第217話 クルムロフ

 セージたちは町で最も大きなレストランを貸し切りにして祝宴を開いていた。

 騎士の中には重傷者が出たものの、死者はゼロ。町は外壁の一部と象徴たる神殿が破壊されたが、それ以外の住居等に被害はなかった。

 戦闘開始後すぐに現れたセージたちの活躍があったからだ。

 それで、町長が手配していてくれたのである。


 乾杯のあと、ルシール、ギル、セージ、そしてビリーが一つのテーブルについていた。

 ビリーはセージに誘われて断るわけにもいかず、ここにいて良いのかと思いながら参加している。

 そして、セージとずっと調薬について話をしていた。


「なるほど。この光玉はフラッシュアイの素材を使うんですね」


「えぇ、目の奥に光る玉があって、それをドライで乾燥させて粉末にするんです。それと魔石の粉末を混ぜると光るんですよ」


「でもどうして投げた後で急激に光るんですか? 普通の光玉は強力に光らせてから投げて合図に使ったり、ぼんやり光り続けさせて照明にしてたりしますけど」


「よくご存じですね。乳鉢で細かい粉末にすることと触媒に鏡の魔物、ミラミラーの体を使っています。これで爆発的に光るんですよ」


「混ぜたらすぐに光らないんですか?」


「いえ、光ってしまうので、光玉は二層式になっていまして……こんな感じです」


「おぉー、こういう構造なんですね。これは何で出来てるんですか? 内側はゴム?」


「おおっ、本当によくご存じで。外側はグラッシの木の実です。グラッシの木の実はこうして回せば簡単に開けられるんですが、閉じれば硬くて、強い衝撃で粉々になるんですよ。しかもその破片が尖っていて、内側のゴムを弾けさせるという仕組みです」


「すごいですね。初めて見ました」


 興味深そうにビリーの出したアイテムを確認するセージ。

 セン茶の作り方をビリーに教え、その代わりに光玉の作り方を教えてもらっているのだ。


 というのも、セージはこの光玉の作り方を知らなかった。

 これは珍しいことであるが、そもそも歴代FSに光玉というアイテムは存在しないので当然である。

 煙玉はあるが、光玉、音響玉はない。

 というよりも、一般的に光玉といえば、光らせてから使うものであり、何かに当てて瞬間的に光らせるものではない。

 実はこれらのアイテムはビリー独自のものであった。


「作ってから時間が経つと不発になったりするので気をつけないといけないんですけどねぇ」


「それでもすごいですよ。よく考えられています」


(これは本当にすごい。構造がしっかりしてるし、アイテムじゃないのに効果的に使える)


 ビリーの光玉は鑑定しても光玉とは表示されない。

 しかし、魔物を怯ませるのに十分な威力を発揮する。

 セージにとっては驚愕の出来事だ。


(リアルだとこういうのもありなんだよな。でもこれ、創造師が作ったらどうなるんだろう)


 ビリーから原料を受け取って慎重に作る。

 そして、できた物を鑑定すると『瞬光玉』と表示された。


(うおー! きたっ! 知らないアイテム! なるほどなるほど、こういうリアル寄りのアイテムも作れるということか。魔物を捕まえる投網みたいなやつとかもあり?)


「ひょっ? 瞬光玉?」


 ビリーはセージが作った物を鑑定してして、目を丸くする。


「名前が変わったんですけど、効果はどうなんですかね。ちょっと試してみますか」


「えっ試すんですか?」


「よし、それなら私が受けてみよう」


 驚くビリーをおいて、話を聞いていたルシールが意気揚々と名乗り出る。

 ルシールとしてもセージが全く知らないアイテムというものに興味を持っていた。


「ルシィさんが受けるの?」


「お嬢、俺が受けますぜ」


「いや、至近距離で受けた時にどうなるかを知ることは大事だからな。皆! 今から新たな道具を使う! 準備するぞ!」


 ビリーは「えっえっ今ここで?」と戸惑っているが、騎士たちにそれほど驚いたようすはない。


「これは魔物を怯ませる強力な光を発するらしい! 直視しない程度に見ておけ!」


 騎士たちは慣れた手付きで机や椅子を移動させて場所を開ける。

 こういった余興はよくあることだった。


「じゃあいきますね!」


「よし、こい!」


 セージはルシールに向けて瞬光玉を投げた。

 瞬光玉が盾に当たると、パァン!という音が鳴り、カッと目が眩む光が店の中に満ちる。


(ぐぉっ! 目が、目がぁぁぁ!)


 セージは直視しないように目をそらしつつ輝きを確認しようとしていたのだが、破裂音を聞いて、つい光の方を見てしまったのである。

 そして、他にもそんな騎士たちがいた。


「くぅあ! これはやべぇぞ!」


「くっそいてぇ!」


「マジで目が見えねぇ!」


「目が、目がぁ!」


「見ちまったけど大丈夫なのかこれ!」


 目を両手で抑える者が続出する阿鼻叫喚の中、光玉の使い手として慣れているビリーが慌てて「大丈夫ですよ! 少ししたら視力が徐々に戻ってきますから! きっと!」と叫ぶ。

 ビリーが作ったより明らかに威力が高かったため、少し自信がなかった。


「大丈夫ですか!?」


「何が起こったんですか!?」


 外で警備をしていたクルムロフの騎士が慌てて入ってくる。

 店内が光ったと思ったら突然騒がしくなったからだ。


「余興をしていたんだが、少し威力が高かったようだ。気にしないでくれ」


 盾に隠れていたおかげで無事だったルシールが冷静に言いながら、苦しむセージをそっと椅子に座らせた。

 目を抑える者たちが多数いるのを見ながら、クルムロフの騎士たちは困惑する。


「は、はぁ。本当に大丈夫、なんですよね?」


「あぁ、しばらくしたら治るようだからな。騒がせてしまってすまない」


「いえ、問題ありません。余興中に失礼いたしました」


 騎士たちが出ていこうとしたところで、体格がよくて厳つい騎士と真面目そうで白髪交じりの淑女が入ってきた。


「これは、どういう状況だ?」


 困惑する厳つい騎士に対して、クルムロフの騎士が敬礼をして答える。


「英雄の皆様が余興を行っていたそうです! 問題はありません!」


「余興……こういうこともあるものなんだな」


 正確な状況はわからないにせよ、余興と言われれば納得するしかなかった。


「余興中にすまない。私はクルムロフ騎士団団長バリー・スペンサー。ルシール自由騎士団の団長はいるだろうか?」


「私が団長のルシール・ラングドンだ。よろしく」


「ラングドン? どこかで聞いたような……」


「ほう、ラングドン領のことを聞いたことがあるか。王国南端に位置している子爵領だから、この辺では知らないと思っていたぞ」


「まさか貴族様でございましたか! 失礼いたしました!」


「あぁ、今はただの冒険者だ。気にする必要はない。貴族令嬢という柄でもないしな。それよりも何か用があるのか?」


「私がお礼が言いたいと無理を言って来させていただきました。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。町長のラモーナ・ミストリープです」


 ラモーナは淑女の礼をし、ルシールは騎士の礼を返す。

 レストランを貸し切りにしたのは町長名義だったが、町長は事後処理を対応していてその場におらず、実際には別の者が対応していた。

 騎士団長も同様に忙しく、二人ともやっと一段落して挨拶に来られたのである。


「あなたが町長か。宴を開催してもらい感謝している」


「いえ、この程度のことは当然です。あなた方が来てくれなければ、この町はどうなっていたことか。本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げるラモーナ。

 貴族令嬢、しかも侯爵家のミストリープ家の者が頭を下げたことにルシールは少し驚きながらも答える。


「もう少し早く駆けつけていればな。重傷者が出てしまったことが悔やまれる」


 その言葉に今度は騎士団長が拳を握った。


「何を仰いますか! 死者が出なかっただけでも奇跡です! 我々騎士団全員が感謝し、伝説の英雄のごとき強さに憧れております!」


「騎士団長の言う通りです。私たちができることであれば、なんでもお礼をするつもりです」


 ルシールはお礼は特に求めていなかったが、ふとここに来た目的を思い出す。


「それなら一つお願いがあるんだがいいだろうか」


「ええ、何なりとお申し付けください」


「ここの神殿には紫の宝玉があると聞いたが間違いないか?」


「その通りです。魔除けの効果があるという伝説があり、神殿に安置していました。今となっては何とも言えないことですが……」


「いや、紫の宝玉は魔王に有効な可能性がある。譲ってもらうことはできるか?」


「そうしたいところなんですが……」


 ルシールの願いにラモーナは口ごもる。

 ちなみに、その話の最中、ビリーが「あっ」とか「えっ?」とか小さな声をもらしていた。


「どうしても必要なのだ。神殿に安置しているようなものをほしいというのも申し訳ないのだが」


 ビリーが「あの、それは……」と言いかけたところで町長が発言する。


「いえ、実は神殿が崩れて、紫の宝玉がまだ見つかっていないのです。暗くなったため明日再び捜索し、見つかり次第お渡ししますが、最悪の場合は砕けている可能性もあります。重要な物を守れず申し訳ございません」


 再びラモーナ町長が頭を下げたところで「すみません!」とビリーが叫んだ。


「紫の宝玉って……これ、ですよね?」


 ビリーが袋から取り出したのはまさしく紫色に輝く宝玉であった。

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