第207話 強襲・ルシール
「セージ! どうする!?」
神鳴鳥の登場と共にルシールはセージに問いかけた。
当然のように知っていて、すぐに攻略法が出てくる。
いつもであればそうなのだが、今回はセージからの返事がない。
(んっ? どうした?)
そのことを不思議に思い、表情を見ると、わずかに顔が強ばっていた。
それは、なかなか見ることがない表情だ。
(こいつは未知のボスか!)
ルシールはその事をすぐに読み取った。
セージが未知の敵は数少ないがいないわけではない。
ルシールは背筋がゾワリとするような感覚とともに、笑みを浮かべる。
(あぁ、そうか。やはり私は騎士なんだな)
未知のボスの出現。
そのことに、ルシールは気持ちが昂った。
誰よりも強く気高い、仲間を民を守り、強大な敵に怯むことなく戦う騎士になりたい。そう願ったのはいつだったか。
逃げれば追ってくる可能性が高く、そうなると闘うしかない。
強力なボスに情報なしで逃げられない闘いに挑む。
そのことに、恐怖や不安を覆いつくす闘志が漲る。
「全員広がれ!」
ルシールはセージの代わりに周囲へ指示を出す。
パーティーが広がることで、息吹系の特技や範囲魔法がきたときに、全員が受けないようにするためだ。
すぐにお互いの距離をとるパーティーメンバーを見てみると、不安そうな表情をするものは一人もいない。
むしろ、ルシールと同様に笑みを浮かべる者もいる。
(士気は高いようだな)
今までは勝利することが当たり前となった魔物を相手にして、ランク上げに没頭していた。
ルシールにとってランク上げは苦ではない。それが自分の力になるとわかっているからだ。
ランク上げも鍛練であり、本質的には自らの理想とする騎士に向けて突き進んでいる。
ただ、それでもこういう闘いに気持ちが昂るのも否めない事実だ。
神命鳥でのランク上げを一旦止めることを提案したのは、一週間戦い続けたからというだけではない。
口には出さないが団員たちは同じことの繰り返しに疲れていただろう。
ほとんどの団員が山に登れるようになっても、インベット山脈探索隊が縮小されなかったのはそのためだ。
少数では危険だからというのもあるが、気晴らしをかねてのものだったのである。
「全員回復薬を持て! 復活魔法を唱えろ! 開幕の攻撃がくるぞ!」
ルシールの声にハッとしたセージも回復薬を出す。
(しかし、セージのこんな表情はなかなか見ることはないな)
「セージ。最初はメイルシュトロームを使うか?」
少し落ち着いた様子のセージに問いかけると、今度はすぐに返答がくる。
「うん、まずはメイルシュトロームから。攻撃役は対空魔法、接近したらデマイズスラッシュを使って!」
悠々と飛んだ神鳴鳥が再び火口の真上に戻ってきた。
(まずは最初の息吹でどうなるかだな)
ルシールは神鳴鳥に向けて盾を構え、攻撃に備える。
その時セージの声が響いた。
「盾を真上に! 状態異常無効の腕輪を装備して!」
ルシールがその声に反応できたのは反射のようなものだ。
「キュォォォオオオオオ!!!」
神鳴鳥の特技『神雷の領域』が発動し、ルシールはすぐに回復薬を飲んだ。
視界が光に包まれる中で、HPに注目する。
(二発当たっても耐えられるが三発はきついな)
神鳴鳥が降りてくる中、ルシールは『メイルシュトローム』の呪文を唱える。
ルシールとセージのみが賢者となっており、役割分担として攻撃魔法を使うべきだ。
回復は回復役を信じて任せることも重要である。
「メイルシュトローム」
急接近してきた神鳴鳥にセージとルシールが続けて『メイルシュトローム』を発動。
しかし、神鳴鳥は怯むことなく『旋回刃』を発動した。
急旋回するとその勢いのまま円を描くように全員へ体当たりを仕掛ける。
「デマイズスラッシュ!」
ルシールはその動きに合わせて剣を振るった。その感覚でダメージが入ったことがわかる。
(物理攻撃の方が効くか? いや、とりあえずメテオからだな)
激しい攻撃をやり過ごし、物理攻撃をしかけようとセージに向かって急接近する神鳴鳥に手を向ける。
(来たな!)
「メテオ!」
セージの『オリジン』に続けて魔法を発動した瞬間、パリィッと静電気のようなものが走った。
ルシールは魔法を放った体勢から即座に盾を構える。
その次の瞬間には神鳴鳥の『迅雷』が当たった。
見て反応したわけではなく、今までの戦いで培ってきた経験で防御したのだ。
盾で受けた衝撃を何とか逃がすと、神鳴鳥は再び上空へと逃げる。
(セージも防御したようだな。HPは問題ない。あとは何とかしてメテオを当てないと。あいつが魔法を使っている時に放てばいいんだが、降りてこない……いや、私が飛べばいいのか)
ルシールはラングドン騎士団時代を思い出す。
今は魔法使いたちが力をつけているが、元々ラングドン騎士団は強烈な魔法使い嫌いだった。
魔法が有効な相手でもパワーでゴリ押しするほどだ。
そんなラングドン騎士団の天敵は、空を飛び魔法を使う魔物である。
物理攻撃が届かないところから攻撃してくる相手にどうすればいいか。
ラングドン騎士団は考えた。
そして、編み出した技がラングドン流剣術『ムーンサルト投げ』である。
魔物が攻撃魔法を放っている隙に人をぶん投げて物理攻撃を仕掛けるという技だ。
様々な投げ方が考案されたが、投げるタイミングで武闘士の特技『ムーンサルト』を発動すると高く飛ばせることがわかった。
それを技と言えるまで昇華させたのが『ムーンサルト投げ』である。
投げる方は特技を発動するタイミング、投げられる方は跳ぶタイミングが重要であり、そのタイミングはかなりシビアだった。
それでも、慣れると確実かつ効率的ということで、ラングドン騎士団であれば誰もが訓練する技だ。
(今のステータスならあの高さまで到達できるはずだ。久しぶりだが体が覚えているだろう)
通常の魔物は神鳴鳥ほど高くは飛ばない。それに、魔法の範囲も小規模だ。
風魔法が有効な場合が多く、火系の魔物なら『ウォータービーム』を使うこともある。
ルシールたちは基本的に『テンペスト』を使うようになって『ムーンサルト投げ』を使うことはなくなった。
それでも、幾度となく訓練してきた技を失敗することはない。
ルシールはギルに久しぶりとなる合図を送る。
それを見たギルはニヤリと笑い、チラリと神鳴鳥を確認してから背を向ける。
(よし! いくか!)
ルシールはギルに向かって走り、その勢いのまま手に足を乗せた。
グッと持ち上げられる体。
「ムーンサルト!」
(今だ!)
特技を放ったタイミングで足に力を込めて、飛び上がった。
そして、空気抵抗が小さくなるように体を直線にして、神鳴鳥と同じ高さでバッと開いた。
その姿は魔法を放つ体勢。
その狙いは『エレキフェザー』を発動した神鳴鳥。
「メテオ!」
そして、ルシールは落下する前に印を結ぶ。
「
少しでも攻撃をしようと特技を発動したが、水蛇が発現した時には、神鳴鳥へ隕石が突き刺さっていた。
神鳴鳥の弱点属性は地属性。
弱点を突くINTカンストの融合魔法は神鳴鳥をふらつかせる。
(落ちないか)
隕石に当たり、水蛇に巻き付かれた神鳴鳥は、高度を落としながらも墜落は免れていた。
そして、着地したばかりのルシールに、神鳴鳥は『神雷の怒鎚』を発動する。
稲妻というより柱といえるほどの雷がルシールを襲った。
凄まじい雷光と轟音の中で、ルシールのHPが急速に減って1となる。
ルシールはあまりの衝撃に膝をついたが、すぐに足に力を込めて後方に跳んだ。
不屈の力。
それがルシールの強みである。
今でこそステータスがカンストしているが、元々は周りの者より低いステータスをしていた。
強烈な攻撃に倒れそうになるところを堪え、訓練を続けてきたのだ。
(これくらい、どうということはない!)
そして、HP1でも唱える呪文は『メテオ』。
仲間を信じ、自分を信じる。
その精神もルシールの強さだ。
ギルに次の合図を送ったときには、ルシールのHPが回復。
そして、団員たちが次々と神鳴鳥に飛びかかっていった。
「デマイズスラッシュ!」
ラングドン騎士団であれば『ムーンサルト投げ』が可能だ。
高度が下がった神鳴鳥に次々と突撃していく。
神鳴鳥はそんな団員に『雷旋風』で反撃。翼によって巻き起こされる嵐のような雷風に吹き飛ばされた。
神鳴鳥はさらに『サンダーボルト』で追撃する。
その間にルシールは『ムーンサルト投げ』によって跳躍。
今度は神鳴鳥を超えて、見下ろす。
(くらえっ!)
「メテオ!」
逃げようとした神鳴鳥に燃え盛る隕石が激突する。
度重なる攻撃に耐えることができず、グラリとバランスを崩した。
バサバサと体勢を整えようとしながら落ちる神鳴鳥。
その上に落下してくるルシール。
「テイルウィンド!」
背に風を受け急接近しながら、剣を抜いた。
「デマイズスラッシュ!」
神鳴鳥の纏う雷を反射して輝く最強の剣。
それは神鳴鳥の首を正確に捉える。
その強襲に耐えることはできず、神鳴鳥はとうとう墜落した。
(とうとう落ちたな!)
着地したルシールは更なる追撃のため、剣を振るう。
それに追随する団員。
神鳴鳥は翼を回転させて起き上がりつつ『雷旋風』を巻き起こす。
「メテオ!」
団員たちが離れたところでセージの魔法が発動した。
神鳴鳥は翼で頭を隠して防御するような体勢をとり『メテオ』を受け止める。
ルシールと団員たちが『メテオ』が終わる瞬間を狙って飛びかかった。
総攻撃にさらされる神鳴鳥がバチバチと帯電した瞬間、セージが「離れて!」と鋭い声を上げる。
反射的に全員が後ろに跳んだ直後、強力な雷が神鳴鳥に落ちた。
一瞬姿が見えなくなるほどの雷光を放ち、周囲にまで雷電が爆ぜる。
神鳴鳥の特技『超帯雷』。
近距離攻撃を続けていれば巻き込まれていただろう。
(さすがセージ。初見の敵の技でも予測ができるのか)
セージの注意によって『神雷の領域』に耐えて『超帯雷』を回避したことは大きい。
ここまでの戦いで多くの特技や魔法を確認しており、もう対応できないものはないと判断する。
(この戦い、負ける気がしないな)
ルシールは次の攻撃に移りながら、そう考えていた。
その時、視界の端に一筋の煙が見える。
(あの方向はもしかして……!)
インベット山脈探索組が進んでいる方向から狼煙が上がっていた。
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