幕間と紹介

第212話 温泉町ロージン

「それにしても意外と旨かったよな」


 ブレッドがサクサクと歩きながら言った。

 セージたちは水龍の迷宮を抜け出して、順調に山を下りているところだ。

 時間の都合もあり結構な早足である。


「あぁ、ドラゴンとは味が全然違うところも意外だったぜ」


「どっちかっつーと魚系の魔物だなあれは。ほらクロフト領で食ったあいつみたいな」


「あーはいはい、あれだろ? えーっと、あれあれ、あの、キング……」


「ウツボキング?」


「そうそれ! あいつに似てるよな!」


 ブレッドたちは冒険者としての活動のため、様々な場所に行っていた。

 グレンガルム領は海に面していないが、クロフト領にはオデレイテ川がある。

 そこでは川で捕れた魔物をよく食べていた。


 ウツボキングもその一つである。

 見た目では予想がつかないほど旨味があり、巨大なので量も取れるが、保存がしにくいためクロフト領以外では出回っていない。

 そんなブレッドたちの話にセージが加わる。


「というか、ドラゴンとかウツボキングとか食べたことあるんだ。いいなぁ」


「セージはないのか? むしろ意外だな。ドラゴンとか食べてそうだぜ」


「実は食べた魔物の種類って少ないんだよね。王都では食べてもブル系が多いし、ケルテットの周りだと結局ホーンラビットかワイルドベアかって感じだし」


「そういやセージは冒険者歴短いもんな」


 そこで後ろからルシールが話に入ってくる。


「この前の迷宮では食べたじゃないか」


 ルシールが言ったのは大樹の迷宮のことだ。

 逆に言うとセージが変わった魔物を食べたのはそこぐらいしかない。

 そもそも、食料はちゃんと持って探索に出ているし、基本は日帰りだ。


 それにランク上げをするので自分のレベル以上の魔物を相手にしている。

 その魔物をHP0にしてさらに逃がさずに倒し、それを運んで解体して……となると手間がかかりすぎて本末転倒だ。


 インベット山脈ではフォルクヴァルツで供給ができる。

 一応小屋で寝泊まりするので時間があり、近くでゴールドゴートやフルメタルボアが現れるため、その場で調理することもあったが、それはさほど珍しい肉という感じはなかった。


「まぁあの迷宮ではね」


「へぇ、どんなの食ったんだ?」


「マンドラゴラとかメガラフラワーとか?」


「名前じゃどんなやつかわかんねぇけど」


 基本、高レベル帯の魔物の名前は把握されてない。

 名前で伝わるのはセージと一緒にいた者だけだ。


「えっと、根っこの魔物と花の魔物、あと茸とワームかな」


「何でわざわざそんなもん食ってんだよ」


「そんなもんって何だよ。ワームは旨いじゃねぇか」


「そこはいいだろ、ブレッド」


 フィルが急にワームをフォローするブレッドに突っ込んだ。

 セージはそれに笑いながらも答える。


「まぁワームは美味しかったけどね。わざわざ調理してたのは、迷宮に閉じ込められて出られなかったからなんだよね」


「迷宮に閉じ込められた?」


「それでボスが強すぎて倒せないからレベル上げしようってなって食料が足りなくてさ」


「マジでヤバいやつじゃねぇか!」


「その時に食べたんだけど茸がかなり美味し――」


「ちょっと待て! 味はいいから、その時のこと詳しく教えてくれよ!」


 セージのパーティーですら倒せないボスがいる迷宮で、閉じ込めてくるタイプがある。

 それは恐怖でしかない。

 ブレッドたちにしてみると完全に詰み、である。

 魔物食などどうでもよくなるような衝撃の事実だった。


 そんな話をしながらも山を下り、暗くなった頃にロージンにたどり着く。


 ロージンは山の崖を背にして作られた温泉町。崖からは龍神の滝が流れ、町は頑丈な木製の壁で囲われている。

 大きな門は閉まっていたが、その横の入口の扉をノックすると若い兵士が開けてくれた。


「冒険者か? ほら早く入れよ! こんな時に暗くなるまで外にいてどうすんだ!」


「こんな時、ですか?」


「おいおい、もしかして魔王のこと知らねぇんか?」


「魔王が出たんですか?」


 セージがのんきに言うと兵士が目を丸くする。


「っかー! とりあえず、全員この部屋に入ってな!」


「ちょっと魔王の話聞きたいんですけど」


「あとで! とりあえず部屋!」


「でも僕こう見えて――」


「だから部屋にぅっ!」


 入れと言いかけた門番の頭に拳骨が落とされる。

 騒がしいので駆けつけた先輩の門番だ。


「急になうぶっ!」


 何かを言おうとした若手門番の顔を正面から叩いた先輩門番は頭を下げる。


「申し訳ありません。そちらをお見せいただいてもよろしいでしょうか」


「はい、セージ・ナイジェールです」


 セージは侯爵の勲章と短剣を見せる。


「……セージ・ナイジェール侯爵閣下。この度はこのようなところにお越しいただきありがとうごさいます。そして、先ほどは誠に申し訳ございませんでした」


「見た目がそれっぽくないので間違えますよね」


 セージはにこやかに答えるが、それについて門番としては肯定も否定もしにくかった。


「いえ、そんなことは……。えー、この者はまだ新入りの門番でして、私が別件で離れている間にこのようなことになってしまいました。処罰は受け入れます。ですが、何卒寛大な処分をお願い申し上げます」


 そう言って深々とお辞儀をした。

 門番は貴族や大商人などと受け答えする機会があるのも特徴だ。

 特に温泉町ロージンはその機会が多い。

 謝罪の仕方の例文があったりするくらいである。


 それに、大きな町と言える規模になってくると、だいたい門番は貴族に仕える騎士か兵士だ。

 それほど酷い処罰にはならないだろうと考えていたが、ヘンゼンムートは伯爵領。

 侯爵よりかは地位が低い。


(これって何か処罰を考えないといけない感じ? めんどく……あっそうだ)


「じゃあ、今から十八人泊れる宿の中で、一番良い宿探してきてください」


「……寛大なお心に感謝いたします。走れ!」


「はいっ!」


(人に雑用を頼んで感謝されるとか……)


 脱兎のごとく走り出した若手門番を見送り「あと、魔王の話が聞きたいんですけどいいですか?」と尋ねる。


「それでしたら町長を呼んで参ります。まずはこちらでお待ちになってください」


(そうか。町長より偉いのか)


 町長のところへ連れていってくれるのかと思えば、別の者を走らせて町長を呼びに行かせ、セージたちはちゃんとした部屋で待つことになった。


 こうして魔王の話を聞き、宿に向かうセージ御一行。


「何だか貴族感がすごい。慣れないね」


「セージは貴族になったばかりだからな。無理に慣れなくても良いとは思うが、相手は貴族に対応する気持ちでいる。その事を覚えているといい」


「うん、そうだね。でも、ロージンについて少し詳しくなれたよ。最近見つかったビリーの湯。時間があるときに行ってみたいね」


 町長から魔王について大した話は聞けなかった。

 ただ、せっかく町長に来てもらって、知らないなら帰れと言うのもどうかと思い、ロージンの町に対していろいろと聞いていたのである。


「侯爵様は温泉が好きなんですか?」


 そう聞くのは若手門番だ。

 セージが若手門番に連れていって欲しいと頼んだので先頭を歩いてくれている。


「まぁ、好きですね」


 セージは特別温泉が好き、と言うほどではないが、前世では出張の時にあえて温泉付きのホテルを選ぶくらいには好きだった。


「それはよかったです! 本日はロージンで最高級の温泉宿『アダマンタイトの湯』を選びました!貸し切りでお楽しみください!」


 貴族や大商人もロージンには多く訪れ、普段は盛況だ。

 しかし、魔王が出現した今、特に貴族や大商人は温泉に来ている場合ではない。

 ちょうど誰も宿に泊まっていない瞬間だった。


「へぇ? 貸し切りですか。それはいいですね」


「大温泉だけでなく、ここでも珍しい桃色温泉なんてのもあります! あと、もちろん男性向けの、えー接待が、その……」


 パーティーの中に女性がいたことを思い出して、言いよどむ若手門番。

 キムは三度頷き、セージはやんわりと答える。


「僕には婚約者がいますからね」


「失礼しました! あのっ、家族用とか二人用の小さい温泉もありまして、もしよろしけぶぅ!」


 後ろでついてきていた先輩門番が前に来て拳骨を落とす。


「本当に申し訳ありません」


「いいですから、とりあえず行きましょう。それに小さな温泉もいいなって思いましたし」


「……一緒に、入るのか?」


 少し驚いたように聞くルシールにセージは「えっ?」っと驚き、その反応にルシールは「んっ?」と首を傾げる。

 セージとしては小さい温泉でも一人で入った方がリラックスするかもしれないと考えただけで、二人で入る用とは思っていなかった。

 セージは少し考えて答える。


「まぁそれありなのかな?」


「……いや、この件は後で話そう」


 周囲が聞いていることもあり、先送りにするルシール。

 そのセージ御一行の最後尾では、メリッサに肘でつつかれたニックが、キースに話しかける。


「キースも二人用温泉使ってみたらいいんじゃねぇか?」


「俺は大浴場に入る」


「何でだよ。いい機会じゃないか。二人ってことだし、アン――」


「ニック、温泉はそんなに軽々しいもんじゃない。団長とセージさんは婚約者だからいいんだ。俺はそうじゃない。ルシール自由騎士団の騎士として、俺は大浴場に入る」


「わかってるよ。ちょっと言ってみただけだって。やっぱキースはそうだよな」


 アンナはキースのそういう固いところも魅力に感じているので、それはそれでありだった。


 そして『騎士の誓い』リーダーのクリフは、一人そんなことに気が付かないまま、温泉を楽しみにしているのであった。

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