第224話 ナイジェール騎士・マシュー

 ナイジェール領騎士団所属の騎士マシューはセージたちについて魔王城へと進んでいた。

 パーティーはマシューとティム、ジョニー、ヘクター、モーガンの五人。

 元々はモーガンではなくデリアという魔法使いがいて、リンドウ冒険団という冒険者パーティーだった。


 冒険者から騎士団に転身したきっかけは、デリアに子供ができたからだ。

 相手は同じパーティーのティムで、本当に驚いたことを覚えている。

 デリアはたぶん子供ができている、一生の不覚だと言いつつ、しばらくしたら冒険者として活動できなくなることを謝っていた。

 ティムは謝りつつも幸せそうにしていたので、マシューたちはとりあえず一発ずつ全力で殴った。HPは削りきれなかった。


 それでも、ラングドン領をメインにして、一年以上一緒に各地を巡った仲間。

 それを聞いてすぐに解散するような間柄ではない。

 幸いデリアは魔法使いで動きは激しくないため冒険者を続けたが、体調や依頼の内容によって参加できないことが多々ある。

 冒険者として活動しながら、共にこれからどうするかを考えた時、ラングドン領の南にあるナイジェール領で騎士の募集が始まった。


 貴族が大々的に騎士を募集することはほとんどない。

 しかもそれが侯爵家の話で、身分も何も問わずに採用するという話。

 そんなことはこの王国で未だかつて無いといえることだ。

 最初は何か裏があるのかと疑ったが、領主がセージという少年でランク上げが好きらしいという話を聞いて、パーティー結成の頃を思い出した。


 実はマシューたちはセージのことを知っていたのである。

 セージとラングドン領の騎士に助けられたことがあったからだ。

 特にマシューは絶体絶命というところだったこともあり、今でも鮮明に覚えていた。

 その話を聞いて、五人の意見が一致し、駄目元で試験を受けにいったのである。


 入団試験は実技と面接となぜか筆記試験まであり、マシューとしては手応えがなかったが、結果は全員合格。

 晴れてナイジェール騎士団に所属することになった。


 騎士団はたいてい騎士団と魔法騎士団に大きく分けられ、その中で編成されていく。

 しかしナイジェール騎士団は特殊で、警備部隊、訓練部隊、冒険部隊、特殊部隊の四つに別れている。

 マシューたちは冒険部隊に配属されて、定期的に魔物を討伐して素材を回収したり、魔物や植生の分布を調べたりという仕事をしている。

 あまり冒険者の時と変わらないのだが、単独パーティーで動かないことと、支給された装備が非常によかったことで、安全性が格段に上がった。


 そんな一変した生活に慣れてきたところで、急遽魔王討伐作戦が始まる。

 それで、リンドウ冒険団からデリアが外れ、モーガンが入るというパーティーになった。

 ナイジェール騎士団に入ってからそれほど長い期間は経っていない。

 魔王戦という重要な局面で、ぶっつけで新たなパーティーを組むよりも、ある程度は元々組んでいたパーティーで連携を取る方がいいだろうという考えだった。


 ナイジェール領から飛行魔導船に乗り、オールディス領へ進軍する。

 初めての飛行魔導船に少し胸を踊らせつつ乗り込み、その中で領主であるセージを見た。

 領主となったセージを見たのはそれが初めてだ。

 マシューがナイジェール騎士団に入ってから、一度挨拶に来たことはあったが、その時はマシューが領都にいなかったのである。

 初めて領主セージを見て、まさかあの少年がという気持ちと、やっぱりそうだったかという気持ちを同時に持った。


(まさか覚えているとは思わなかったけどな)


 マシューはセージを見て気づいていたが、セージは侯爵家当主だ。

 下っ端の騎士が気軽に話しかけられるような存在ではない。

 特に関わることもなく進軍していた。

 しかし、一日目の拠点で食事をしている時、突然セージの方から話しかけられたのである。


「マシューさんですよね? カルパティア森林で会った」


「ナ、ナイジェール侯爵閣下っ、おわっ!」


 挨拶しようと立ち上がった瞬間にカップに刺していた串焼きを落としそうになり慌てて掴む。

 マシュー以外もザッと立ち上がっていた。


「そんなに慌てなくてもいいですよ。ここでは侯爵というよりただの魔法使いですから気楽にしてください。モーガン先生も急にかしこまらないでくださいよ。学園の時くらいでいいですから」


 ほら座ってくださいと言われて、適当に椅子にしていた石に座り直す。

 ただ、じゃあ気楽にしゃべるかと思えるほど侯爵というのは軽い地位ではない。

 戸惑うマシューたちに、セージから話しだす。


「それにしてもマシューさんたちって冒険者から騎士団に入ってたんですね。冒険者をずっと続けるかと思っていました」


「そのつもりだったんですが、デリアに子供ができまして……あっいや――」


 突然の質問に本音が漏れるマシュー。

 子供ができたから騎士団に入ろうと思ったなどという動機は褒められたものではない。

 慌ててフォローしようとしたが、セージの声に書き消される。


「えっ!? デリアさんに? おめでとうございます! マシューさんとの子供ですか?」


「いえ! 俺です!」


(おいっ! 言葉遣い!)


 元気よく手を上げるティムをマシューは睨むが、セージは気にした様子がなく喜ぶ。


「ティムさんですか! おめでとうございます! おめでたいですね! あれっ、子供ができたのにこんなところにいていいんですか? 子育て大変じゃ……」


「あっ、いや、まだ産まれてはないんすけどね。その前に騎士団に入れることになったんすよ。冒険者は不安定で、どうしてもあちこちを転々とする必要が出てくるんで」


 レベル30やレベル50でレベル制限があるため、そこに適した依頼は人気だ。

 人気のないところでは騎士団が動いて一時的に魔物がいなくなることがある。

 そして、周辺にいる魔物が減ると冒険者の仕事は減り、採取などの仕事の割合が増え、そうなると長年その地域で暮らしている冒険者には敵わないので生活は苦しい。

 地域を変えて活動する必要が出てくるのだ。

 冒険者ギルドの討伐依頼がなければ、冒険者の生活は厳しいというのが現実である。


 ただ、当主に対して話す理由ではない。

 マシューは焦りつつもフォローを入れる。


「もちろんそれだけじゃありません! 国民を守る騎士団の姿にも憧れていましたので!」


「憧れっていうのも、子供のためっていうのもいいですよね。お金とか名誉のためでもわかりやすくていいんですけど。ところで、ティムさんは子供ができたらどれくらい休むんですか?」


「そんな! 休むなんてことはありません! 騎士としてしっかりと働きます!」


「だめですよ! ちゃんとデリアさんと一緒に子育てしないと!」


 セージは、前世で同僚に子供ができて、その後離婚した経緯がふっと頭をよぎって思わず言った。

 ティムはちゃんと働くと言っているのに何故怒られるのかわからないまま「はいっ!」と答える。


「騎士団に育児休業制度ってないんですかね?」


「育児休業制度? ってなんすか?」


「あーこれは要相談ですね。ロードリックさんに言っとこうかな」


「セージ! 少しいいか!?」


「いいよ! すみません、また後で来ますね!」


 そう言いつつルシールの方に向かうセージを見送りながら、マシューはホッと一息ついた。

 怒らせることがなかったこともそうだが、セージが変わっていなかったことに安堵したのだ。

 冒険者の級が上がったり騎士になったりして態度が変わる者は多々いる。

 セージは騎士どころではなく貴族、その中でも高位の侯爵になったというのに、以前に会ったときと変わらない態度だった。

 これは珍しいことである。


 セージとルシールの評判は、マシューが聞く限り非常によかった。

 人柄だけでなく、ナイジェール騎士団にはマシューと同じようにセージやルシールに助けられた者が多い、ということが大きい。

 特にルシールの鮮烈な強さに憧れる者の話はよく聞き、村を出たり冒険者を辞めたりして騎士団に入ろうとする者ならなおさらだった。


(確かにあり得ないほど強いけどな)


 続きを食べながらマシューは道中を思い出す。

 ここに着くまで、先頭を行くルシールたちの戦いを見ていた。

 マシューたちがパーティーで戦っている魔物を特技も使わず一人で圧倒できる力。

 驚異的な魔法発動速度も、洗練された動きも人の域を超えているように見えた。


 力量差だけでなく、無駄な力が入って動きの悪いナイジェール騎士団とは雲泥の差だ。

 王族や貴族と共に重要な戦いに向かっているという緊張だけでなく、圧倒的な強さに気後れしている者やあまりの力の差に魔王戦へ不安を感じている者だっている。

 いつも通りとはいかなかった。


(俺たちがあの域まで到達できるのかは疑問だが、頑張らねぇと……っ!)


 その時、ドシンッとマシューとモーガンの間に石が置かれてセージが座った。


(本当に来たのか!)


 セージがまた後で来ると言っていたが、マシューとしては社交辞令のようなものと受け取っていたので驚く。


「それで、ちょっとデリアさんとの生活がどんな感じか聞きたいんですけどいいですか?」


「俺とデリアの生活ですか? そんな大したもんじゃないんすけど……」


 セージは十五歳になったらルシールと結婚する予定であり、後一年と少しである。

 セージは前世でいろいろと聞いてはいるが、この世界ではほとんど聞いたことがない。

 それにセージ自身は前世で結婚のけの字もなかったので、結婚生活がどんなものか気になっていたのである。


 急に始まった結婚生活の話に気が抜けながら、周囲も巻き込んで意外と盛り上がるのであった。

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