第202話 モンテ・ヴィテ1

 インベット山脈はグレンガルム王国の背後にある壁のような存在で、隣国のザンパルト王国やサルゴン帝国に連なる巨大な山脈だ。

 その中でも最高峰となる火山モンテ・ヴィテに生息するのが神命鳥である。


(山登りって久しぶり、というかこんなに高い山は初めてかも。千メートルくらいの山なら前世で登ったことはあるけど、絶対それより高いだろうし)


 セージはモンテ・ヴィテ山頂を目指して登っていた。

 フォルクヴァルツはモンテ・ヴィテの三合目あたりに存在し、神命鳥と戦うためには頂上まで登る必要があるからだ。

 ただ、何メートルある山なのかはわかっていない。


 富士山レベルなのかエベレストレベルなのかも全くわからないまま登っている。

 モンテ・ヴィテは地熱が高いことで雪が積もっていない可能性はあるが、山脈の周囲の山を見ても雪があるような山はなかった。

 温暖な気候というのもあるが、雪がないならそれほど高くはないだろうとセージは考えている。


(おっ? とうとう来たか)


 先行していたブレッドが魔物が来たことを知らせる合図を出していた。

 モンテ・ヴィテは頂上に近づくにつれて魔物が強くなっていく。

 ここまではブレッドが魔除けの香水を使っており、レベル70以下の魔物は出現しないので戦闘はなかったのである。


 そして、まず始めに来たのはウルツァイトゴーレム。

 物理耐性に優れたゴーレム系の中でも特に硬く、黒っぽい色をしたゴーレムだ。


(ウルツァイトゴーレム! 大防御をメモリーしないと!)


 セージは学外訓練の時にウラル山脈に行って、ストーンゴーレムから『大防御』をメモリーしたかったことを思い出す。

 あの時はラミントン樹海に行っていろいろあり、結局ウラル山脈の方には行けていなかった。


「物理は効きにくいから魔法を使いながら戦って! でもちょっとだけ待って! ルシィさん!」


 セージはルシールを手招きしつつ走り出し、ウルツァイトゴーレムの攻撃を受け流して接近。

 そして、特技『グランドスラッシュ』を発動。

 ウルツァイトゴーレムの足に会心の一撃を入れる。


(これでよし!)


 それに続いてルシールが攻撃し、近くにいたブレッド、ウォルト、メリッサは、魔法で攻撃と言いつつ物理攻撃をしたセージにわずかに戸惑いながらも、それに合わせて攻撃を入れる。

 ただ、物理防御と耐久力が高いウルツァイトゴーレムは倒れない。

 そして、防御力を大幅に上昇させる特技『大防御』を発動した。


「メモリー」


(よし! 覚えた! もう用はないな!)


 セージは『大防御』の表示を見て、合図を出しながら下がった。

 メモリーを使うために戦闘状態に入り、特技を発動させたかっただけだったからだ。

 そして、ルシールもセージを見習って『メモリー』を発動している。


「タイダルウェーブ!」


「インフェルノ!」


 合図が出たので魔法を使うパーティーメンバー。

 セージの行動の意味はわかっていなかったが、そういうことには慣れている。


「次が来るぞ!」


「キム! 右に回れ! 魔物が近づいてるぞ!」


 ウルツァイトゴーレムを倒したかと思うと続々と現れる魔物たち。

 ケサラン、パサラン、アークコンドル、ヘルバウム、ダークボックルなど多様である。


(アークコンドル! ヘルバウム! ダークボックル! いいね!)


 セージは『メモリー』で技を覚えられる相手が来てテンションが上がっていた。


 フィルが特級風魔法『テンペスト』を発動。

 アークコンドルは急加速して『テンペスト』から飛び出し、特技『灼熱の息吹』で反撃する。

 セージはそれに当たりに行った。


「メモリー!」


(よしよし! いい感じだ!)


 今までにも特技を覚えることはあったが、この強さになってくると一ヵ所で一個覚えられるものがあればいいくらいだ。

 始まってすぐに複数個覚えられるなんてなかったことである。

 そして、セージはまた走って別の魔物に向かった。


 それはダークボックルだ。

 小人族よりさらに小さい人の姿をしており、木でできた剣、盾、兜を装備している。

 巧みな剣と盾さばきに加えて回復魔法も使える万能タイプだ。


 ダークボックルはトニーの『インフェルノ』を疾風の如く駆け抜け、『ロックブラスト』を発動し、さらに鋭い剣撃を放つ。


「シールドバッシュ!」


 トニーはそれに反撃。騎士なので対人戦は得意である。

 ただ、ダークボックルは身長100cmもない。

 素早い動きに足元への攻撃も加わり、かなり戦いづらい相手だった。


「ファーストエッジ!」


 セージはダークボックルの後ろから攻撃して加勢する。


(早く特技を使って! 倒してしまいそう!)


 何とか技を覚えたいと思っても、戦闘状態になってから特技を使ってくれないと『メモリー』を使うことはできない。

 そんな中で、ケサランとパサランが光と闇の融合魔法『ヘルヘブン』を発動する。


「うおっ! なんだこれ!」


「オールヒール!」


「オールヒール!」


(あっ! 注意するの忘れてた!)


「ケサランとパサランの融合魔法! どちらか片方を倒せば発動できないから!」


「ケサラン、パサラン!? どの魔物だ!?」


「その白いやつ!」


 ケサランが光、パサランが闇属性で、二体いると強力な融合魔法を使う。

 ケサランとパサランは両方とも白い綿毛に目がついたような可愛らしいフォルムで魔物らしさはなく、見分けはつかなかった。

 そして、白い綿毛は六体いる。


「どれがどっちだ!?」


「魔法を使ったとき白く光った方がケサラン、黒いならパサラン!」


「もうわかんねぇよ!」


「ケサランは物理に強くて、パサランは魔法に強い! とりあえず攻撃して!」


「わかった!」


 とりあえず近くにいた魔物から攻撃していく騎士たち。


「くそっ! たぶんそっちがパサランだろ!」


「いや、これもケサランっぽいぞ! あの二体が両方パサランだろ!」


「めんどくせぇな!」


 フワフワとしていて攻撃を当てにくい上に、見た目が一緒なのでどっちに攻撃すればいいのか分かりにくい。

 判別方法は魔法を使うときに輝く色の違いを見るか、物理攻撃をして手応えから推測するかである。

 ただ、カンストした攻撃力ならケサランにもある程度ダメージが入るので、さらにわかりにくい。

 再度『ヘルヘブン』を発動されて大ダメージを受けながらも、判別はできた。


 そして、少し遅れてきたのはヘルバウムだ。


「こっちもめんどくせぇな!」


「インフェルノ! 魔法を使え!」


(あー、こっちも説明しとけばよかった。失敗したなぁ)


 ヘルバウムは切り株型の魔物で、斬撃が上部に当たると一瞬抜けなくなる能力を持つ。

 ただ、体高が低いため上部以外狙いにくく、地面から根が出て攻撃してくるなど、攻撃を予知しにくい。

 火魔法か斬撃が効くのだが、ただただ戦いにくい相手だ。


 セージは『メモリー』が使えないままダークボックルを倒したあと、ヘルバウムに近づく。

 そして、魔法を発動しようとしたところでヘルバウムが『連根槍』を発動した。


(きた!)


 地面から鋭い根がドドドドドッと突き出す五連撃だ。

 セージはそれに盾を合わせて『メモリー』を発動する。


(よしよしよし!)


 セージはニヤけながら呪文を唱え直そうとしたところで、キムが回復薬を手に取る姿が見えた。


「回復が間に合わないなら言って! パーティーに入るよ!」


「入ってくれ!」


「こっちも!」


「ルシィがトニーの方に入って!」


 セージの言葉にルシールはサムズアップで答える。

 セージとルシールはかなりレベルが高く、このあたりの魔物を倒してもランクが上がらない。

 最もレベルが低いブレッドたちが、今後の戦いのためにも倒すべきだ。


 そのため、パーティーからは外れていたが、魔物が続々と集まり、その上物理攻撃しにくい相手ばかりである。

 魔法も使えるとはいえ、基本的に物理特化であるこのパーティーではかなり不利だ。


(まっ、神命鳥でランクが上げられるならレベルが多少上がったところで関係ないだろうし。みんなのサポートをしようかな)


 そして、回復薬は大量に持ってきているが有限ではある。

 なるべく使いたくはなかった。


「インフェルノ!」


「グランドスラッシュ!」


「シールド!」


「フロスト!」


「オールフルヒール!」


 すでに乱戦の模様になっている中で、強力な範囲魔法は使いにくい。

 効果範囲の狭い魔法で対応する。


 新たに現れる魔物に対して、ルシールとセージは『メテオ』や『グラシエスフルメン』を発動。

 雷と氷の融合魔法『グラシエスフルメン』は冷気と共に氷の結晶が浮かび、その氷の結晶同士を繋ぐように雷が縦横無尽に通る。

 今までは雷魔法を覚えていなかったので使えなかったが、『英雄』になったことで使えるようになった。

 ちなみに『英雄』のランクがまだ低いため、雷魔法自体はほとんど使えない。


 セージとルシールが融合魔法を使って最初にHPを大きく削ることで、ぐっと戦いやすくなる。

 HP調整は難しくなり、意図していない者が倒してしまうことはあるが、戦いとしては安定し、第一陣の魔物の波を倒しきった。


(あー、結局ダークボックルからはメモリーできなかった。まぁ次もあるし、切り替えていこ)


 ダークボックルが使う『霊樹剣』はメモリーしたところで、そんなに使える技ではない。

 なければないで特に困らない特技である。

 ただ、セージとしてはとりあえず全ての特技が欲しかった。


「ふぅ、結構ヤバいな」


「このステータスで苦戦するとは思わなかったぜ」


 トニーとウォルトの言葉にセージが割り込む。


「INTとMNDがもう少し欲しいですね。英雄は魔法系の補正が大きくないですし」


「そりゃわかってんだけどな。なかなか上がんねぇんだよ」


「それじゃあまた勉強会しないといけませんね」


「あー……そうだな」


 微妙な返事をするトニー。

 勉強会が嫌なわけではなく、ステータスが上がるため、むしろしてほしいと思っている。

 ただ、苦手意識はなかなか消えるものではない。


「あと、魔物の対処法を説明してなくてすみません。すっかり忘れてました」


「それが普通だからな。このレベルになると初見の魔物しかいないものだ」


 謝るセージにルシールがフォローし、周りもそれが当然というように頷く。

 レベル50までで対応する魔物は一般的に知られており、ギルドで情報を持っていることが多かった。

 ただ、レベル70を超えるとそうはいかない。

 誰も戦ったことがない魔物ばかりである。


「それもそっか。でも知ってることは伝えないとね。じゃあまず、ウルツァイトゴーレムから――」


「次の魔物がくるぜ!」


「倒したら一旦戻って説明しましょうか」


(あっ、ダークボックルだ。今度こそ!)


 こうして、セージは『メモリー』を狙いつつ、次々に現れる魔物を倒し、モンテ・ヴィテを登っていくのであった。

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