第219話 ビリーと飛行魔導船

 セージたちはクルムロフ戦の翌日、ミストリープに戻り、すぐに飛行魔導船で王都に飛んだ。


 そして、ビリーはセージに案内されて飛行魔導船内をあちこち見て回っていた。

 ずっと飛行魔導船がどうやって飛んでいるのか気になっていたのである。


 飛行魔導船は、木造船の上に楕円形のバルーンを繋げているような形が基本となっている。

 かつてグレンガルム王国にいた創造師アンゼルムは様々な飛行魔導船を造った。

 今回乗っているのは中期に造られた船だ。

 船は離着陸しやすいように船底が平らになっており、バルーンには小さな翼と尾翼が付いている。


 船内は貴族用なので豪華な内装になっていた。

 ただ、船の広さには限りがあって通路は狭く、多少揺れることから調度品はほとんど置いていない。

 護衛の騎士たちが使う部屋や会議室などもあるが、変わったところはなかった。

 飛んでいること以外あまり特徴のない船内をさらっと見て、船の上部、バルーンの内部へと進む。


 船とバルーンは梯子はしごで繋がっており、内部にも入ることができる。

 飛行魔導船内では、風の影響をほとんど受けないのだが、空を飛ぶ船の上で梯子を登るのはビリーにとってかなり怖い。

 足を震わせながらもなんとか登りきり、一息ついてバルーンの内部を見渡した。


「ほぁー、意外ですねぇ。ここって空洞なんですか」


「中央部分に魔石が設置されていますよね? あれ以外手を加えない方がいいらしいです、あっそこ破れるかもしれないので触らないでくださいね」


「はいぃ! 絶対に触りません!」


 ビリーはバルーンを触ろうとした手を瞬時に引っ込める。

 バルーンの内部には数人の船員がいて、魔石の操作やバルーンについている羽根や尾翼の調節をしていた。


「まぁ、ここも何もないですよね」


「いやぁ見ることができてよかったですよ。でも、真ん中に魔石がちょんとあるだけであとは空洞ならこんなに大きくする必要あるんですかねぇ。もう少し小さい方が使いやすい気がするんですけど」


 そんなビリーの疑問に、いずれ飛行魔導船を造ろうとしているセージが答える。


「実はこれ、体積が重要なんです」


「体積?」


「この空間の広さ以下の物しか飛ばせないってことです。なので、小さくすると小さいものしか飛ばせなくなります」


「ほぇー、そんな仕組みだったんですか。だからこんなに大きいんですねぇ」


 ビリーとセージがそんな話をしているとカンカンカンカンカン!と、けたたましい音が鳴り響いた。

 慌ただしくなる船内。

 セージは「船内に逃げてください!」と言ってするすると降りていく。

 ビリーはモタモタと降りていくと、遠くに飛行魔導船へ向かってくる魔物の姿が見えた。


(あれはっ、ドラゴン!?)


「レッドドラゴンの群れかな?」


「そうだな。ドラゴンの領域から飛んできているみたいだ」


「あっあの山! 龍の巣だ!」


(えっ? 龍の巣?)


 グレンガルム王国の中央にはドラゴンの住む高い山があり、その山の頂上付近は雲に包まれていることが多い。

 その山のことをドラゴンの山やドラゴンの領域と呼び、誰も立ち入らない場所として有名だ。

 ちなみに、龍の巣という呼び方はしない。


(それより、こんなところにレッドドラゴンがくるなんて……まさか……)


 ミストリープから王都に飛ぶ時、今まではまっすぐ飛んでいた。

 しかし、その航路にある旧王都に魔王がいる。

 そこで、今は少し南側、龍の山寄りの場所を飛んでいた。

 とはいえ、龍の山からかなり距離はあり、ドラゴンが飛んで来るはずもない。


(まさか……私がいるから?)


 ビリーは薄々自分の運の悪さを感じていた。

 そして、ラモーナ町長に言われた言葉によって、確信してしまったのである。


「この動き、私たちを狙っているな」


「そうだね。明らかに追いかけてる。うーん、どうしよっか」


 セージとルシールは特技『ホークアイ』を使って動きを確認していた。

 レッドドラゴンはまっすぐ飛んでいない。

 飛行魔導船と直交する方向に動いているため、まっすぐ進めばずれていくはずである。

 追いかけていることは一目瞭然であった。


「も、ももも申し訳ありません! 私のせいで!」


 頭を下げるビリーのことをルシールとセージは驚いたように見る。


「もしかしてビリーさん、ドラゴンを呼び寄せるアイテムとか持ってるんですか?」


「えっ? いえいえいえそんな恐ろしいもの持ってません!」


 なぜか目をキラキラとさせて聞いてくるセージにビリーはブンブンと首を振った。

 すると、なぜかセージは少しがっかりする。


「じゃあどうしてですか?」


「いえ、あの、私の運が悪くてよく魔物に襲われるんです。クルムロフでも言っていましたけど……」


「運が悪いから襲われたということか?」


 ルシールは本気で慌てるビリーに少し困惑した顔を向ける。

 運が悪いからドラゴンに襲われるという状況が信じられなかった。


「お、おそらくそうじゃないかなと……」


「そんなオカルトありえません」


「オ、オカルト?」


「ええ、レッドドラゴンとか中途半端ですし」


「中途、半端?」


(なにが……?)


「中途半端とはどういうことだ?」


 混乱するビリーの気持ちをルシールが代弁する。


「だって、それで来るならもっと強い魔物か、もしくはビリーさんの強さに合わせた魔物が来そうだし。正直レッドドラゴンを落とすのはそんなに難しくないでしょ?」


「ひょ!?」


 セージはゲームのイベントという強制力が働いている可能性を考える時もあった。

 しかし、よくよく考えると魔物の強さがちぐはぐなのである。

 死にかけるようなボスがいれば、秒単位で終わるボスもいて、その次は自分のレベルにあったボスだったりもする。

 ビリーが主人公だからかとも思って話を聞いてみてもそれに近いものがあった。


 ゲームであれば段階的に強くなるように仕向けられているはずだ。

 それがないのでセージはもっとリアルなものだと捉えている。

 だからこそ、超常的なことではなく、理由があるのだと考えるべきだと思っていた。


 ただ、ビリーはそんなことは全く知らない。


(あのっ、あのレッドドラゴンを落とす!? どうやって!?)


「まぁ、船にダメージを受けないように気を付けなければならないが、レッドドラゴンなら大丈夫か」


 ルシールは、今度はビリーの気持ちの代弁はしてくれなかった。


(えぇー! いや、あの、えぇー!!)


 でも、ビリーは何故!?という気持ちを口にすることはできない。

 ビリーがワタワタしている内に騎士たちが続々と集まっている。

 しかし、そこに緊迫感はない。


「ここで襲われるなんてな。下見てみろよ。巨大な湖だぜ」


「ほんとだ。こんなところで落としたら素材を回収することもできねぇな」


「来るなら地上に降りられるときにしてくれよ」


(えっ? あれっ? レッドドラゴンってレッドドラゴンで合ってる? もしかしてレッドドラゴンではない?)


 ビリーは混乱し過ぎてよくわからなくなっていた。

 そうしている内に皆呪文を唱え始める。

 そして、融合魔法の効果範囲にレッドドラゴンが入った。


「メイルシュトローム!」


(ぴょーーーー!)


 突如として現れた空中に渦巻く激流の嵐はレッドドラゴンさえ翻弄する威力を持つ。

 そんな光景をビリーは初めて見た。


「ヘイルブリザード!」


「テンペスト!」


(ぴぇーーーー!)


 しかし、半数近いレッドドラゴンはそれを抜けて襲いかかろうとしてくる。

 魔法の当たり方によってはダメージが小さくなるからだ。


(ぴゃーーーー!)


 ビリーは腰が抜けて動けず、語彙も消失していた。

 しかし、セージたちは慌てない。

 ルシールが指を弾いて、パチンッと軽やかな音が響く。

 その瞬間、ルシールが何かを遠投した。


(えっ? えっ? えっ?)


 そして、皆が顔を背けた瞬間、カッと迸る閃光。


(ひょあああ!)


 距離があっても届く強烈な光によってチカチカする視界。

 ビリーはそんな状態でもレッドドラゴンが暴れてちゃんと飛べなくなっているところから目をそらさなかった。


「ヘイルブリザード!」


「テンペスト!」


「メイルシュトローム!」


 その間に魔法の第二波が襲いかかり、レッドドラゴンの群れは壊滅。

 飛行魔導船は無傷で戦闘を終える。


「ふぅー、すみませんビリーさん。中に入ってもらっていたらよかったんですが」


 凄まじい戦闘後でも特に変わることのないセージに、半ば呆然として気が抜けながら答えるビリー。


「いえ、全然問題ありません、はい」


「船の案内も終わりましたし、調薬方法でも教えましょうか。僕ももう少し聞きたいことがありますし」


「あっはい、お願いします」


 夢を見ているかのような気分でふわふわとセージについていくビリー。

 セージとビリーはこの後お互いに調薬方法を教え合いつつ王都へ向かうのであった。


 ちなみに、ひそかにビリーは自分が教えた道具がレッドドラゴン相手でも通用し、戦いで活躍したことに胸を熱くしていたとか。

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