第200話 ビリーの車窓から
グレンガルム王国ミストリープ領とサルゴン帝国スピアリング州の国境、ケルソー荒野。
国の仲が悪く国交はないものの、戦争は長らく行われておらず、近年は日に数台の馬車の往来がある。
その馬車のある一台。
数名の乗客と荷物、そして薬師ビリーがいた。
ビリーは馬車から窓の外を見ながら考える。
(グレンガルム王国も久しぶりか)
思えば長い間、故郷のケルテットどころかグレンガルム王国にすら帰っていなかった。
最初からそんな予定だったわけではない。
グレンガルム王国を巡るつもりだった。
出発はラングドン領から北、アッシュフィールド領に進んだ。
ラングドン領の南にあるナイジェール領は当時神霊亀の侵攻により大打撃を受けた所だったからである。
ケルテットから領都も遠く、さらにそこからアッシュフィールドに向かうのだ。
それは全て馬車を使った移動。
馬車に揺られてアッシュフィールド領に着いたときには、すでに腰を痛めていた。
(今は慣れたもんだなぁ)
今では体を痛めることも少なくなった。
慣れたこともあるが、馬車用のクッションを使い、馬の休憩や乗り継ぎの時には軽い運動をすることを心がけていることも大きい。
さらに、その経験は、体の痛みを軽減し、腰や関節痛に効く薬の開発にも繋がった。
それを開発できたのはミストリープ領でのこと。
(前に来た時は国境付近には来なかったが、意外と平和なもんだ)
ビリーがミストリープ領に来た時、サルゴン帝国側には近づかなかった。
当時、馬車の往来は今よりもかなり少なく、国境付近に行くには個人で冒険者の護衛や馬車の手配をしなければならない。
でも、その前に起こったことがトラウマで、それはできなかった。
アッシュフィールド領からミストリープ領の方向に進んでいる途中、タルコット領でのこと。
タルコット領はあまり治安が良くなかった。交通の便も悪く、場所によっては馬車が通っていない。
そして、そこからミストリープ領に行くためには森を通る必要があった。
そこを避けようと思うと、前の領に戻って迂回する必要がある。
ビリーはそこで冒険者を雇って森を抜けることにした。
見た目は荒っぽいが、ギルドから紹介された冒険者だ。
ちゃんと魔物から守ってくれていたが、それも道の途中で賊が現れるまでの話である。
その賊は神出鬼没の盗賊団。
出現したかと思えば騎士団が動き出す前に別の場所へ移動する。
今回はもういなくなったかと思わせておいて、まだ周辺で活動していた。
そして、護衛の冒険者はビリーを置いて逃げたのである。
(あの時は焦ったなぁ。死ぬかと思ったよ)
ビリーは置いていかれたことに混乱して一瞬固まり、盗賊団が動き出したところで叫んだ。
「えっえっえぇえっ! ひょあーっ!」
ビリーは奇声を上げつつ光玉、煙玉、音響玉のコンボをキメて、森の中に逃げた。
気休めにしかならない効果の疾風薬を飲み、全力で森の中を走る。
追ってくる音はしなかったが恐怖で走り続け、高くそそり立つ崖で行き止まりになった。
そこで魔物が現れたのである。
今まで冒険者に守って貰っていたのだ。森には当然魔物がいる。
体力を使い切ったビリーは逃げられないことを悟り、持っている薬品全てを投げつけてやろうと思った。
その時、現れたのはオルコットという冒険者だ。
ビリーと同年代の冒険者は、同じ歳の冒険者や少年のような若手の冒険者パーティーを連れた豪傑であった。
(あの冒険者は元気かねぇ。もう六十近いはずだけど)
ビリーは緑色の玉を見つつ思いを馳せる。
オルコットたちは魔物を倒し、盗賊を壊滅させた。
その緑色の玉は盗賊のアジトで見つけて、報酬として貰ったものだ。
ビリーが報酬を貰ったのは、盗賊のアジトを見つけたからだ。
ただ、それはたまたまである。
魔物から助けられた後、ビリーはへたりこんで岩にもたれかかった。
その時、カチッと音がして岩が動き、アジトの入口が現れたのだ。
それが盗賊団壊滅に繋がったのだが、ビリーは隠れていただけで何もしていない。
盗賊団は冒険者が全て倒していた。特にオルコットはすさまじく、半数近くを一人で倒していただろう。
それでもアジトを見つけたのはビリーであり、オルコットたちと報奨金と見つかった武器やアイテムを山分けすることになった。
ビリーはアイテムまで貰うのも申し訳なくて、一番役に立ちそうにない緑色の玉を受け取ったのである。
(役には立たないが、何となく集めてしまうんだよなぁ)
王都で詐欺にあって追いかけたら迷い、逆に裏路地でゴロツキに追いかけられて彷徨っている時に見つけた橙色の玉。
その場所は行き止まりで絶体絶命かと思った時、とある学園生に助けられた。
名乗りはしなかったが、少女がやたらと強かったことが印象に残っている。
(後は青、黄、赤、藍色か。それぞれいろいろあったなぁ)
青はヘンゼンムート領北部の山にある町で、痛めた膝の療養中に見つけたものだ。
温泉で癒そうと痛みに効くという湯に浸かりに行き、迷って行き倒れそうになったところで未知の温泉を発見。
その湯の中に落ちていたのである。
さらにその温泉を使って体の痛みを軽減する薬の改良にも繋がった。
ちなみに、その湯はビリーの湯と名付けられ、後々名湯と評判になる。
黄は魔物に追われる商人の巻き添えをくらい、危機に陥りつつも様々な薬で助けた時に、貰ったものである。
ライラと名乗るその商人がお礼にと言って出した商品の中に黄色の玉があった。
ビリーが思わず手に取ると「それ選ぶんか! あんた見る目あるなぁ! たぶんそれめっちゃ大事なもんやねん。知らんけど」と褒められたのかよくわからない言い方をされ「さっき使ってた薬やねんけど、まだある? 売ってもらえへん? 物々交換でもええで!」と半分強引に物々交換し「ホンマええ商談やったわ! また会うた時はよろしゅうな!」と嵐のように去っていった。
藍色はカイザフという自称最強旅剣士の修行に巻き込まれた時、赤は悠久の軌跡という冒険者にドラゴンから助けられた時。
カラフルな色玉は数ある危機の中でたまに見つかるものだ。
今となっては思い出の品である。
(そういえば王国内でしか見つけてないな)
王国を出てからも様々なことが起こった。
クロフト領から魔導船で渡ったザンパルト王国では、お金が使えなくて働くことになった。
それからしばらくしてリュブリン連邦に向かったが、船が座礁して命からがら到着したと思えば捕まった。
そこからアーシャンデール共和国に入るとスパイ容疑をかけられて裁判にまでなった。
ひょんなことから仲良くなったアーシャンデール共和国のローレン州長の計らいでサルゴン帝国にはスムーズに入ったが、内乱が勃発。
逃げるように北へ向かったが、帝都には入ることさえできず、そのまま魔導列車に乗ってグレンガルム王国ミストリープ領に向かうことになった。
様々なことが起こったが、色玉を見つけることはなかった。
(グレンガルム王国にしか無いものなのか? 不思議なものだなぁ)
色玉を見ながら、今ならいい経験になったと言える思い出を溢れさせる。
それはグレンガルム王国に帰ってきて、旅の終わりを感じているからだろう。
そんな空気に浸りながらビリーは馬車に揺られるのであった。
と、その時。
ビリーはバッと顔を上げる。
ボスの領域に入る感覚がしたからだ。
(ボス!? こんなところで!?)
「止まれ! 魔物のボスがいるぞ!」
護衛の冒険者が叫ぶ。
馬車に乗っているものはその言葉を聞いて騒然とした。
通常、町で暮らしているものはボスと遭遇することがなく、領域に入る感覚は知らないからだ。
ただ、日常的に危機に陥っているビリーはボスと遭遇したことがあったので、すでに周囲を確認している。
(でも……どこにいる?)
周囲を警戒したが、ボスは見えない。
ここはグレンガルム王国とサルゴン帝国の国境、ケルソー荒野の中央。
荒れた大地に所々力強く生える草木、無造作に転がる岩は、視界を遮るほど大きくない。
小型の魔物ならまだしも、ボスが隠れられるような場所はなかった。
冒険者たちは地面や空も警戒し、緊張感が高まる。
しかし、ボスの姿は確認できない。
しばらくして冒険者がボスの結界を調べ、ボスの場所を探り始めた。
ボスの結界はボスを中心にして、円を描くように形成される。
洞窟型などになると別だが、屋外なら基本そうだ。
なので、領域に触れるとその曲面から大まかにボスの場所を割り出すことができる。
しかし、冒険者がどこまで行っても直線だった。
そんなことは普通あり得ない。
ただ一つだけ、各地を巡ったビリーには思い当たることがあった。
一つの国全てを覆い尽くす超広範囲の領域を持つ魔物。
「魔王だ……」
ビリーは確信したようにそう呟くのであった。
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