第218話 セージとビリー

「紫の宝玉って……これ、ですよね?」


「そうです! どうして貴方が? ルシール様、これは一体どういうことですか?」


「いや、これは……どういうことだ?」


 ラモーナ町長はビリーもルシールの仲間だと思っているので困惑していた。

 ただ、ルシールたちもビリーのことは逃げている時しか見ていないので全くわからない。

 皆の視線が集まり、ビリーは焦っていた。


「あのっ、ここここれは拾っただけです! 瓦礫の中にあるのを見て! その時に魔物に追われてルシール様とセージ様に助けてもらったんです! ほらっ瓦礫のところから逃げていましたよね!?」


「確かに瓦礫の方から逃げていたな。詳細はわからないが、それは保証しよう」


 ルシールの言葉にラモーナは少し考えてから答える。


「つまり、この方はルシール様と同じパーティーではなく、助けた者なんですね? それで、貴方は落ちていたそれを拾っただけだということですか?」


「そうなんです! これは盗ったとかじゃないんです! 信じてください!」


「ですが、神殿が崩れた後ということは危険な状況だったはずです。そんな時にわざわざ紫の玉を拾いに行くでしょうか? 拾いに行ったということは、それの価値を知っていたということですよね? どうして今まで隠していたのですか?」


「ええっ! 隠していたわけじゃないんです! 価値があるって知りませんでした! 似たような物を持っているので、なぜか拾わなきゃいけない気がして!」


「そんなこと、普通思いますか? 魔物が攻めてきている緊急事態ですよ?」


「魔物に襲われることくらい日常的なことですから!」


「そんな日常ありえません」


 必死に言い訳するビリーの言葉をバッサリと切り捨てるラモーナ。

 ビリーはそのことに驚いたが、ラモーナの言っていることが間違っているわけではない。


「そそそその、私は旅をしていまして、いろいろ巡っているとそんな危険なこともよくあるんですよ!」


「私も旅をしていましたが、通常の街道を通っている限り魔物に襲われることはほとんどありませんでしたね」


「……えっ? そうなんですか?」


「魔除けの香水を使えばいいですし、そもそもそんなに頻繁に襲撃を受けるような道を誰が使うんですか」


「ええっ? そ、そうですけど……えっ? 本当に?」


 ビリーは戸惑いを隠せなかった。

 ラモーナが嘘をついているようにも思えず、理由も納得できる。

 しかし、魔物に襲われることなど、よくあることだという常識をすんなりと捨てられなかったのだ。


「とりあえず、ここでは何ですので、騎士団の詰所でお話を――」


「ちょっと待ってもらえますか?」


 やっと目が回復してきたセージがラモーナ町長を止める。

 そして、少しかすむ目をビリーに向けた。


「似たような物を持っているって言いましたよね?」


「は、はははい! 持っています、持っていますとも! これです!」


 ビリーは慌ててゴロゴロと宝玉を袋から出した。紫、緑、橙、青、黄、赤、藍色の宝玉が並ぶ。

 それをセージは目を細めながら全て鑑定してみた。


(あれ? もしかしてこれ、全部揃ってるのでは?)


 これから集めるつもりだった七色の宝玉が目の前に揃っている。

 そのことになんとも言えない気持ちになった。


(ゲームが始まったと思ったら終わっていた感じ。というか、実はこの人が主人公だったの? 転移してきたから自分だとばかり思ってたけど自意識過剰だった?)


 なんとなく恥ずかしい気持ちになっていると、ラモーナがビリーに聞く。


「これらはどこで手に入れたんですか?」


「グレンガルム王国のいろいろなところで見つけたもので、あっ、黄色はライラって商人との交換ですけど」


「ライラ! ライラってあの!?」


 そこでテンションの上がったセージがまた割り込む。


「あの?」


「えっとターバンを巻いてて大きなリュックを背負ってて、関西弁、というかちょっと変わった話し方をする商人でしたか?」


「え、ええと、そうですかね? たしかこの宝玉をもらった時『たぶんそれめっちゃ大事なもんやねん。知らんけど』って感じで話してましたけど」


「やっぱり! ライラさんに会ったんですね!」


「お知り合いですか?」


「いえ! 会ったことはないんです! ライラさんとはいつ、どこで会ったんですか?」


 友人に会ったくらいのテンションなのに、知り合いですらないという事実に困惑を深めながらも、ビリーはちゃんと答える。


「数年前にクロフト領に入った辺りで会いました」


「えっまだグレンガルム王国にいますかね? 会えたらいいんですけど行き先とか――」


「セージさん、待ってください。まずはこの宝玉の話です。ここは町長として私が話します」


「ラモーナ、貴女ちょっと黙りなさい。セージが話してるのよ」


 セージの言葉を遮ったラモーナを、エヴァンジェリンが咎めた。

 騎士団長はそちらをギロリと睨んだが、ラモーナは目を見開く。


「エヴァンジェリン王女殿下! 何故このようなところに……!?」


「何? 私がここにいたらいけないわけ?」


「いえ、とんでもないことでございます。いつでも来ていただければ光栄です。何ももてなさず、申し訳ございません」


「いいのよ。ここのレストランの料理はなかなか美味しいわ。それより、ナイジェール侯爵の話を遮る方が良くないわね」


 ラモーナがぐるんと顔をセージに向ける。


「すみません、バタバタしていてつけ忘れていました」


 セージが今さらになって侯爵の証となる剣を腰につけている。

 戦闘の邪魔になるので普段は剣をつけず、町に入るときは気を使って着けたりするのだが、今回は緊急事態だったので忘れていた。


「ナイジェール侯爵閣下。先ほどは失礼いたしました。誠に申し訳ございません」


 ラモーナが深々と頭を下げ、騎士団長もそれに追随する。


「頭をあげてください。こちらもちゃんと伝えていなかったのが悪かったんですから」


「あと、ついでに第四王子もいるから」


 エヴァンジェリンが適当に言い、紹介されたアルヴィンはため息をつく。


「エヴァンジェリン、もう少し言い方があるだろう」


「ただの紹介だからいいでしょ。あと、ルシール・ラングドン子爵令嬢、はさっき言ってたわね。というか、こう並ぶと貴女、立場が弱いわね」


「エヴァたちが強すぎるだけだろう。私は自由騎士団の団長でいいんだ。それよりセージ、この宝玉は本物なのか?」


 王女に対してフランクに話すルシールにラモーナはギョッとしたが、何も口に出すことはなかった。

 騎士団長もすっかり黙っている。


「本物を見たことがないからわからないけど、たぶん本物かな。鑑定したら色以外全部同じ内容だったし、ライラさんが大事なものって言ってたから」


「ライラという人物はそんなに信頼できる者なのか?」


「そうだね。だから可能性は高いと思う。それで、ビリーさん、宝玉を売ってほしいんですけどいいですか?」


「いやいやいやいや、売るなんてとんでもないことです! 助けていただきましたし、これは拾ったようなものばかりですし、紫の宝玉なんてここの町のものですし!」


「紫の宝玉はそうですね。ラモーナさん、これいただけますか? 魔王の討伐に必要なんです」


 騎士団長は「魔王の討伐……!」と驚き、ラモーナも目を見開きつつ答える。


「是非ともお使いください。それに町を救っていただいたお礼としてお渡しする予定でしたので」


「ありがとうございます。ビリーさんも助けましたけど、だからといって全部もらう、というのも気が引けますね。拾ったようなものとはいっても重要なアイテムですし」


「もうそれはお気になさらず、全部お渡ししますので」


「でも、せめて買い取りでもしないと」


「いやっ、本当に大丈夫です! 魔王の討伐をしていただけるだけで十分ですから!」


 ビリーはセージの言葉にブンブンと手と首を振った。

 すると、ルシールが別の提案をする。


「じゃあ何か別の形でお礼をしてもいいんじゃないか? セージなら多くのことが叶えられるだろう?」


「たしかに、それでもいいね。ビリーさん、この宝玉をもらう代わりに何か叶えて欲しいことってありますか?」


 ビリーはそれを聞いて、ふと思い付くことがあった。


 数々の死線をくぐり抜け、多くの人々を助け、様々な発見をしてきたビリー。

 時には大金を手にすることもあり、お金に困ってはいなかった。

 困ったのは旅の序盤で詐欺にあった時から千年の森までと、他国でグレンガルム王国貨幣が使えなかった時くらいである。


 お金はあるに越したことはないが、別にそれで豪遊したいということはない。

 ビリーに散財するような趣味はなく、だからこそこの世界を旅するという酔狂なことをしていた。


 ビリーの夢は旅をすること。

 その夢はもう叶えてしまった。

 しかし、その中でできなかったこともある。


「飛行魔導船に乗ってみたいですねぇ」


 飛行魔導船に乗るためには貴族の許可が必要となる。

 ギルド長や大商人、上位の聖職者・冒険者などは比較的簡単に乗れるが、ただの旅人が利用することはまずないことだ。


 ビリーは子供の頃、飛行魔導船を見上げて、一度乗ってみたいなと思っていたことを思い出した。

 そして、侯爵ならもしかしたら、と思ったのである。


「飛行魔導船ですか?」


「あっ無理ならいいんです! そういえば乗れなかったなと思い出しまして!」


「いや、全然いいんですけど。ミストリープに置いてあるのでそこから飛びましょうか」


「ひょっ!?」


「また調薬技術を教え合いましょうね。宝玉の分、サービスしますよ。ところで、行き先はケルテットですか?」


「は、はい! でも、一度王都に寄るのでそこまで連れていっていただけたら」


「ちょうどいいですね。僕も用事があるんです。ミストリープから王都、王都からケルテットに飛びましょう」


「ひょー!」


 こうしてセージ一行とビリーは空の旅を楽しむことになるのであった。

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