第220話 ビリーと飛行魔導船2
ビリーが王都に来たのは預かり所に預けていた物やギルドに届く手紙などを受け取るためだ。
一度王国から出ているので、その間の物は王都に保管していたのである。
セージは旧王都での魔王戦に向けて戦力を集めるという用事があった。
ただ、王都で声をかけるのは第三学園のメンバーや悠久の軌跡くらいしかいないが。
今回は魔王戦なので大規模な戦闘になる。
ある程度人数が必要だった。
そして、用事を済ませると、そこからまた飛行魔導船に乗ってラングドン領に向う。
ラングドン領都で一旦領主に挨拶してアイテムや装備を回収し、すぐにケルテットに飛ぶ予定だ。
出発してからすでに一日以上経ち、しばらくするとラングドン領都に到着するだろう。
龍の山とウラル山脈の間、龍の爪痕と呼ばれる谷を通過するときに、また戦闘をすることになったが、特に問題がない程度のことである。
ビリーはあと少しとなった飛行魔導船を堪能しようと甲板に出て、先頭で景色を眺めていた。
甲板は空気が冷えているものの、風がなければ寒くはない。
最初は落ちないかと心配になったが、飛行は安定感があった。
魔物に襲われてもセージたちがいればどうということはない。
山賊や盗賊に遭遇することもない。
馬車が壊れることもなければ、落石で動けなくなることもない。
旅の最後で優雅な空の旅になっていた。
「ビリーさん、良い眺めですよね」
「ぴょっ!」
急に後ろから声をかけられて驚くビリー。
振り返るとセージとルシールがいた。
「すみません。驚かせてしまいましたか」
「いえ! 全くもって問題ありません、はい、ささっどうぞどうぞ」
ビリーはセージとルシールの邪魔をしてはいけないと思って避けるが「せっかくなんで一緒に見ませんか?」と誘われる。
そう言われてビリーが断れるはずもない。
三人が並んで立つ。
「しばらくしたらラングドン領都に着きそうですね」
「ややっ、もうそこまで来ましたか。もしや、あれがラングドン領都ですか?」
「いや、あれはラングドン領都から少し北にある町だな。領都はもっと大きな町だ」
そう答えるのはルシールだ。
当然のことながらルシールはラングドン領に詳しい。
「失礼しました! なかなか上から見ることはないものでして……」
「そうですよね。僕もまだ正確にはわからないです。上から見たらまた違って見えますから。ケルテットも上から見たらこんな町だったんだ、って思いますよ」
「そうなんですねぇ。ケルテットを見るのが楽しみです。あっ、改めましてケルテットまで送っていただけること感謝しています」
「僕もケルテットには用があったのでちょうどよかったですよ」
そんなセージにビリーは目をぱちくりとさせる。
「ケルテットに用ですか? 何もないところですけど……」
「すごい装備を作ってくれる職人がいるんですよ。これから魔王戦なのでありったけの装備を用意しようと思うんです」
ビリーはうーんと首を傾げる。
今では町の誰もが知るほどガルフの鍛冶屋は有名になっているが、ビリーがいた頃はまだ有名にはなっていなかった。
「そんな職人がいましたかねぇ。そんな魔王と戦う武器を作るような…魔王? まさか魔王と戦うんですか!?」
「そうですね。クルムロフの襲撃を見て、やっぱり放置したら駄目だなって思ったんです。でも、みんなを巻き込みますし、ちゃんと準備して、万全の体制にした上で倒しに行こうと思っています」
ビリーはその
ただ、セージは正義感だけで動いているわけではない。
セージはクルムロフで見た戦いで衝撃を受けていた。
町が破壊され、騎士たちと乱戦になるその瞬間を見たのは初めてだったからである。
これを放置しておけないという気持ちになったので動き始めたのだ。
「だから商人のライラさんにも会いたかったんですよね。王都で少し探したんですけど会えなかったです。きっと良いものを売ってくれるはずなんですけど」
そこでビリーはふと思い出した。
ライラから受け取った商品があることを。
「そういえば、こんなものがあるんですけど、いかがですか? ライラさんを助けた時に『ちゃんと価値がわかるもんに売るんやで』と言われた物なんですけど」
ビリーが出したのは内部に雷のような模様が入った綺麗な石である。
それはライラから助けてくれたお礼にと押し付けられたものだ。
ビリーには価値がわからず、クロフト領について店を回ったが最大で小銀貨一枚だった。
ただの石としては破格の値段ではあったが、それで売るのもどうかと思い、ずっと持っていたのである。
「雷の石? えっ雷の石ですよね? ちょっとすみません、鑑定……雷の石だ! これをどこで、ってライラさんか! これ、売ってもらえますか!?」
「はぁ、もちろん構いませんよ」
「ありがとうございます! 金貨何枚くらいですかね?」
「ひょっ!?」
簡単に金貨を出そうとするセージにビリーは驚いて言葉を失う。
大銀貨以上になるんじゃないか、と考えていたのだが、最低金貨という値段設定になるとは思っていなかった。
「言い値で買います!」
「これにはそれほどの価値があるのか」
ルシールが驚きつつ石を眺める。
見たことがない石だが、石は石なので何が特別なのかはわからなかった。
「うーん、僕にとってはね。使い道は一つしか無いし、そもそも値段がないような物だから、どんな値段をつけていいのかわからないんだけど」
「宝玉と同じようなものか。よく珍しい品を持っているものだな。また願いを叶える方がいいのか?」
「うーん、どうだろう。ビリーさん、雷の石の代わりに何か叶えて欲しいことありますか? 別になければ金貨でもいいですよ?」
ビリーはそれを聞いて、ケルテットにいる常連のことを思い出した。
約十年旅を続けているので、常連がどうなっているのかよくわからない。
でも、生きているとしたらもう六十歳になるはずだ。
足の痛みに効く薬をよく出していたが、他にも不調を抱えているだろう。
それが緩和できるならいい。
そう考えて、ビリーは口を開く。
「千寿の雫をもらえませんか?」
「千寿の雫ですか? いいですけど、他にもいくつか良い薬を付けましょうか。さすがに作れる物と交換は釣り合ってない気がしますし」
「いえいえいえそんなことはありません! 千寿の雫は素晴らしい薬ですから!」
「いや、雷の石なんてどうやって手に入れるかもわからないようなものなんですよ?」
「千寿の雫もどうやって手に入れるかわからないものですよ!」
ビリーがそう言ったとき、セージがピタリと止まった。
「……たしかにそうだ。逆に、もしかして雷の石って作れる? 石系で作れる道具っていうと……」
なにやら考え始めたセージ。
戸惑うビリーに「気にするな」と苦笑するルシール。
この後、ビリーはラングドン領主に大事な客人として紹介され、さらに薬屋に千寿の雫を定期的に数本卸すことに決まるのだが、それはまた別の話である。
そして、ケルテットに着くとビリーの旅は終わる。
約十年の長い旅路。
様々なことが起こったが、無事旅を終え、ビリーはケルテットの町で静かに暮らすのだった。
となるはずだったが、実際は違う。
実はちょうど十年まであと約一ヶ月ほど足りない。
だからといって、何も問題はないはずだ。
けれども、運命はビリーを休ませてはくれなかった。
そう、ビリーの旅は終わらない。
ケルテットに着いて、セージと別れるとすぐに事件に巻き込まれることになるのだが、それはまだ先の話。
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