第208話 インベット山脈探索隊・ブレッド

 三日目、インベット山脈最高峰モンテ・ヴィテに向けて登山中、高山病にかかった者はキム、アンガス、ブレッド、フィル、クリフの五人である。

 神命鳥と戦闘するのにその状態では危険と判断して、登山を中止。

 神命鳥討伐隊として二パーティー作り、その他は中腹の探索兼ランク上げをすることになった。


 探索隊は四人パーティーが二つである。

 五日目にはブレッド、クリフ以外登れない者はいなくなったが、入れ替わりつつ探索を続けていた。

 十日目はブレッド、マイルズ、フィル、クリフのパーティーと、トニー、キム、ロブ、アンガスのパーティーという二つのパーティーを作っていた。


(魔物がいねぇな。別の山に入っちまったようだしよ。それに、レベルも上がりすぎた)


 小休止中にブレッドはワームの干し肉を食べながら、この先どうするかを考える。

 インベット山脈は山が連なっているため、道はないものの、行こうと思えば他国に入ることさえ可能だ。

 探索範囲は非常に広く、魔物の数は多かった。

 ただ、拠点からそこまで離れると時間的に厳しい。


 それに、レベルに合った魔物に会うためにはより高いところを探索する必要があるが、あまり上がりすぎると気分が悪くなる。

 インベット山脈でのランク上げはそろそろ限界が見え始めていた。


「ブレッド、それ好きだよな。そんなに旨いか?」


 キムが携帯食をガリガリと齧りながらブレッドの食べている干しワームを指差す。

 サンドワームを食べる地域に行った時、最初は食べるのに抵抗があったが、食べてみるとハマったのである。


「なんか癖になる味なんだよな。携帯食も旨くはないだろ?」


「甘いな。こいつは今までとは違うんだぜ? ドライ果物を混ぜ込んだ携帯食なんだよ」


「へぇ、そんなんあったんだな。それ、旨いのか?」


「あぁ、今までより格段にいい。食ってみるか?」


 携帯食とは水などで練った小麦に塩や具材を混ぜ、手のひら大の棒状に焼き固められた物のことだ。

 他にも携帯食はあるが、これが冒険者の中で一般的である。

 そして、塩分を含むタイプが多く、甘みがあるものを混ぜるタイプは少ない。


「へぇ、なんだか菓子みたいな感じになるな」


「それが旨いんだよ。ワームも悪くねぇけど、やっぱり甘いもんが力でるだろ?」


(甘くて力が出るか? 力っていうと肉を想像するんだが)


「まぁ悪くねぇけど、やっぱ俺はワームだな」


「うーん、そうか。この良さをわかってくれるやつがなかなかいねぇんだよなぁ」


 そんな他愛もない話をしていると「さぁ、そろそろ出発するぜ!」と、トニーの号令がかかった。

 すぐに動き出す探索隊。ブレッドは斥候役として先行する。


(この辺は岩場が多いな。魔物も変わったしよ)


 少し前に魔物や山の雰囲気が変わっていた。

 それでも、今までの経験から難なく魔物が潜んでいそうな所を発見していく。


(あれは、魔物だな。あの影にもいるか? 上は……まだか)


 周囲は地面を這うようにして背の低い木々が所々で生えているが、たまに同じような姿の魔物がいる。

 そして、その近くには小動物のような魔物が隠れていることが多い。

 さらに戦闘が始まると、どこからともなく鳥が現れて魔法を放ってくるので厄介だ。


 ブレッドは周囲を確認したあと、手で合図を出し、魔物を回り込むようにしながら移動した。

 反対側にはトニーが回り込んでいる。


「インフェルノ!」


 だいたいはこうして先制の魔法を放ち、全員で包囲しつつ接近戦で倒しきる流れだ。


(魔物が逃げねぇってことはまだランク上げはできるか。それとも奇襲が上手くいきすぎて逃げる間が無かったか?)


 ブレッドたちは魔除けの香水を使っているので、自分たちよりレベルの低い魔物は寄ってこない。

 ただ、こちらに気づく前に戦闘が開始すると逃げない場合がある。

 そのため、普通に近づいた方がランク上げにはいいのだが、無駄にダメージを受けるのも問題だ。

 戦闘で手を抜くわけにはいかない。

 難なく倒しきった後、さらに進むと切り立った崖になっている場所につく。

 下りるのは厳しい崖だった。


(仕方ねぇ。一旦上に行くか。下に行ったら確実にランクが上がんねぇだろうしよ)


 そう考えて登る方向に足を向けたとき、アンガスが崖を観察しながら声をかける。


「ブレッド、そっちには行かない方がいいぜ。登った先のそこが危険だ。崩れるかもしれねぇ。いったん下りてから進んだ方がいい」


 山の経験はアンガスが一番あり、よくアドバイスをしていた。

 山道なので当然通れない場所や危険な所が多い。

 拠点周辺からかなり遠くまで足を運んでいるのは、魔物が減ったことだけではなく、探索できる場所に制限があることも大きかった。


「わかった。じゃあこっちに行くか」


 ランク上げにはならないかもしれないがパーティーを危険に晒すわけにはいかない。

 仕方なく一旦山を下る方向に進む。


(うまくいかねぇもんだな。せっかくここまで来て神命鳥と戦おうってのに、なんにも役に立たねぇしよ)


 ブレッドたち三人は神命鳥を倒して英雄になった。

 それはセージのお膳立てがあったからである。

 装備が整えられ、神命鳥が落とされ、教えられた技で攻撃するだけのこと。


 ブレッドとしてはこの恩は返さなきゃならないという思いである。

 ブレッドは英雄になったお礼をセージに伝えたが、なにやら嬉しそうにするだけで特に何も求められなかった。

 セージは、孤児院時代にいろいろな情報をもらっていたからそのお礼だと言ったのだ。


 確かにブレッドたちは知っていることをセージに教えたり、訓練をしたりしていた。

 でも、そんなものは勇者になれたことで軽く吹き飛ぶ程度のことである。

 そう言ってもセージは『じゃあツケにしておくよ』と回収する気もなさそうなことを言った。


 結局のところ、セージは『英雄』の条件を確認したかっただけで、幼馴染みで信頼でき、ちょうど勇者をマスターしているから呼んだのだ。

 理由も言わずに呼びつけて、自分の言うことを信じて危険な魔物と戦え、という横暴に応じてくれるだけで十分なのである。


 それでもブレッドからすると英雄になったことは、本人がいいって言うならいいか、と気楽に流せることではなかった。

 そうはいっても、セージの興味はランク上げや珍しい情報や物に偏っており、その他に対する欲があまりない。

 ブレッドが得られる程度の物では全く興味を示さないだろう。


 ランク上げを手伝うことくらいしかできることはないと思った。

 それなのにモンテ・ヴィテを登って高山病になり、別のところを探索するしかない現状である。


(いじけても仕方ねぇ。今できるのは役立てるときのために強くなることだけだ)


 ブレッドは複雑な心境のまま探索を続けた。

 崖を避けるために下りてからは全く魔物が現れないため、ぐんぐん進んでいく。


(結構下りてきたからな。そろそろまた登らなきゃならっ、おわっ、なんだ!?)


 先行しているブレッドの足元が急に揺れ始めた。

 ブレッドは跳躍して退避するが、その先の地面も崩れる。


(くそっ! なんだってんだ!)


 落ちる前に再度跳躍して体勢を整え、何とか安定した地面に逃げた。そして、崩れた場所を確認する。


(おいおい、なんだよこいつは……)


 そこで見たのは体長十メートルを超える巨大なゴーレム。

 ブレッドが立っていた場所はゴーレムの肩だった。

 岩と土で形成された人形で、頭の部分に空いている暗い穴の奥には一つ目が光っている。

 その目がブレッドを見据えた。


(でかすぎだろ! これでボスじゃないのか!?)


 ボスの領域に入った感覚はなかった。ただ、普通ではあり得ないサイズの魔物だ。

 ボスではないので逃げようと思えば逃げられるが、道もない山のなかで巨大な魔物から逃げようとするのは危険だ。

 ついてこられても迷惑になり、ボスではないならそこまでの耐久性はないだろうと考える。


(ゴーレム系ならだいたい魔法は効くだろ!)


「インフェルノ!」


 このパーティーの最大火力である『インフェルノ』を続々と発動する。

 ゴーレムはそれを受けながら左拳を振り下ろした。

 ズンッという地響きが起こり、地面が抉れる。

 それは全員避けたが、その直後に右手が横から叩くように襲いかかる。


(マジかよ!)


 ここまで巨大だと手を振り回すだけで凶器だ。

 手の近くにいて確実に間に合わないアンガスが『シールド』を使って防御したが、そのまま弾き飛ばされた。


(そりゃねぇだろ!)


 ブレッドはなんとか逃げ切ったが、ロブ、トニー、マイルズは位置が悪く、ゴーレムの手に当たってしまう。

 直撃ではないもののダメージを受けた。

 しかし、千程度のダメージしかない。吹き飛んだアンガスもダメージは小さかった。


(図体はでけぇが攻撃力は大したことねぇな!)


 フィル、キムが回復呪文を唱え始める。

 それを聞いたブレッドが唱えるのは『インフェルノ』。

 回復役は各パーティー1人で十分だと判断した。

 ゴーレムはブレッドたちの方に登りながら攻撃してくる。


「インフェルノ!」


「テンペスト!」


「タイダルウェーブ!」


 それぞれが逃げながら、特級魔法を発動した。

 的となるゴーレムが大きいため、仲間に当たらないように考える必要もない。


(んっ? タイダルウェーブが効いたか?)


 クリフが使った水の特級魔法『タイダルウェーブ』が当たったとき、わずかに怯んだように見えた。

 ゴーレムがクリフを狙っているようにも見える。


 登ってきたゴーレムは見上げるような高さとなった。

 踏み潰しや蹴り上げなども加わり、攻撃は激しさを増していく。

 直撃こそないものの、避けたと思っても飛散する岩でダメージが入る。

 ただ、これまでの敵を考えると、ボスとしては大したことがない。


 そして『タイダルウェーブ』を軸に魔法を放ち、攻め続ける。


(そろそろくたばれ!)


「タイダルウェーブ!」


 激流はゴーレムの足に当たり、滑らせた。

 ゴーレムが倒れる方向はブレッドがいる場所。


(マジかよ! やべぇ!)


 ゴーレムの巨体が急速に迫る。

 ブレッドはそれを瞬時に見極めて横に跳び、ゴーレムの体をギリギリで避けた。


(あっぶね、え……?)


 倒れ込んだゴーレムは地面にめり込み、そのまま突き抜ける。

 地面の崩落。

 それにブレッドは巻き込まれた。


 反射的に地面を掴もうとしたが、その地面も崩れる。そして、それと同時にボスの領域に入る感覚がした。


(マジかよ……!)


 ブレッドは「ボスだ!」と仲間に叫び、大穴に落ちていくのであった。

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