター』を発動。

 後ろから襲いかかる魔物の突くような攻撃を、左足を軸に回転しながら避け、遠心力の乗った会心の一撃を叩き込む。

 直後に来た攻撃を防御しながら後ろに飛び『水遁』を発動。

 その魔物にはウォルトが『デマイズスラッシュ』で斬りかかる。

 ベンは魔物の発動する『ロックブラスト』を防御しつつ掻い潜り、ブレッドが戦っていた魔物に攻撃を仕掛けていた。


神速シンソク、二ノ太刀」


 そして、ニックの『ハイヒール』によってベンのHPは回復する。

 急に組まれたパーティーなので高度な連携をとることは難しい。

 そこで、魔法の後にベンが魔物の中で暴れ回り、注意を引いている内に皆で制圧するという方法をとっていた。


 ベンの働きもあり、最初に遭遇した魔物との戦闘はものの数十秒で終わる。

 魔物は強力で、レベル60はないと厳しい相手だろう。

 しかし、ベンたちのレベルは90。苦戦するような相手ではなかった。

 戦いの間に周辺の魔物が集まって来ていたが、それも危なげなく片付けていく。


(これでっ、終わりっ!)


神速シンソク


 相手の攻撃より圧倒的に早いベンの攻撃。

 倒れる魔物に目を向けず、先に進む。

 聖域の祠があるのは城の中央部分にある中庭だ。

 正面よりは裏口からの方が近いが、建物を迂回したりする必要もあるため、それなりの距離がある。

 そして、魔物を引き連れて進むわけにもいかないため、遭遇した魔物は倒すしかない。

 今まで戦ってきた経験から戦いに余裕はあるが、時間はかかる。


(やっとここまで来たか。ここを抜ければ中庭。このままボスに会わず聖域のほこらまでいければいいんだけど……)


 城の裏庭を走り抜け、建物の中を突っ切り、扉を開けると宝玉の設置場所『聖域の祠』が見えた。


(やっぱりいるよね!)


 そして、祠を守るように立つボスがいる。

 蛇の尻尾に獅子と山羊の双頭をもつ猛獣ツインキマイラと目のついた奇妙な帽子をかぶる口割け魔法使いワイズマジシャンだ。


 祠は地下にあり、その入り口前に陣取っているボスとの戦闘は避けられないだろう。

 ベンたちはボスに向かって開幕の『ヘイルブリザード』を発動する。

 それに対してツインキマイラは吹雪と炎を吐き、ワイズマジシャンは『ヘイルブリザード』を発動した。

 その中をベンたちは駆け抜ける。


(ボスが二体ならマシか。トニー、ウォルトが前衛に攻撃、ブレッド、ニックは後衛に)


 ベンは周囲を注意深く観察しながら、手で指示を出した。

 二人一組でボスを相手し、その間にベンが宝玉を設置する計画だ。


「フロスト!」


 追加の魔法を発動し、近接戦闘に移行しようとした時、後ろから岩や瓦礫が襲いかかった。


(なに!?)


 飛んできた方向に視線を向けると、そこには亡霊のようなボス、レイスエンペラーが出現していた。


(レイス系のボスか! 厄介な!)


 レイス系は物理攻撃の効かない魔物だ。

 ベンたちは魔法も使うが、基本は近接攻撃タイプである。

 それに、格下のボスとはいえ、ボスはボス。魔法使いならまだしも、騎士が一人で対応するのは厳しい。


(これはきつい! どう対応する!? とりあえずここは何とか僕が引き付けて――)


「こっちに任せろ! 問題ない!」


 レイスエンペラーに向かおうとしたベンをトニーが止める。

 そして、すでにウォルトはレイスエンペラーに向かって走っていた。


(一人はキツい。けど……)


 物理攻撃の効かないレイスエンペラーに一対一の戦いを仕掛けるのは厳しい。

 STRはカンストでも、INTとMNDはそれほど高くないのである。

 ワイズマジシャンも迅速に倒したい相手なくらいだ。

 完全な魔法戦となるレイスエンペラーは最も厄介な相手だといえる。


 自分が援護に行くか、ニックかブレッドに行ってもらうか、ウォルトに任せるか。

 ベンはわずかに逡巡したが、魔法戦でHPが削りきられる可能性は低いと考え、任せようと決断する。


(今は最速で聖域の祠に行くべきだ!)


 ベンは『カウンター』を発動しながらワイズマジシャンに近づき、杖による攻撃を紙一重でかわす。

 それと同時に繰り出される首を狙った斬撃。

 ワイズマジシャンは杖を巧みに操り防御し、続くブレッドの攻撃を手の甲で受け止める。


「フロスト」


 次の瞬間にはニックの魔法が発動。

 ブレッドはそれに合わせて『デマイズスラッシュ』を発動する。

 閃く剣に対応しようとする杖。

 氷魔法『フロスト』が生み出す一瞬の隙により、防御を掻い潜って剣が直撃した。

 その隙にベンはワイズマジシャンの横を通り抜け、聖域の祠に入ろうとする。


「グォァァアアアア!」


 そんな断末魔が聞こえてきたのは、至近距離にいるワイズマジシャンからではなく、少し離れた場所。

 一瞬だけ視線をそちらに向けた時、ちょうどレイスエンペラーが消えていく瞬間だった。


(えっ?)


 ベンは思わず二度見してしまう。

 レイスエンペラーは消え去り、ウォルトが何事もなかったかのようにツインキマイラへと走っていた。


(いやっ、えっ? なんで?)


 レイスエンペラーはボスだ。

 どれだけレベルが高かろうと、一撃で倒すことは無理である。


 実はウォルトは裏技を使っていた。

 レイスなどの物理攻撃無効になる魔物は『リバイブ』をかけると一撃で倒せるのだ。

 以前マーフル洞窟というゴースト系の魔物ばかりが出現する場所に行った時、この裏技をセージから教わっていたのである。

 しかし、ベンにはその経験がなかった。


(どういう、っと! 危なっ!)


 ベンはひらりとワイズマジシャンの攻撃を避け、続けて発動されるウィンドブラストを盾で防御し、その風に逆らわず聖域の祠を駆け下りる。


(何にせよ、自分のやることは変わらない!)


 ベンは疑問を押し込めて、宝玉を設置しにいくのであった。

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