第225話 マシューは魔王戦を知る
二日目は一日目と同様に進み、魔王城に一番近い廃墟を拠点とする。
三日目はそこから魔除けの香水を使って進み、とうとう魔王城の前に到着した。
「休息をとりまーす! 戦闘準備をしておいてくださいね!」
そして、セージたち一行は魔王城の見える場所で休息をとっている。
先行して魔王城の側面に回り込んでいた宝玉設置部隊、ベンパーティーからの合図を待っているのだ。
合図があれば本隊が突撃し、注意を引いている間に宝玉を設置する
(あれが魔王城か。聞いていた通り暗い)
マシューは装備の確認をしながら、黒い
もう太陽が昇ってきているので、これは魔王城周辺だけの状態だ。
この領域は毎日広がり続けていた。
今のところその速度は遅いものの、徐々に加速していき、数年後に王国全体が覆われることは、他国の例からわかっている。
過去にもこのような領域を作る魔王がいたからだ。
そして、この黒い靄のことを闇の領域と呼び、その内部で魔物は強化されることもわかっていた。
戦えない相手ではないが安全のためナイジェール騎士団はこの手前で待機となっている。
マシューは自分たちがこの領域に入ることさえできないことにもどかしさを感じていた。
(ルシール様たちからすれば俺たちは弱い。ただ、ここまで戦ってきた魔物に手応えは感じている。役に立てるはずだ)
ルシール自由騎士団との力の差は歴然で、それは自覚している。
それでも、毎日鍛えているレベル50の騎士たちだ。
この世界の基準からするとかなり強い。
それに、一日目の夕食でセージたちに慣れたこともあって、二日目の動きは良く、決して余裕ではないものの道中で現れた魔物の群れにしっかり対応して倒すことはできていた。
(まずは自分の役割を果たすこと。その上で何ができるかを考えるべきだ)
マシューは気合い十分だった。それはマシューだけではなく、他の騎士たちもそうだ。
気合いに満ちているのはナイジェール騎士団の噂が関係している。
神の使者セージに認められた者は勇者になれる、という噂だ。
ルシール自由騎士団の常人の域を超えた強さを見たら、その信憑性も高まるというところである。
(狼煙が上がった! とうとう始まる……!)
狼煙をあげたのは宝玉設置部隊。
魔王城侵入作戦の準備が整ったということだ。
マシューたち待機部隊に緊張が走る。
「はいはーい、注目ー! それじゃあこれから魔王討伐作戦を開始しますので! 予定通りお願いしまーす!」
セージの緊迫感のない声が響き、ルシールが剣を天に突き上げる。
「作戦開始!!」
ルシールの気合の入った声により、全員が動き出した。
ルシール自由騎士団は侵攻を開始し、マシューたちは闇の領域の外周に広がる。
闇の領域では、どこからともなく現れたサボランナーが走り、デスイーグルが飛んできて、メタルモールが這い出してくる。
さらに魔王城から続々と魔物が現れた。
そこには今までに出てきたような魔物だけではなく、明らかにボス級とわかる魔物が含まれる。
一つ目の巨人サイクロプス、三つ首の猟犬ケルベロス、紫電を纏う鳥ターミガン、禍々しい角を生やした悪魔アークヘルデーモン、豪奢なローブを着た屍ロードコープス、鋭い鍵爪の飛竜キングワイバーン、そして、中央に一際存在感を示すアースドラゴン。
(これはまずいだろ……!?)
マシューたちは日々厳しい訓練を受けており、装備も整えられている。
それでも一体に対して複数のパーティーでかからないと、戦えない相手だと感じた。
さらに周囲には多くの魔物がいる。
こんな状況でまともに戦えるはずもない。
迫りくる魔物の大群を前にして、マシューは剣と盾をグッと握りしめる。
そうしないと逃げ出してしまいそうな光景だ。
そして、これを見て前に踏み出すことのできない自分の弱さが情けなかった。
しかし、特にセージたちは慌てることなく魔物相手に手をかざす。
「メテオ」
魔物の地響きが起こる中で、やけにはっきりと聞き取れたその言葉。
火と地の融合魔法『メテオ』。
その言葉と共に突如として現れた燃え盛る隕石。
知覚できない速度の隕石は、現れたと思った瞬間に地面へ激突した。
そして、次々と隕石が衝突していく。
吹き荒れる衝撃波に響く轟音。
「メイルシュトローム」
続いてルシールの魔法が発動する。
水と風の融合魔法『メイルシュトローム』。
水の激流を含む巨大な竜巻は地上だけでなく空を飛ぶ魔物も巻き込んでいく。
その後に続くのは特級魔法『ヘイルブリザード』『インフェルノ』『テンペスト』『タイダルウェーブ』。
運良く抜けてきた魔物は『デマイズスラッシュ』により打ち倒される。
でもそれは通常の魔物だけだ。
ボス級の魔物はそれを抜けて攻撃を仕掛ける。
吹き荒れる暴風に蠢く影、強大な膂力による物理攻撃、全てを焼き尽くすかのごとき火炎。
あらゆる攻撃が襲いくる。
それに対して怯まずに反撃する、それどころか魔物たちの攻撃を上回るセージたち。
(これが……これが、魔王戦……!)
想像を絶する光景に、マシューたちは戦慄した。
ここに辿り着くまでの戦闘で、ルシールたちは魔法や特技を制限していたため、本気の強さをマシューたちは知らなかったのである。
荒れ狂う戦場に、自分たちが手伝うことさえできないことを悟る。
戦闘に混ざったところで足手まといになることは明白だ。
(力の差はこれほどまでだったのかっ……!)
獅子奮迅の戦いを見せるルシールたちに釘付けになる騎士たち。
しかし、そうしてばかりもいられない。
一部の魔物はマシューたちの元へやってくる。
その時、二発目の魔法を放ったセージが叫んだ。
「キツかったら言ってくださいねー!」
魔王戦の最中とは思えないような緊迫感のない声が届き、ハッとした。
圧倒的な強さになっても、上級貴族になっても自然体のセージは、こんな時でも変わらない。
それが、今のマシューにはよかった。ここまでの道のりでちゃんと戦えていたことを意識する。
「よし! 迎え撃つぞ!」
「やってやるぜぇ!」
マシューの声に合わせて、ティムが雄叫びを上げた。
そうすることで目の前の凄まじい戦闘に気圧される気持ちを吹き飛ばし、心を奮い立たせているのだ。
普段なら叫んでないで呪文を唱えろと思うところだが、今はナイジェール騎士団の士気を上げることに役立っていた。
(よしっ! 気合いを入れろ!)
「命を大事に! 無事帰ったら勇者になれまーす!」
セージの声が響いた時、ナイジェール騎士団が一瞬ピタリと静かになる。
「よっしゃああああ! 気合いだああああ!」
ティムだけでなく他のパーティーでも気合いを入れる声が上がり、戦闘態勢に移っていく。
(今それを言うのか! 士気は上がるだろうけど!)
呪文を唱えていたマシューは叫ばなかったが、心の中で突っ込みを入れる。
ただ、セージとしては心配だっただけだ。
普段通りの力を出せば、通常の魔物なら問題ないはずだが、体が固まって実力を出せないことはある。
ナイジェール騎士団を連れてきた手前、犠牲者を出すわけにはいかない。
(この瞬間を狙って言うなんて、さすがだよ。こんなの気合い入れるしかないんだからな)
俄然気合いの入ったマシューたちは剣をしっかりと握り、一歩踏み出して魔物を迎え撃つ。
「くらえっ! メェガスラァッシュ!!」
ティムは走ってきたサボランナーに気合いの一撃を放った。
サボランナーが反撃するかと思いきや逃げていく。
魔法を通り抜けた個体で、すでにほとんどHPが残っていなかった。
「うおおおおお! 最強だぜぇええええ!」
(早く次に行け!)
まだまだ魔物は向かってきている。
その中には別の方向から来て、セージたちの魔法ダメージを受けていない魔物もいれば、中距離攻撃ができる魔物もいた。
闇の領域の外で戦いを進めたいため、間合いも重要になる。
「メガスラッシュ! 一旦下がれ! 前に出すぎだ!」
「フロスト! ヘクター、回復魔法を準備しろ!」
モーガンとマシューが指示を出しつつ、順調に魔物を倒していくのであった。
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