第209話 水龍の洞窟
(くそっ! ボスはどこだ!?)
むわりとする湿度の高い空間に放り出されたブレッドは、空中で体勢を整えて剣をしまう。
そして、少しでも落下スピードを抑えるため、ゴーレムの体を蹴り飛ばした。
ゴーレムの体はバラバラの岩になっており、反動が小さくて飛び上がるような状態にはならない。
もう一度岩を蹴ろうとした時、ドボンッと水に落ちる音がする。
(水!?)
それに続いて、ドドドドドッと次々に水飛沫を上げる音が響いた。
岩を蹴りつけた後、すぐにブレッドも着水。
(熱っ!? 熱湯か!)
落ちた先は水ではなくお湯、温泉のような場所であった。
岩を蹴りつけていたおかげか、それほど深くまでは沈んでいない。
しかし、HPが減るほどの熱さに、慌てて水面を目指す。
(くそっ! やべぇぞ!)
一定の温度を超えると、熱さの感覚が変わらなくなりHPが下がり始めるのだ。
何とか水面に顔を出すと、幸い近くに地面があり、そこによじ登った。
そして、水を含む体をべしゃりと地面に投げ出す。
(あぶねぇ。助かった。落ちる場所によっては死ぬところだぜ)
ブレッドはすぐに起き上がり『フルヒール』を唱えながら、部屋を見回した。
湖の上の天井に巨大な穴が空いて光が入るため、目が慣れてくると、光魔法『ルーメン』を使わなくても問題ない明るさだ。
ただ、それはブレッドが立っているテニスコート程度の広さの陸地と光の差し込む部分の湖だけで、広い空間からすると極一部である
(ボスはどこにいやがる)
その空間のほとんどが温泉のような湖。
奥は暗い上に湯気が立ち込め、全く見通せない。
ブレッドが上がってきた湖と反対側は壁になっており、この空間の端になる。
そして、そこには一つの通路があった。
「ブレッド! 大丈夫か!?」
壁に掴まったマイルズが声をかける。
穴が空いたのは湖の上。
ブレッドが立っている陸地の上は、地面が屋根のようになっている。
ボスがいるなかで、そのまま湖に飛び込んで泳ぐわけにもいかない。
そこで、壁に掴まれそうな所から下りて、陸地まで壁づたいに移動しようとしていた。
ブレッドは『ドライ』を発動してボトボトになった体を乾かしながら答える。
「問題ねぇ! マイルズ、一旦左上の方に行け! そこからは降りられねぇ! フィル! もう少しそっちから下りたほうがいい!」
上からだと中の方が暗く、角度的にも見にくいため、中にいるブレッドが指示を出していた。
「ここか!?」
「いや、違う! こっちの方! あーもうちょい、そう! その辺から下りてみてくれ! あっ待て! マイルズが下を通る!」
ブレッドは湖を警戒しつつ、仲間に指示を出しながら、陸地に唯一ある通路の入り口に近づく。
そして、通路に向かって手を伸ばすと、見えない何かに阻まれ、チッと舌打ちをした。
陸地には一つの通路しかなく、そちらにボスの領域の壁があるとなると、その反対側の湖にボスがいるということだ。
(やっぱりか。めんどくせぇ相手になりそうだぜ)
そう思いつつ湖に目を向ける。
「ボスは湖にいるのか?」
「あぁ確実にそうだろうな」
やっと降りてきたマイルズがそれを聞いて顔をしかめる。
空中にいる敵よりも、水中にいる敵の方が厄介だからだ。
空中であればまだ魔法で戦うことも可能だが、水中は難しい。
水中で魔法が使えないわけではないが、魔法によっては威力が減衰したり、相手が見えなくて発動しなかったり、発動した瞬間に水中へ逃げられたりするのだ。
「どんなやつかはわからねぇが、水系の魔物だろうから――」
その時、ゴボゴボと音がして湖面が揺れた。
(来た!)
「ギャァァアアアアアアア!!!」
湖面から顔が浮かび上がり、洞窟が揺れるような咆哮を上げる。
現れたのは、ドラゴンではなく龍。
鋭い角に青い鱗を持ち、金の髭を揺らめかせ、金の瞳でブレッドたちを睨み付けた。
(こいつは水龍レヴィアタンか?)
水龍レヴィアタンとはヘンゼンムート領の北部、温泉町ロージンで伝説になっている魔物のことだ。
かつて、ロージンからさらに北、インベット山脈で三番目に高い山に湖、ヤンドク湖があり、そこに住んでいた。
ヤンドク湖はモンテ・ヴィテの隣山に位置し、はるか昔、レヴィアタンと神命鳥の戦いが起こったという。
炎と水との戦いは水が有利。しかし、神命鳥の業火は凄まじく、湖を熱湯に変えるほどであった。
そのままだと干上がってしまう。
そう思ったレヴィアタンは湖底に穴を開け、山の内部に逃げ込んだ。
その時にできた亀裂から熱湯が漏れだし、ロージンまで流れ込んで温泉町を作り出したのだということだ。
(マジでいやがった! 作り話じゃなかったのかよ!)
レヴィアタンの目撃情報などは数百年前。
温泉に箔をつけるための伝説だと思われており、存在すらも怪しい眉唾な話だった。
ただ、ブレッドから見たその姿はロージンでの言い伝え通りである。
咆哮による硬直が解ける寸前、レヴィアタンが息吹系を発動する動作をした。
(やっぱそうくるよな!)
強烈な水流を吐き出すレヴィアタン。
寸前で横跳びして避けるが、水流はブレッドを追ってくる。
(おいおい!)
「テンペスト!」
「ヘイルブリザード!」
ブレッドが盾を構えた所で、マイルズとちょうど降り立ったフィルが魔法を唱えた。
他の者はまだ壁に掴まっていて魔法を放てないか、もしくは領域外にいるかだ。
通常はドーム上にボスの領域があるが、洞窟型の迷宮にいるボスの場合は領域がその壁を突き抜けることはない。
洞窟の内部に入っていない者は領域外なので魔法が届かなかった。
特級魔法が放たれる前に、レヴィアタンの水流がブレッドに直撃。
水の奔流に押されて壁に激突し、なおも放出される。
その間に魔法が襲いかかり、レヴィアタンは水中に逃げた。
(ちっ、この程度なら耐えられるが、水中に逃げられるのが厄介だな)
水流に当たっていた時間は二、三秒ほど。それでもHPは二千以上削られている。
ただ、英雄となってHPがカンストしているブレッドにとって耐えられないものではない。
それよりも水中に逃げられる方が戦いにくかった。
魔法には方向性があり、上方向にいく場合が多い。
風魔法『テンペスト』も火魔法『インフェルノ』もそうだ。
『ヘイルブリザード』は斜め下方向には進むが熱湯を突き抜けて攻撃することは難しい。
(どうやって戦えばいいんだよ)
姿が見えないと発動しないし、湖の中に逃げられたら手の出しようがなくなる。
(セージなら……いや! 頼ってばかりいられねぇ! 俺たちで、倒す!)
上にいるトニーが狼煙を上げていたが、小屋からここまで来るのに真っ直ぐ走っても一時間はかかるだろう。
山頂からだとさらにかかる。
あてにはできなかった。
それにブレッドはセージに頼り過ぎだと思っている。
職業、装備、戦い方、全てセージがいなければ今の高い水準にはいなかっただろう。
特にブレッドはインベット山脈で全く役に立っていない。
このままではセージの隣に立つ資格がないと感じていた。
レヴィアタンは魔法が消えるとすぐに顔を出し、再び水流を吐く動作をする。
(またかっ!)
逃げるにしてもマイルズとフィルを巻き込むわけにはいかない。
それに、今壁を下りてきている仲間に当たれば大惨事である。
ブレッドは横に避け二歩踏み出した所で反転し、水流を飛び越えるように跳躍。
しかし、その動きにも対応してくる。
(このっ! しつこいな!)
空中で体勢を整え盾を構えた。
そこに襲いかかる水流。
盾で受け止めつつ壁に着地し、壁を走るようにして逃げる。
「テンペスト!」
次に降り立ったトニーの魔法が発動すると再びレヴィアタンは湖中に逃げた。
ブレッドは『フルヒール』を自分に唱えて回復する。
(次はあいつが出てきた瞬間に魔法を発動しねぇと)
トニー以外は特級魔法の呪文が長くて間に合わなかったが、次こそは魔法で対応できる。
顔を出すのを待ち構えていると、出てきたのはレヴィアタンの尻尾。
凪払うように攻撃してきた。
通常なら前に飛んでカウンターの攻撃を入れるところだが、相手は湖の中。
後ろに跳んで距離を取ろうにも、狭い陸地にそんな場所はない。
避けるには垂直に跳ぶか、しゃがむか。
(ここは攻める!)
ブレッドはレヴィアタンの尾がわずかに斜め上に向かっていることを見極め、剣を振り上げたまま倒れ込むように低い姿勢をとる。
「サンダーブレード!」
そして、避けると同時に剣を振り抜いた。
(よしっ! いい手応えだ!)
レヴィアタンは強靭な鱗により高い防御力を誇る。
しかし、ブレッドの攻撃力は強力だ。
カンストしたSTR、強力な装備、効果的な特技。
いくら防御力が高くとも、ブレッドたちの攻撃力に耐えるほどではない。
「っあぶねぇ!」
物理攻撃が有効だと伝えようと振り向いたブレッドが見たのは、壁にいるクリフに向かうレヴィアタンの尻尾。
クリフはそれに気づいたが、壁にしがみついている状態で機敏に動けるはずもなく直撃した。
ドボンとクリフが湖に落ちる。
「クリフが落ちた! 回復魔法準備! 縄あるか!?」
慌ただしくなる仲間たち。
その時、ザバッとレヴィアタンが湖から現れた。
そして、出現した勢いのままブレッドに向かって突撃。
ブレッドの腰付近に噛みつくと、そのまま湖の方に引っ張られる。
(はぁっ!? こいつっ!?)
ブレッドは慌ててどこかを掴もうとするが、その手は空を切った。
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