第210話 水龍戦

「ブレッド!」


 湖に引きずり込まれそうなブレッドの腕をフィルが掴む。

 そして、マイルズがフィルをつかんだ。

 しかし水で濡れた地面に足をとられ、レヴィアタンの引く力に対抗できない。


(このやろう!)


「サンダーブレード!」


 ブレッドは噛みつきによる継続ダメージを受けながら、体を捻りつつ特技を発動する。

 しかし、無理な体勢からでは、大ダメージとはいかない。


(ちっ! クソが!)


 全員で落ちるわけにいかないため、ブレッドはフィルの手を振り払った。


「ブレッド!」


 ブレッドは湖に落ちる寸前で噛みつかれたまま跳躍し、剣を両手で持つ。


「サンダーブレード!」


「サンダーボルト!」


 ブレッドの特技と同時にトニーの魔法が発動。

 その攻撃に怯んだレヴィアタンはとうとう口を開き、ブレッドは蹴りあげるようにして口から脱出。

 再びドボンと湖に落ちた。そこにレヴィアタンもドバンッと落ち、その水流に巻き込まれる。


(クッソやべぇっ!)


 水流に翻弄されながら水中でもがいた。

 急いで湖から脱出しないと、噛みつかれたら終わる。

 水流、噛みつきの攻撃に加えて『サンダーボルト』に巻き込まれていた。さらに湖による継続ダメージ。

 HPがガリガリと削られていく。


 ブレッドはぷはっと何とか頭を水面に出した。髪をかきあげ陸地を確認。

 泳ぎながらHPを確認し、どんどん減るHPに焦る。

 しかし、湖の中では魔法を使うどころか回復薬を使うこともできない。


(急がねぇと……来やがったな!)


 ブレッドは水中から迫るレヴィアタンに気づく。

 陸地に向かって泳いでいたが、レヴィアタンが起こした波と、重く抵抗がある装備が邪魔をして思うように進まなかった。


(マジでこれは――!)


 ブレッドは視界の端にあるキムのパーティー申請に気づく。

 許可を出した瞬間に『フルヒール!』が発動して全回復した。


(助かる! けど、早く上がらねぇと!)


 ブレッドはレヴィアタンの噛みつきに剣を合わせる。

 しかし、レヴィアタンはそれを水中で巧みに避け、尻尾がブレッドを叩いた。攻撃に気づいたときには防御が間に合わず直撃する。

 水中戦は分が悪い。


(くそっ息が!)


 仲間が回復してくれるためHPに問題はなくなったが、HPがあろうと水中で息ができるわけではない。

 水面に向けてもがく。


(陸地に上がらねぇと!)


 ブレッドは水中から顔を出して息継ぎをした。すると目の前には陸地がある。

 尻尾の攻撃によって陸地のそばまで流されていたのだ。


(よっしゃあ! これで――!)


 ブレッドが陸地に登ろうと岩を掴んだ瞬間。レヴィアタンが噛みついた。


(しまった!)


「ロックブラスト!」


「サンダーボルト!」


「フルヒール!」


 上がってきたレヴィアタンに攻撃魔法が刺さった。

 しかし、少し怯んだもののブレッドを放さない。


(このっ! こいつっ!)


 ブレッドはレヴィアタンを蹴りながら必死に崖にしがみつこうとするが、しっかりと掴めるような場所はない。

 グッと引かれると陸地から手が離れた。


(マジでやべぇっ……!)


 焦っても水中でレヴィアタンに引かれる力に対抗することはできない。


 ブレッドは陸地に向けて手を伸ばした。

 それは目的があってのことではなく、とっさに伸ばしてしまっただけのこと。

 掴むものがあるとは思っていない。


(えっ?)


 だからこそブレッドは驚いた。

 沈みゆく自分の手が掴まれたことに。


(マイルズ!)


 ガッシリと掴んだ相手はマイルズだ。

 そのことに喜び、困惑、疑問、様々な感情が綯交ないまぜになる。


(これじゃあどうしようもねぇだろ!?)


 マイルズは湖に飛び込んでブレッドを掴んだのだ。

 二人になろうと、水中でレヴィアタンに対抗するのは無理である。

 さらにマイルズがブレッドの軽鎧けいがいを掴んだと時、グンッと水面に向けて引かれるのがわかった。


(なんだ!? どうなってる!?)


 マイルズは泳いでいるわけでもなく、ブレッドの手と装備を必死に掴んでいるだけだ。

 混乱しているうちに、マイルズが引き上げられて、ザバッと水面から出る。


「引けぇ!!」


「うぉおおりゃぁぁあああ!!」


 その瞬間に全員が一気に縄を引き、一番前にいたトニーが釣り上げるように持ち上げる。

 マイルズが掴んだブレッド、ブレッドに噛みついたレヴィアタンが宙を舞った。


(そういうことか!)


 マイルズの体には縄が巻き付けられており、それを皆が引いていたのである。

 そのままマイルズとブレッドはへレヴィアタンごとズシャァと地面に投げ出された。


(いてぇ! けど助かったぜ!)


「フルヒール!」


 回復魔法がとぶと同時に、トニーが「かかれ!」と叫ぶ。


「サンダーブレード!」


「サンダーブレード!」


「サンダーブレード!」


 釣り上げられてジタバタとしているレヴィアタンへ一斉に飛びかかり『サンダーブレード』を連発した。

 レヴィアタンはその集中攻撃にひるみながらも、体を回転させて尻尾で攻撃。

 さらに湖の中に潜り込みながら尻尾を叩きつける。


「Lieru ventus mutatio siccare ad tu、ドライ」


(次は気を付けねぇと。あいつ、俺にばつかり攻撃しやがって……)


 体を乾かしながらブレッドはふと気づいた。


(俺が狙われてる?)


 レヴィアタンは湖から顔を出すと、水流をまたブレッドに放出する。


(やっぱり俺を攻撃した)


 疑問が頭を巡りながら、ブレッドは先程と同じように避けた。

 最初に狙われたのはわかるが今は違う。明らかに周りの者の方がダメージを与えていたり、回復魔法を使ったりしている。

 それに対してブレッドは攻撃しているものの、大きなダメージを受けており、ヘイトは低いはずだった。


(なぜ俺を狙うんだ?)


 レヴィアタンは再び噛みつき攻撃を繰り出す。

 狙いはブレッドだ。

 しかし、噛みついてくるとわかった上で注意していればどうということはない。


(もう当たる気はねぇけど、俺を食うつもりじゃねぇだろうな。俺は旨くもなんとも……んっ?)


 ブレッドは保存食のワームのことを思い出す。

 シートン領の後に行ったクロフト領では、ワームを使って魚系の魔物を釣り上げるという話だ。

 レヴィアタンは魚ではなく龍だが、水中に住んでいるところは同じである。


(まさかな……)


 考えてみると噛みついてきていたブレッドの腰あたりにはワームの干物が下げられていた。

 ブレッドは一瞬迷った後、マイルズが着けていた縄を探す。


 もちろん戦いにも目を向けている。

 レヴィアタンは尻尾を叩きつける攻撃を放った。それをブレッドは横飛びして避ける。

 その尻尾に対して皆の『サンダーブレード』が殺到。

 すぐに逃げていったが、大きなダメージを与えた。

 その間にブレッドは縄を自分に巻きつける。


「ブレッド! なにやってんだ!?」


「俺がおとりになってみる! 噛みつかれたら綱を引いてくれ!」


「囮って大丈夫なのか!?」


「当たり前だろ! こんだけ力自慢がいて引き合いに負けるわけねぇ! 信じてるぜ」


 水流に尻尾なぎはらい、波起こしなどを使い、再び噛みつきがきた。


(今度は捕まえてやるぜ!)


 ブレッドは左手に盾とワームの干物が入った袋を持ち、右手はがっしりと岩を持つ。


(来い!)


 レヴィアタンはブレッドの予想通り左手に噛みついた。

 ブレッドはそれに動じず、ダメージを受けつつも動かない。


(逃がさねぇ!)


 マイルズ、フィル、クリフが綱を引き、ブレッドは右手で地面の突起をがっしり掴む。

 そして、トニーパーティーはレヴィアタンの引く力に耐えられていることを確認してから襲いかかった。


「サンダーブレード!」


 隙だらけの胴体をガンガン攻めて滅多打ちにする。

 その一撃一撃が強烈。レヴィアタンは怯んでブレッドを放した。

 そしてグルンと半回転しながら尻尾を振り回す。

 皆はそれを避けたり防御してやり過ごし、さらに攻撃を加えた。

 尻尾を打ち付けて逃げ出すレヴィアタン。


(よし! この手は使える!)


 ブレッドもダメージを負うが、レヴィアタンに与えるダメージを考えれば問題ない程度だ。


 レヴィアタンは他の遠距離攻撃を使いつつ、何度も噛みつき攻撃をしては大ダメージを受ける。

 そして、とうとう十回目の噛みつきでレヴィアタンは「ギョアアアア!」と断末魔をあげて力なく倒れた。


 それでも皆、油断せずに武器を構えたままだ。

 トニーが洞窟の入口に寄って、手を伸ばす。

 ボスの領域に遮られることなく、その手は通路側に入った。


「討伐完了だ!」


「よっしゃあ!」


「意外と余裕だったな!」


「何言ってんだよ。湖に落ちたときはどうなるかと思ったぜ」


「ありゃ間一髪だったな。いい判断だった」


「あの状況で囮作戦が使えたのはすげぇよ」


 全員が喜び、健闘を称え合う。セージがいる時とはまた違った雰囲気であった。


「よし、早く討伐を狼煙で知らせねぇとな。俺らは大丈夫だって」


「そうだな。気づいてこっちに急いでるかもしれねぇ」


「それじゃあ一旦全員登るか。ここからこういってそこを登る感じか?」


「そうだな」


 ブレッドが「よっしゃあ、いくぜ!」と気合いを入れてスルスルと登っていく。

 普段から斥候役をしているだけあって岩登りは得意であった。

 そして、地上に顔を出すというところで、ガンッと頭を打つ。

 不意の衝撃に手足を滑らせるブレッド。


(ボスの……領域? なんで?)


 再び湖へと落ちながら混乱するブレッドであった。

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