第203話 モンテ・ヴィテ2

 モンテ・ヴィテ攻略二日目。

 出現する魔物の特徴や行動はすでに把握し、戦いは楽になっていた。


「そろそろ魔寄せを使うか?」


 ルシールは魔物を寄せ集める道具、魔寄せの香水の使用を提案する。

 ルシールたちにとってランク上げで魔寄せの香水を使うことは、もう常識のようなものだ。

 セージはその提案に頷く。


「そうだね。そろそろいっとこう」


「魔寄せを使う! 準備しろ!」


 その号令と共に気合いを入れ直し、呪文を唱え始めるルシール自由騎士団。

 隊列を全方向から魔物が来ることを想定した形に変える。


 今回は神命鳥が目的なので、周辺を探索して狩り尽くすより、登ることが優先だ。

 ただ、周辺の魔物を狩っておくと帰りが楽である。

 そのために魔寄せの香水を使って、帰りに魔物が出現しにくいような状態にしていた。


 続々と集まってくる魔物に魔法を浴びせ、ザクザクと倒していく。

 もう慣れたものでそれほど時間はかからない。

 倒しきって先に進むと、草木はなくなり、ガラガラとした岩場に変わった。


「この坂を登るのか」


「まぁ分かってたこととはいってもキツいもんがあるな」


 ここまでは比較的なだらかな坂が続く森を歩いていたが、森を抜けて視界が開けたかと思うと、急な岩場である。

 フォルクヴァルツから山を見上げた時点で、岩場があることは見えていたのだが、実際に目の前にしてみると、登るのを躊躇してしまうほどだ。


「こんなところで戦うのは久しぶりだぜ」


「ギルさんは岩場で戦ったことあるんですか?」


「ラングドン領西にウラル山脈ってのがあるだろ? そこに行ったとき、頂上付近がこんな感じだったな」


「さすがギルさん。いろんなところで戦ってますね。注意するところとかありますか?」


「たいして言えることはねぇが、そうだな。こういったところの足場はぐらつくことがある。移動時から岩の状態をしっかり確認しろ。あとは隊列だな。動きが制限される中で連携がとれるよう注意が必要だ。やってみねぇとわからねぇだろうが、高さの違いがあるから思っているより近距離で行動した方がいいぞ」


 ギルの他にもベテラン騎士は岩場での戦いの経験があるが、他の者はない。

 バランスを考えてパーティーを組み直した。


「さて、行きましょうか」


 岩場の手前で小休止を終えて進み始めると、すぐに魔物が現れる。

 魔物の種類が変わって、ミスリルミニゴーレム、フローズンオコジョだ。


「あっ! こいつっ! アンナ! そっちに行った!」


「ファーストエッジ! あーもうっ!」


 ミスリルミニゴーレムは素早い上に魔法無効の特性を持つ。そして、防御力も高く、生半可な攻撃は通らない。

 しかし、ルシール自由騎士団のメンバーの攻撃力は半端ではないので普通にダメージが入るのだ。

 ミスリルミニゴーレムの耐久力は低いので、直撃さえすれば数発で倒せるのだが、なかなか攻撃が当たらない。


 そして、攻撃が当たらないのはミスリルミニゴーレムだけではなかった。フローズンオコジョもそうである。

 チョロチョロと動き回る小動物は、時折止まって上級氷魔法『フロスト』を発動。

 さらに近接攻撃の『窮鼠の前歯』は最大HPの1/3を削る凶悪な特技だ。


「くそっ! キム! そっちに回れ!」


「フロスト! ……って効かねぇのかよ!」


「オールヒール! アンガス! 支援してやれ!」


「上に注意しろ!」


 ギルの声と共に「ピィイイイイイ!」という鳴き声が響き渡る。

 その瞬間、雷が落ち、周囲に電撃が撒き散らされた。

 上級雷魔法『サンダーボルト』。

 これを使ったのはヘルライテウという雷魔法を操る鳥型の魔物だ。


 慣れない足場に攻撃を当てにくい魔物。

 そんな戦いの中でセージは魔法を発動する。


「メイルシュトローム」


 ヘルライテウは魔法防御力が高いが、セージの融合魔法であれば大きなダメージを与えられる。

 それに『メイルシュトローム』は上に向けて広がる渦になるため、地上の効果範囲は大きくない。

 仲間への影響も少なかった。


 さらにセージは近づいてきたミスリルミニゴーレムに向けてアークコンドルの特技を発動する。


「灼熱の息吹」


 息吹系は物理と魔法両方の特性を持つためミスリルミニゴーレムにも有効だ。


水遁スイトン


 今度はフローズンオコジョに対して忍者の特技を発動。

 フローズンオコジョは氷魔法が効かないため、動きを止めるには『水遁スイトン』が便利だ。

 この魔物も魔法耐性が高いため『水遁』の威力ではダメージは小さいが、動きを止めた隙にルシールが物理攻撃を仕掛ける。


「ファーストエッジ!」


(さっすが良くわかってる!)


 セージが手で作った印から『水遁』が発動すると気づき、ルシールがすぐに攻撃を仕掛けたのだ。


「こんな感じで! どんどん倒そう!」


 この連携ができるのはルシールとセージだ。

 他の者は探究者や忍者になっていないためできない。

 攻撃が全く当たらないわけではないので、ごり押しで戦うことも可能だが、効率を考えてルシールとセージがメインとなる。


 岩系の魔物ニトロック、悪魔系の魔物メラデーモンなども現れ、新たな魔物たちに翻弄されながらも登っていた。

 しかし、その速度は鈍い。

 山頂に近づくにつれて、動きが悪くなってきたからだ。


「セージ。もう一度、休息をとってくれ」


「いいけど。大丈夫?」


「すまん。頭痛が酷くなってきやがった」


 フィルがこめかみを揉みながら言った。

 それを聞いたキムも頷く。


「実は俺も。これが高山病ってやつか?」


「そうかもしれません。頭痛だけですか?」


「そうだけどな。頭痛はさすがにキツいぜ」


 セージは少し前に少し頭が痛いというのを聞いて、ふと思い出した高山病の話をしていた。

 激しい動きを避け、息をしっかり吸って、水分をよくとる、というアドバイスをしたが、魔物との戦いの中でそれを守ることは難しい。


(やっぱり高山病っぽいなぁ。ファンタジーの世界でも高山病にはなるのか)


「俺は体がだるいんだが。セージ特性茶を飲んでもあんまり効かなくてよ」


「お前もそうか。これも高山病ってやつなのか?」


「うーん、たぶん……」


(高山病の症状って体がだるいとかもあるっけ? というかこんなに急にくるものなのか)


 続々と不調を訴えるパーティーメンバーに困惑するセージ。

 セージは、高い山に登ると高山病になる、という知識はあったが詳しいことは知らなかった。


 そして、不調が出ていない者も多い。

 セージは魔法主体で戦うため、他の者より動きが少なく、高山病になりにくいことはわかる。

 ただ、ギルやウォルトなど前衛で動きも多い者でも全く問題ない様子だったりしていた。


「他に体調悪い人はいますか?」


 そこで小さく手を上げたのはブレッドだ。

 確実に顔色が悪かった。


「気持ち悪りぃ……なんか変なもん食ったかな……」


(うん、これはもう駄目だな!)


「全員撤退しましょう!」


 二日目は山頂まであと少しというところで、退却することになるのであった。


 ****************


 高山病により撤退を余儀なくされた翌日。

 再び開始し、岩場が始まる所まで来ていた。

 そこには追加メンバーがいる。

 フォルクヴァルツのドワーフ族十名と門番課の課長モーリッツだ。


「まさかここまで一度も魔物に会わねぇとはな」


 セージが魔除けの香水を使い、魔物を寄せ付けないようにしている。

 現在、セージはレベル84。

 前日に狩っていることもあるが、ここまでに襲いかかってくるレベルの魔物はいない。


「僕らも手伝えることがあれば言ってください。では、よろしくお願いします」


「おう! よっしゃ! 始めるぞ!」


 ドワーフ族の大工の頭領が号令をかけるとテキパキと動き始めた。

 まずは測量をしながら地面に線を引いていく。

 それが終われば、その線に沿って溝を掘り、木枠を設置する。

 そこにモルタルのようなものを流し込み、固まるまでの間に周囲を整地していく。


 これは家の基礎工事。

 つまり、家を作っていた。

 セージは昔、富士山に行った人の話を聞いたことがある。

 その人は途中の山小屋で泊まり、体を高い場所に慣れさせるということをしたそうだ。


 そこで、フォルクヴァルツに戻り、簡単な小屋のようなものをつくって欲しいと頼んだのである。

 テントでもいいのだが、夜は出てくる魔物が変化する上に強くなると言われている。

 そして、当然暗いので視界が悪く、戦いにくい。


 レベルやステータス差が圧倒的だったり、安全と言われている場所ならまだしも、このような場所では危険だ。

 上級魔法を使う魔物までいるので、先制で魔法攻撃を受ける可能性も高い。


 それなら山小屋を作ろうということである。

 使用するのは白レンガ。

 フォルクヴァルツの壁は白レンガ製で、長年里を守ってきたものだ。

 多少の攻撃ではびくともしない。

 度重なる襲撃で神命鳥に一部破壊されたが、今までよく守ったと言えるだろう。


 セージたちは手伝うとは言ったものの、素人が手を出すところなどなく、工事が進む。

 できることは白レンガを職人のそばに移動させたり、水につけたりすることくらいだ。


「三班、モルタル調製遅れてんぞ! モタモタしてんじゃねぇ! 二班、足場組みの準備はじめろ! 一班、手ぇ抜くなよ!」


 みるみる内に出来上がっていく家にセージが驚きつつも見ているとモーリッツが話しかける。


「やっといい顔が見れたぜ。こんな所は素直に驚くんだな」


「そりゃ驚きますよ。こんな家のつくり方は初めて見ましたからね」


「そりゃそうだろうな! こいつは超高速工法っつって、単純なもんなら一日で建てきれる。それを可能にしているのが、こいつ、反応性が通常と比べて百倍の超速硬化モルタルだ。可使時間が短すぎて熟練の職人しか扱えねぇがな」


 得意げに笑いながら言う親方。

 この技術があったからこそ、壁の再建が一週間という短さで終わったのである。

 白レンガと共に超速硬化モルタルもフォルクヴァルツの守りの要だ。


「この資材って余りますか?」


「思ったよりいい土地だったから余るが、もう一軒建てるのは無理だぜ。小屋にもならねぇ」


「人が一人座るくらいが限界で、これくらいの大きさの家ならどうですか?」


 セージは身振りで大型犬の犬小屋ほどの大きさを示す。

 それを見た大工の親方は訝しげな表情をする。


「それならいけるだろうが、そんなもんつくってどうすんだよ」


「作ってみたいんですよね」


「はぁ? 作りたい?」


「えぇ、石と木材で増築したことはあるんですけどレンガは使わなかったですから」


(それに、教会があれば魔物が来なくなるかもしれないし。試してみたいんだよね)


 町が形成されると、魔物が出現することはない。そして、町には必ずといっていいほど教会がある。

 神木の道にある教会でさえ壊れずに残っていた。

 それらのことから、教会を建てれば町として機能するのではないかと考えたのだ。


「まぁ、あんたが造りたいってんならいいけどよ」


「わかりました。教会みたいな形にしたいんですよ。まずは溝を掘るんですよね?」


「おいちょっと待て。その程度の大きさなら基礎はなくてもいいんじゃねぇか?」


「基礎からしっかり造りたいんですよ。魔物に攻撃されてもびくともしない頑丈な造りで」


 セージは創造師になって女神像が作れた時に、おもちゃのような小さな教会を作ったことがある。

 それを持っていれば魔除けの香水代わりになるのではと考えたのだ。

 しかし、持っても置いても効果がない。

 そこで、ちゃんとした人が入れる教会を造りたいと思っていた。


「じゃあレンガの大きさを考えなきゃならねぇな。適当にしてズレたらどうすんだ。資材も限られてるしよ。まったく仕方ねぇな。俺が軽く教えてやる」


「ありがとうございます!」


 楽しそうに造り始めるセージに、まんざらでもなさそうな親方。それを手伝うルシール。気にしないパーティーメンバー。

 そして、そのそばで立ち尽くすしかないモーリッツは、一つ息をついて空を見上げるのであった。

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