第221話 世界一の鍛冶師ガルフ
(くそっ、失敗か)
ガルフは今完成したばかりの剣を作業台に置いた。
それは『真・勇者の剣』。
セージの知らない逸品だ。
歴代FSで最も高い攻撃力を持つ剣は+288。
しかし『真・勇者の剣』は攻撃力+298という300に近い数値を叩き出す。
それはまごうことなき最強の剣。
セージから聞いた『勇者の剣』を元に考え、たどり着いた境地。
それでも、ガルフは納得できなかった。
(こいつはどうしても魔剣にならねぇ。なる気がしねぇ)
ガルフが目指していたのは魔剣。
魔法の効果が付与された剣だ。
今の『真・勇者の剣』は攻撃力こそ高いものの魔法効果はついていない通常武器だった。
(かき集められるだけ素材は集めた。それでもこれってことは、こいつに魔法付与は無理なのか? となると、この剣に固執してる場合じゃねぇな。次を考えねぇと)
ガルフは魔剣作りに集中していたが、なかなか上手くはいかなかった。
そんな中で魔王が誕生し、焦りもあって『真・勇者の剣』の魔法付与に挑戦したのだが案の定失敗したのである。
(いざとなりゃ勇者の剣・炎と流星の剣を渡すしかねぇが……)
ガルフは工房の奥においてある剣に目を向ける。
そこにあるのは『勇者の剣・雷』の派生と星屑の剣の上位の武器。
世界最上位の装備を開発していた。
それでも、ガルフはまだ上を目指している。
(最高の一振を目指してんだ。こんなもんで満足するなんて情けねぇことできるか)
そこまで気合いが入っているのは、ジッロの話を聞いたからだ。
以前、セージが耐火装備である『水鏡の盾』を作ってほしいと依頼してきた。
ガルフはダリアや他の技工師たちと共に、最高の『水鏡の盾』を用意した。
そして、セージに会った時に「全部揃えてるぜ」と言ったのだが、想像していた反応とは全く異なる答えが返ってきた。
「水鏡の盾を使わなくてよくなったんですよ。申し訳ないんですが、急遽別の盾を作ってもらえませんか?」
申し訳なさそうにしつつも、嬉しそうな雰囲気が隠せていないセージに、ガルフは眉間にシワを寄せる。
「おい。必要つったから作ったんだぞ。いらねぇってどういうことだ?」
ガルフは疑問に少しの怒りを込める。
ガルフの鍛冶屋にいるメンバーであれば、品質の高い『水鏡の盾』を作ることはそう難しいことではない。
それでも素材集めや作製時間はそれなりにかかっていた。
セージが言うからには理由があるとわかっていても、簡単にいらないと言われると苛立ちもする。
「実はですね。ジッロさんが火属性無効の腕輪を作ってくれたんですよ」
「はぁ? それが作れねぇから盾が必要になるんだろ? そう言ってたじゃねぇか」
「そうなんです! 僕も知らない装備なんですよ! まさかこんな装備が作れるなんて、本当に驚きました! これが本物の創造師なのかって思いますね! でも、それで他の耐火装備が必要なくなってしまって……もちろんこの装備は買い取ります! 追加で別の装備をお願いします!」
頭を下げるセージをガルフはしばらく黙って見てから低い声を発した。
「すぐに作ってやる。何がほしい」
「ありがとうございます!」
ガルフの心の中にあったのは、自分自身への怒り。
ガルフは歯を食いしばりながら思った。
なぜ創造師になった今でも、セージから受け継いだ装備しか作ってこなかったのか。
なぜ新たな装備への模索を続けなかったのか。
なぜ自分は、セージの知る装備が全てだと思っていたのか。
(ガキの頃の方が未知の装備へ挑戦する気概があった。いつの間に俺は今に満足するようになってたんだ)
ジッロはセージすらも知らない効果を持つ装備を作ったというのに、自分はただ言われた装備を仕上げていただけ。
セージから聞いた装備を高性能で作るだけだった自分に苛立った。
限界を超えた攻撃力をもつ武器を作ることは誰にでもできることではない。
まごうことなき世界最高の鍛冶師である。
しかし、効果が変わる、装備の名前が変わるほどの変化はしていない。
ジッロの作製した『サラマンダーの腕輪』との差は歴然だ。
(不甲斐ねぇ! 何をしていたんだ俺はっ!)
ガルフは自分をぶん殴ってやりたい気分になり、拳を握りしめる。
新たな装備を作るという発想に至らなかったことが何よりも悔しかった。
その日、セージの依頼をこなし、夜中からガルフの挑戦が始まった。
そして、わずか数日で立て続けに作り出したのは『勇者の剣・炎』と『流星の剣』という二本の剣。
『勇者の剣・炎』は『勇者の剣・雷』の作り方を教わっていたため、今までの経験から適切な炎の素材を選んで作ることができた。
『流星の剣』は『星屑の剣』の素材を上位のアイテムに変えて作った。
この二つはただ素材を変えただけである。
もちろん適切な素材を見抜く力を持っている必要はある。
ただ、素材が見つからなくてまだ作っていない『勇者の剣・雷』を超える性能はない。
目指すのは最高の一振。
ガルフはこの程度のことで満足できるはずもなかった。
その中で試行錯誤して出来たのが『真・勇者の剣』。『勇者の剣』を超える剣を考え抜き、たどり着いた境地。
しかし、作り出した新たな武器は魔剣ではなかった。
『勇者の剣』にあった魔族に対してプラス20%ダメージという効果もない。
素材が限られているため、剣を鋳潰して魔法付与を試しているが、結局何も変わることはなかった。
(もうこの剣にこだわるべきじゃねぇか。なんといっても魔剣だ。魔剣じゃなきゃ意味がねぇ)
攻撃力は高いに越したことはない。
それでも『真・勇者の剣』より攻撃力の低い『勇者の剣・炎』の方が使い勝手がいいだろう。
もちろん炎耐性の高い相手に対しては『真・勇者の剣』の方が適しているが、それ以外の相手には『勇者の剣・炎』、相手が魔族であれば『勇者の剣』の方が総ダメージ量が大きいのである。
(しかし、それならどんな魔剣にするか――)
「ガルフさん! セージが来ました! やっぱり来ましたよ!」
ダリアがそう言いながら鍛冶場に入ってきた。
ダリアは二十歳を超え、盾の加工技術に自信を得たこともあり、少し落ち着いてきたものの、こういうときはテンションが高くなる。
(そうか、来ちまったか)
「やっぱりってなんですか? 来るって言ってましたっけ?」
ダリアに続いてスッと入ってきたのはセージだ。
「魔王が現れたから来るかなってね」
「なんかみんな僕が魔王と戦うのが当然って感じの反応なんですけど、別に戦いたいわけじゃないですよ」
「でも、戦うんでしょ?」
「まぁそうなんですけど。ガルフさん、お久しぶりです、ってほどでもないですね」
(自信を持って渡せるもんがねぇなんて鍛冶師失格だ)
眉根を寄せながらガルフは立ち上がる。
「よく来たなセージ。それほど良い武器はねぇんだが、見ていくか?」
「いえ、今回は依頼なんですよ。あっ、武器はあとで見せてくださいね。まずはこれで、勇者の剣・雷を作ってほしいんです」
セージが作業台に置いたのは、雷の模様が入った透き通る黄色の石である。
ガルフはそのアイテムをセージから聞いていたが、見るのは初めてだ。
「これが、あの雷の石か?」
「そうです。必要な素材がないから作れないと言っていたやつです。とうとう手に入れたんですよ。今は一つしかないんですけど、何本か作れますか? というか、ガルフさんなら勇者の剣・雷、作れますよね?」
「あぁ、当然だろ。それくらいならすぐに作ってやるよ。ただ、一つしかないなら二本しか作れねぇだろうな」
ガルフは『勇者の剣・炎』を作った経験からだいたいのことはわかるようになっていた。
セージは「うーん」と少し考えて答える。
「まぁ仕方ないですね。他にも素材があるんですよ。もし何かに使えそうなら使ってください」
セージが出したのはここ最近で得た魔物の素材だ。
特にインベット山脈では強力な魔物が多く、素材も珍しい。
ただ、セージも使い道がわからないものもある。
少し前までのガルフなら必要としていなかっただろう。
しかし、今は違う。
ウルツァイトゴーレムやダークボックル、レヴィアタン、神命鳥、神鳴鳥など、様々な素材を手にとってしっかりと確認する。
(こいつは、もしかしたら……いや、確実に、使える)
ガルフは今までの経験からわかってしまった。
これを使えば、確実に、理想とする剣が作れることを。
「えっと、ガルフさん? やっぱり使えないですかね?」
「いや、使える。使えるんだが、セージ。雷の石を別の武器に使ってみてもいいか? 他の素材も合わせて使えば、俺が今作れる最高の剣になるはずだ。試してみねぇとわからねぇ。せっかくの素材が無駄になるかもしれねぇ。けど、試してみてぇんだ」
「いいですよ。じゃあ楽しみにしていますね」
ガルフの願いに軽く即答するセージ。そのことにガルフは目を丸くする。
「良いのか? 本当にどうなるかわからねぇんだぞ?」
「もちろんです。でも、より良いものができるんですよね?」
「単なる勘でしかねぇ。できるかわからねぇもんに貴重な素材を使うってんだぞ」
セージはまた「うーん」と少し考えてから答える。
「僕は達人の勘って経験に裏打ちされたものだと思っているんですよ。しかも、この状況で言うくらいなら、それは確信と言えるくらいのものですよね? だから僕も確信していますよ。ガルフさんが勇者の剣・雷を超える剣を作るってことを」
セージの迷いのない力強い言葉。
ガルフの技術に対する深い信頼。
当然のように紡がれるその言葉に、ガルフは「そうか」と呟くように言う。
(これに応えねぇと世界最高の鍛冶師ガブリエール・ザンデルの名が廃る)
「セージ、明日の朝にもう一度来い。世界最高の一振を用意しといてやる」
「はい! お願いします!」
ガルフはセージの元気のいい返事を聞き、すぐに作業に取りかかるのであった。
この日、ガルフは一振りの剣を完成させる。
『英雄の炎雷剣』
それは、かつてガルフの父グレゴール・ザンデルが勇者のために打った剣を超える、世界一の名剣であった。
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