第211話 魔王の領域
「ブレッド! マイルズ! フィル!」
「クリフー!」
セージたちは魔除けの香水を使って走っていた。
セージはレベル90。
少し山を降りれば喧嘩を売ってくる魔物はいなくなる。
ただ、探索隊の正確な場所はわからない。
神鳴鳥を倒した時にはすでに狼煙が消えていたからだ。
名前を呼びながら進むしかなかった。
「トニー! キム!」
「アンガス! ロブ!」
探検家の特技『ホイッスルボイス』『ラビットイヤー』『ホークアイ』を使いながら、ぐんぐんと進む。
「戦いの跡がある。ここは通ったはずだ」
「この崖なら……いったん下りて、回り込もうとするはずだ。そっちに行くぞ!」
ウォルトやニックが足跡や戦いの痕跡を探し、ギルとダンカンが進みそうなルートを選ぶ。
こんな道ともいえない所を通る冒険者はいないはずなので、ちゃんと近づいているという確信はあった。
(でも、何が起きたのかわからないところが怖い。英雄が揃っていてこの辺りの魔物に負けることはないと思うけど、だからこそとんでもない異常事態が起きたってことかもしれないし……)
そこで遠くから「セージ!」と声が響く。
セージはすぐにそれがマイルズの声だとわかった。
「マイルズ! どこ!?」
「こっちだ! 穴に落ちてる!」
「えっ!? 穴!? みんなは!?」
セージの頭の中で突如落とし穴に落ちるマイルズの映像が流れる。
ただ、誰もいないような山の中で落とし穴があるとは思えない。
それに、穴に落ちた者がいたら普通は助けるだろう。
「全員いるぞ!」
「全員!? 穴に!?」
今度は次々に落とし穴に皆が落ちていく映像が頭の中を流れるが、その状況は不自然極まりない。
どういう状況になれば全員が落ちるのか、セージは頭を悩ませる。
「そうだ! 出られねぇんだ!」
(しかも出られないの!? どんな穴!?)
英雄となったマイルズたちの身体能力は高い。
しかも、ラングドン流剣術『ムーンサルト投げ』を見たばかりだ。
それをもってしても出られない穴の想像がつかなかった。
「とりあえず、すぐに向かうよ!」
「急がなくても大丈夫だ! ゆっくり来てくれ!」
(急がなくてもいいの!? 狼煙はなんだったわけ!?)
狼煙は三種類ある。白、赤、黒の三色だ。どれもベースが白煙なので、赤っぽい白、黒っぽい白にはなるのだが。
伝える内容によって色を変えており、緊急性がなくなったりしたら、黒の狼煙を上げるはずだった。
困惑したままセージたちは声のする方に走り、マイルズたちの荷物、そして、穴を見つける。
「マイルズ! 大丈夫……あれっ? これどういう状況?」
解体された龍が横たわり、マイルズは薪に火を付けようとしているところだった。
「セージ! 来てくれて助かった!」
「えっ? うん、無事でよかったけど……」
「すまねぇ、セージ。心配かけちまったな。狼煙が穴の外にあって取れなかったんだよ」
申し訳なさそうにするブレッド。
緊急事態で狼煙を上げることになったが、その緊急事態のきっかけはブレッドが落ちたからだ。
戦闘中で仕方がなかったとはいえ、セージのランク上げの邪魔をすることになってしまったのを悔やんでいた。
ただ、ブレッドの手には解体用ナイフがあり、その隣のフィルの手には串に刺さった肉がある。
そして、周りには調味料が置いてあった。
セージはそれを見て叫ぶ。
「そんなことより、めっちゃ楽しそうじゃん!」
「えっ? あぁ、これか。いや、遊んでた訳じゃねぇんだぜ!?」
ブレッドはふと手元や周りを見て、慌てて言い訳する。
「できることねぇし、来てくれたら食べてもらおうかと思ってたんだって! ほんとだぜ! 俺らは上から出れねぇんだよ!」
「ここなら登れるでしょ!?」
「ボスの領域があるんだって!」
「えっ!? ボスはどこ!? それじゃないの!?」
ボスという言葉に少しの緊張が走る。
出現する魔物のレベルが少し低い場所ではあったが、初見のレイドボスなどが出現したりする場合もあり、油断はできなかった。
ブレッドは足元で解体中の龍を見て言う。
「……こいつがボスだな」
「もう、倒してんじゃん!」
「そうだけど、理由があるんだって! そうじゃないとわざわざこんなところで調理しねぇだろ!」
「じゃあさ、その薪とかはどこから取ってきたの?」
「こいつは……この迷宮から出たら森になっててよ」
「外に出てんじゃん!」
「そうなんだけど、違うんだって!」
「違うってなにが!?」
「ちょっと落ち着けセージ。まずは話を聞こう」
ルシールが珍しくヒートアップするセージに対して冷静に言った。
皆をインベット山脈に連れてきたのはセージである。何かあったらどうしようかと心配していたのだ。
それが全員楽しそうにしているのを見てホッとしたこともあり、テンションがおかしくなっていた。
「最初から話すと、ここまで来たときには巨大なゴーレムがいてな……」
ブレッドがここまでの経緯、ゴーレムに襲われて崩落に巻き込まれ、ボスの水龍に襲われて出られなくなったことを話し始める。
水龍を倒した後、上から外に出られなかったブレッドたち。
セージたちが来る可能性があるためそこから動くわけにはいかないが、ここから出られないことに対して調べる必要もある。
そこで、その場に待機する水龍解体チームと洞窟探索チームに別れて行動することになった。
洞窟の探索は格下の魔物しか出現しなかったため、出口まで特に問題なく進んだ。
そして、そのまま普通に外に出られたのである。
ただ、外側から山を登っていこうとするとまた領域に阻まれた。
荷物を回収することができないが、山を下りて町の方に行くのは阻まれない。
ただ、狼煙を上げたからには、先に町へ移動するわけにもいかなかった。
そこで、
「で、思ったより早く来たからまだ調理はできてねぇんだよ」
「それはいいんだけど、結局どういうことなんだろ。ボスの領域が消えないって」
「セージでもわかんねぇのか」
「なんでも知ってるわけじゃないからね」
ブレッドは「そうだけどよ」と答えたが、釈然としない顔だ。
孤児院時代に一緒の時間を過ごしていたが、その時からセージはおかしかった。
なんでも、というわけではないが、不思議なことが起きたら、セージが知っている気がしてしまう。
「もしかして、魔王か?」
ルシールがふと呟く。ルシールはセージから魔王が現れる予想を聞いていた。
魔王の出現のタイミングが今くらいだと思い出したのである。
「セージ、魔王がグレンガルム王国で今年に現れる可能性が高いと言っていたよな?」
「そうだね。そろそろだとは思ってたけど」
「魔王なら一つの国全てが領域になるはずだ。この洞窟から先がグレンガルム王国になるんじゃないか?」
「魔王の領域ってあるんだ。王国全域ってすごいというか、どうやって王国って判別するんだろう。それにしても、領域があるって……なるほど。そういうことか」
セージはこの世界に来て気になっていたことがあった。
FSは一つの国で終わることが多い。世界は繋がっているにも関わらず、である。
シリーズによっては過去作の国に行くことができたりするが、基本は国から出られない。
でも、実際に生活してみると当然のことながら他国に行くこともできる。
なので、今まではゲームの仕様上行けなかっただけなのかと思っていた。
しかし、ゲームの場合は始まった時点で魔王がいる場合が多く、魔王によって国に領域が形成されるなら出たくても出られなかったのではないかと思ったのだ
(山も登ればいいし、森も道を無視したらいいし、飛行魔導船で飛べば川でも谷でも越えられるし。ゲームではそれをやりたくてもできなかったってこと? まぁ全てがゲームの仕様に合っているわけではないだろうけど、一つの考え方としてはありかも)
「セージ、どうしたんだ?」
「いや、そういうことがあるんだなと思っただけで、また今度話すよ。さて、じゃあみんなで下りて、まずは食事にしよっか」
「いいのか? 領域内に入って」
「ランク上げは一旦終了にしないと回復薬が足りなくなるだろうからね。結局は一旦下りないとどうしようもないし、このまま別行動するのもどうかと思うし」
神鳴鳥との戦いは安定していたのだが、HP回復薬をかなり使用した。
HP回復薬は使う頻度が低いため、ストックが少なく、半分以上なくなっている。
そんな状態でランク上げはできなかった。
「それに魔王が出現したとしたら放置するわけにもいかないしね。まぁ、今回の魔王は大したことがないだろうから、もう王国の勇者部隊が倒しに行ってるかも知れないけど」
「勇者部隊で倒せる程度なのか」
「まぁレベル70の部隊で倒せないことはないだろうね」
ラスボス、裏ボス、隠しボス。
オンラインでなければ、FS4以降はほとんどこの設定であった。
そうすると、ラスボスの攻略レベルはそれほど高くない。
セージは、この世界のレベルが50以下になっていたことも含めて、ラスボスの攻略レベルは60から70程度になるだろうと予測していた。
そもそも、公式で王国最強の部隊は勇者部隊。レベルは高く、相当強い。
ルシール自由騎士団が強くなりすぎているため弱く感じるが、実際のところはインベット山脈山頂など特殊なところに行かない限り負けないといえる程強いのである。
「それなら問題ないか」
「まぁ何が起こるかわからないし、まだ魔王の出現って決まったわけでもないからね。とりあえず食事をしたら、町に下りて王都に向かおうか。あと、その龍のことなんだけど」
「こいつがどうかしたか?」
「攻撃パターンとそのダメージとか、どれくらいの攻撃で倒したかとか、その辺を教えてくれる?」
セージは料理中も食事中も水龍レヴィアタンについて聞き、特に一手に攻撃を受けていたブレッドを質問責めにするのであった。
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