第222話 オールディス領へ
セージたちはケルテットのあと、ナイジェール領に寄ってから飛行魔導船に乗ってオールディス領に向かった。
オールディス領は伯爵家が管理しており、旧王都の南隣に位置する。
旧王都にいる魔王の本拠地、元ハイデンバーグ城である魔王城に最も近い領だ。
飛行魔導船には多くの仲間が乗っており、クロムロフに向かったときから、さらに増えている。
ルシール自由騎士団、ちゃんばらトリオ、ベン、アルヴィン、エヴァンジェリン。
ここに加えて『悠久の軌跡』のヤナとジェイク、そしてナイジェール領騎士団が参加している。
『悠久の軌跡』の二人は生産職のランク上げをしていたので参加できたが、カイルたち三人は別行動でランク上げに行っていたため捕まらなかった。
ナイジェール領騎士団は百名ほどがついてきているが、これは町に被害が出ないようにするためやサポートのためである。
魔王戦にはレベル70以上だけで挑むつもりだった。
また、クリスティーナ・シトリンは不参加である。
公爵令嬢であり、第一学園の授業も始まるため公爵家から出られなかった。
それに、公爵家の動きを見る役割もあるため残った形だ。
ちなみにアルヴィンはもうすぐ騎士団所属になること、ナイジェール領騎士団の偵察もできるということなどから参加し、エヴァンジェリンは学外訓練に出ると言ってそのまま王宮に戻っていない。
総勢百名を超える数となったが、前回の魔王戦は何百人といたので、そこから考えるとかなり少ないだろう。
そして、飛行魔導船の中にある会議室にはナイジェール領騎士団を除く、魔王戦に参戦する者たちが集まっていた。
騎士の会議用に作られた場所なので、机が並べられただけの部屋だ。
その中でセージ、ではなくアルヴィンが前に出て、魔王の手下と魔王ヴィアヴォリアについて話をしていた。
「……とまぁ見た目はそんな感じだ。次は技について。厄介な技がいくつかある。まずは眼が鮮やかな赤色になり、状態異常眠りになる技だ。特に近接戦闘では目を見ないように注意しろ」
「俺たちは状態異常無効の腕輪を装備してるから問題ないんじゃないか?」
「眠り無効の装備をしていても眠り状態になるんだ。これは避けようがない」
「その技は昏睡魔眼ですね。装備でもアイテムでも防ぐことはできないです。通常攻撃で起こすこともできないので、アンチスリープを用意していてください」
「はぁ? なんなのよその技は」
セージの説明に突っ込みをいれるのはエヴァンジェリンだ。
相変わらず絡むことが多いが、皆が思っていることを素直に言ったりもするので放置されている。
「ヴィアヴォリアの固有技です」
「なんであんたが固有技の解説をしてんのよ」
「まぁいいじゃないか。それで、キュアよりアンチスリープを用意する方がいいのか?」
『アンチスリープ』は眠りの状態異常を治す魔法であり、『キュア』は全ての状態異常を治す魔法だ。
ルシールは戦闘を想定した内容を聞くことが多い。
セージはなるべく丁寧に説明はするが、セージの中で常識になっていることは多く、詳しい部分を飛ばす傾向にある。
ちゃんと内容を押さえていくことは重要だ。
「僕の知っている限りでは、眠り以外にならないから、アンチスリープがいいかな。暗赤濃霧っていう状態異常技はあるんだけど、こっちは状態異常無効の腕輪で回避できるし」
「それは赤黒い霧を出す技のことか?」
アルヴィンは確認するように言う。
当然だが、技の名前を言われても誰もわからない。
「そうです。状態異常にはならないですけど、視界が悪くなるので注意が必要ですね」
「結局セージが解説してるじゃないの」
「でも僕は技の全てを知っているわけじゃないですから」
「一つもわからないのが普通なのよ!」
「それは今更だろう。いいことじゃないか。情報が正確になる」
そんなフォローをするアルヴィンにジトッとした目を向けるエヴァンジェリン。
「……お兄様も染まってしまったのね。クリスティーナみたいだわ」
「クリスティーナ嬢とはまた違うと思うが」
「一緒よ。それに、どうしてそんな話し方なのよ。緊張でもしてるの?」
「いや、こうして前に立つと癖でこうなってしまうだけだ」
今度は渋い顔をするアルヴィンに呆れたような目を向けるエヴァンジェリン。
魔王城に向かっているとは思えないような
「とりあえず技を確認していきましょう。吸血蝙蝠と黒狼召喚がありますよね?」
「あぁ、蝙蝠と狼が出てくる技だな。これも厄介だ。魔王の動きが……」
こうして魔王の解説に加えて、魔王の手下の解説、その他魔物の解説を続けた。
さすがに数が多く、その解説には長い時間がかかる。
さらに、どう戦うかなどを話していたら夕方になった。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。魔王戦に向けて体調管理も重要ですし」
「はぁ、座ってるだけなのに疲れたわ。それにしてもセージって意外と積極的よね。魔王とか気にせずランク上げでもするのかと思っていたけれど」
「そんな風に思ってたんですか?」
「みんなそうでしょ?」
「いや、私はセージなら魔王を倒しに行くだろうと思っていたな」
自信を持って言うルシールに疑わしそうな目を向ける。
「ほんとに? セージに気を使わないでよ」
「俺もそう思うぜ。神霊亀の時もそうだったしな」
そんなギルの言葉に騎士団の者たちも頷く。
「神霊亀ね。少し調べたけど、セージとルシィが撃退したってやつでしょ?」
一度目の神霊亀の侵攻は、その脅威がない王都ではあまり関心のない話だった。
二度目は王国騎士団の失敗があるので詳細は隠されている。
調べなければわからないことで、エヴァンジェリンも別の調べ物のついでに聞いた程度だった。
「いいや、その前、まだこんなに強くなかった時にも戦ってたんだよ。ケルテットが危機に陥った時、俺たちを率いてセージが侵攻を止めたんだ。まっ、表向きはラングドン家だったけどな」
「へぇー、セージ、あなたって英雄願望とか無さそうなのに意外とやるのね」
「そりゃ故郷の危機なら止めに行きますよ」
「でも今回は関係ない場所でしょ?」
「今回も根底にある理由は一緒なんですよね」
「楽しむためだな」
セージとルシールの言葉にエヴァンジェリンは首をひねる。
「楽しむため? 強敵と戦いたいとかいうやつ? あなたって戦闘狂だったの? ルシィと一緒にいすぎたんじゃない?」
「おい、私は戦闘狂ではないだろう」
首を傾げながら「違うの?」というエヴァンジェリンをルシールが睨み、セージは「まぁまぁ」と言ってとりなす。
「僕の夢はこの世界を見て回ることなんですよ」
「えっ? なに? 急に夢の話?」
「昨日、クルムロフの町が襲われて、それが魔王が原因かはわからないですけど、でも、魔王を放置したらそれによって犠牲になる者が多く出てくると思うんです。もし、旅をしている時に、魔王の犠牲になった者がいたりしたら、あの時倒していればって思うかもしれませんよね?」
「魔物の被害を全て防ぐなんて無理なのよ?」
「それでも僕らの手の届く範囲は何とかしたいなと。僕らってかなり強いじゃないですか。おそらく魔王より強い、むしろルシィさんなら一対一でも互角に戦えると思います」
「あぁ、任せろ」
「すごい自信ね。まぁそう言う気持ちもわかるけど」
「ということで、旅をしているときに素直に楽しめなくなったら嫌なので魔王討伐に動いたんです。旅をするのもランク上げも魔王に戦いを挑むのも、すべてはこの世界を楽しむためにしていて、結局は自分のためなんですよね。けど、それについてきてくれる仲間がいて……って皆さんどうしたんですか?」
会議室はいつの間にかシンッと静まり返っていた。
それは、その答えが意外だったからだ。
ルシールはセージのことをよく知っているが、自由騎士団全員がそうというわけではない。
セージはどこか超人的で少し隔絶された場所にいる者のような印象があり、魔王戦に挑む理由も知らなかった。
自由騎士団の者たちは自分たちが倒すべきだという使命感や正義感をもって動いているが、セージは神からの使命があって魔王を討伐するのかと思っていた者もいる。
秘めていたわけではないが機会がなかったため、初めてセージの気持ちを聞いたのだ。
むしろ俗人的な、ある意味セージらしい回答に、驚きや納得、微笑ましさなどいろんな感情が混ざり、黙ってしまっていたのである。
なんとも言えない空気感になった会議室で、珍しく戸惑ってしまうセージであった。
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