第199話 モーリッツ・ザイフリート3


 フォルクヴァルツ騎士部門番課長モーリッツ・ザイフリートは店の入口付近で立っていた。


(2万!? ホントかよ! というか何で知ってんだよ! 誰かつっこんでくれよ!)


(おいおい、急になに始めてんだよ、って水飲むのめちゃくちゃ早ぇな!)


(すげぇ、すげぇよ……曲芸団か? なんなんだよこいつら)


 信じられないようなことなのにすんなり受け入れられるセージの話、突然始まったハイレベルな水早飲み大会、明らかに常人の域を超えた剣舞。

 そんな予想外な宴会の中、モーリッツは心の中でツッコミをするしかない。


 すると、部下が店のドアを少し開けてモーリッツを呼ぶ。

 モーリッツが外に出て聞くと職工部長からの依頼の報告だった。

 端的に言うと、救国の英雄にお礼として装備品を渡したい、ということである。


(その気持ちはわかるけどよ。気楽に言いやがって)


 店は盛り上がっているし、モーリッツはそこに割り込みたくはなかった。

 ただ、職工部はフォルクヴァルツでも発言力が強い。

 このまま全てを止めていると不満が高まり、国民全体から非難されるだろう。


 それだけならいいが、もしドワーフが押し寄せてくれば店を守り切れなくなる可能性もある。

 ただ、逆に職工部のトップさえ通しておけば今の門番課が抑えている状態も変わるだろう。


(チッ仕方ねぇな)


「商品を見せる準備をさせとけ」


「職工部はもう準備してきてたぜ。あとは裏口連れていくだけで大丈夫だ」


(あいつら、断われねぇことがわかってやがったな)


「チッ、わかったよ。準備ができたら合図をしろ。ナイジェール侯爵に話をする」


 モーリッツはまた店内に戻り、様子を観察すると、ちょうどルシールが剣技を披露する時であった。

 ピンと張り詰める空気。

 ルシールに向かって何の変哲もない木の棒が投げられる。

 そして、いつの間にか剣が抜かれており、足元に転がった木の棒は半分になっていた。


 投げられた木の棒を断ち切るだけ。

 言葉にしてみると簡単そうだが、その剣は凄まじい。

 高い技術にステータスカンスト、それに加えて特技『神速シンソク』を発動していた。


「さすが団長だぜ!」


「これは反応できねぇわ」


(反応できねぇってか見えねぇよ!)


 モーリッツはそうツッコミを入れ、裏口に目を向ける。

 部下が準備ができたことを知らせてきた。

 セージに話をしに行けと急かしてくるが、ちょっと待てと合図を出す。


(今は無理だろうが!)


 セージは席に戻ってきたルシールを歓迎している時だった。

 それを邪魔するわけにはいかない気がして、タイミングを見計らう。


(くそっ、なんで俺がこんな役割なんだ)


 モーリッツは注意深く観察し、セージとルシールの話が一段落して次に移る時を予測しつつ話しかける。


「ナイジェール侯爵、すまないが少し話を聞いてくれるか?」


「いいですよ」


 セージが気楽にそう言ったのでモーリッツはホッとする。


「あらためて、神命鳥の討伐に感謝する。救国の英雄だ」


「いえいえ、こちらとしても戦いやすいところで戦えてちょうどよかったですよ、ってさっきも言いましたね。それで、どうしたんですか?」


(ちょうどいいと言やぁそうなんだろうけどな)


 山頂まで登れる者はいなかったため、神命鳥の住み家がどうなっているのかはわからないが、確実にフォルクヴァルツの前で戦う方が楽だろう。

 それはわかるのだが、モーリッツとしては神命鳥が来てちょうどいいという神経にはなれなかった。


 とりあえず武器を見せることが決まってよかったと思ったところで、再び理解できない言葉が飛び出す。


「復活自体はすぐなんですよ。まぁ討伐された場所には近づきたくないでしょうし来ないのかなと。で、僕らの目的は神命鳥の討伐というよりランク上げのためなんですよね。神命鳥でランクを上げるつもりなんです」


「神命鳥でランク上げ、だと……?」


「えぇ、効率がいいんですよね」


「効率が、いい……?」


(何を言っているんだこいつは……)


 同じ場所ですぐに復活して倒し続けられてランクも上がる魔物は効率がいい、という意味はわかった。

 じゃあ神命鳥を狙おう、とはならない。


(こいつは、人、なのか?)


 モーリッツは神命鳥を一体倒せばランクが1上がるということを知らない。

 ただ、知っていたとしても、おおよそ英雄に向けているとは思えない眼差しは変わらなかっただろう。


「それより、武器を見せてもらえないか?」


 ルシールから言われてモーリッツはハッとする。


「あ、あぁわかった。すぐに用意する」


 ルシールの催促に、モーリッツはとりあえず部下に合図を出した。

 テキパキと机が用意され、その上に剣が並べられる。

 そこには王都でも売っていないような逸品が揃っていた。


(さすがに良いもん持ってきてんな)


「それじゃあ右端から説明するぜ」


「あっ鑑定でわかるので大丈夫です」


「んっ? 鑑定?」


(鑑定が使える? 転職はしてねぇよな? なぜ使える?)


『鑑定』は最も戦闘に向かない職業、商人の特技である。

 ここに来るまで転職するタイミングはなかったため、鑑定できるのであれば商人をマスターしているということだ。

 商人ならまだしも、ただ『鑑定』を使うためにわざわざそんな職業をマスターする手間をかける酔狂なことはしないと思っていた。


「そうですよ。ガイアの剣、光の剣、破邪の剣、そして、魔剣クリムゾンですよね?」


(その通りだが……鑑定使ってねぇじゃねぇかっ!)


 特技『鑑定カンテイ』は触れながら鑑定を唱える必要がある。

 それにも関わらず、特に何もせずに答えるセージにモーリッツは心の中で突っ込む。

 そして、そんなモーリッツをよそに、団員たちはそれぞれ鑑定し始める。


「おっ! マジか! こりゃすげぇな!」


「こっちは攻撃力100超えじゃねぇか! なかなか見ねぇぜ!」


「団長もこれ見てくださいよ!」


(おいおいおいおい、どういうことだ? 全員鑑定が使えんのか? 何でだよ!)


 モーリッツの気持ちとは関係なく、団員たちは盛り上がっている。

 それぞれ程度の差はあれど、武器に興味はあるのだ。

 それに、最近になるまで装備は一般的に売られている程度の物を使っており、フォルクヴァルツの装備の価値がわかる。


「ほう、これはいいな。取り回しやすそうだ」


「魔剣クリムゾンはなかなかいいよね。貰っとく?」


「いや、わたしにはこいつがあるからな」


 ルシールは腰につけた剣に軽く触れながら言った。

 それはセージがルシール用にとガルフに作ってもらった剣である。

 現在作れる中では最強と言える武器だ。

 当然、目の前の剣より格段に良く、他の団員の武器よりも良い。


 それにルシールは、装備は使われるべきという考え方だ。

 予備など全て合わせても数本しか武器を持っていない。

 無駄になることがわかっていて、貰おうとは思わなかった。


「まぁそうだよね。ギルさんのは変えてもいいんじゃないですか?」


「俺はもっと大きい剣がいいんだよ。こいつに愛着もあるしな」


 ギルの剣は長年使っていた愛用の剣だ。

 攻撃力は高いが、魔法効果がないので、総合的にみれば魔剣クリムゾンの方が優秀だろう。

 ただ、装備は慣れ親しんだ物の方がいいというタイプもいる。

 セージは性能だけで考えがちだが、剣の長さ、形状、重心など、こだわりをもつ者は多い。


「うーん。じゃあ皆さんいいですね? とりあえず他の装備を見ましょうか。盾もあるんですよね?」


「あぁ、盾もあるんだが……剣はいいのか?」


「そうですね。いい武器なんですが、使わなさそうなので」


(おいおい、職工部が荒れるぜ)


 お礼として渡すつもりがそのまま返され、モーリッツはなんとも言えない表情で部下に剣を片付けさせる。


「それじゃあ次は盾を――」


「おいおいおい、こりゃあ俺の最高傑作だぞ!? 使わねぇってどういうことだ!」


 奥からそんな声が聞こえてくる。ただ、乗り込んで来ることはなく、姿は見えなかった。

 部下がきっちり止めているようだ。


(まぁそうなるよな。まったく)


「すまねぇ、少し待っていてくれ」


 モーリッツはそう言って裏に行こうとしたが、セージが「ちょっと待ってください」と呼び止める。


「僕の装備を少し貸しますね。これを持っていけばわかると思います」


「お、おう。すまねぇな」


(こいつは……やべぇやつか?)


 セージの自信にモーリッツは戸惑いながらも、なんとなく両手で丁寧に受け取った。

 モーリッツは鑑定が使えないため、何かはわからない。

 それでも、セージの武器は丁重に扱わなければならない気がした。

 裏に行くと、職工部武器課長が荒れていた。


「おい、モーリッツ。ちゃんと説明したんだろうなぁ!」


「説明するまでもなく、鑑定してたぜ」


「なに言ってんだ! 俺は英雄たちの話をしてんだよ!」


「だから英雄たち全員鑑定が使えるんだよ」


「はぁ!? そんなわけねぇだろ!」


(チッ、話が伝わらねぇ!)


 モーリッツは面倒臭くなりながらも「鑑定してみろ」と手に持った剣を視線で示す。

 職人であれば鑑定が使えるため、手っ取り早いと思ったのだ。


「なんだよ、その剣は」


「ナイジェール侯爵の剣だ」


「だからなんだってんだよ」


「鑑定すりゃわかる」


「はぁ!? 何がわかるってんだ!」


「いいから早くしろよ」


 武器課長は舌打ちしつつ剣に触れて「鑑定」と言った。

 その途端、武器課長の表情が変わる。

 それに気づいた周囲の者が静まっていく。

 注目を集めた武器課長は「鑑定」と言い、そして「鑑定」と言った。


「もういいだろ」


「……なんじゃこりゃぁあ!」


 そう叫んだ後、驚愕の表情で固まる武器課長。

 モーリッツは部下に任せて戻り、セージに剣を返して気を取り直す。


「よし、じゃあ次行くぜ。今度は盾だ」


 剣と同じように並べられる盾。これも逸品揃いだ。


「うおっ! これもすげぇ!」


「耐魔法装備じゃねぇか!」


「魔法ダメージ二割減は優秀だな!」


 一時的には盛り上がるが、より優秀な盾を持っているので誰も使わない。


「はいということで、これも使わなさそうです」


 盾が回収されると、奥から「おいおい、フォルクヴァルツで最高の盾だぞ!」という声が聞こえてきた。

 モーリッツがセージの盾を持って行き「なんじゃこりゃぁあ!」という声が響く。

 というやりとりを数度行い、最後に机に白レンガや木刀などが並べられた。


(本気でこれを出すのかよ。いいのか? 本当に合ってんだよな?)


 セージが欲しがっていた物の情報を集めていると、武器屋『鋼と木』で欲しがっていたものがあったというのだ。

 ただ、その品々がレンガや木刀となると、自信もなくなる。


「これは白レンガが欲しいっつってたから用意したやつと、木の剣を欲しがってたってのを聞いてな。他にもいくつか持ってきた。で、これ、本当に欲しいのか?」


「はい! 欲しかったやつです……ってこれまさかスギの杖!? 鑑定、ほらやっぱり! えっ? この辺に杉の木があるの? どうやって作ったんだろ?」


(今までで一番反応いいじゃねぇか……!)


 セージの急なハイテンションに困惑を深めるモーリッツだが、見せられたルシールは慣れたものである。


「スギの杖は聞いたことないな。強いのか?」


「いや全く、最弱だよ! でも欲しかったからね!」


(最弱かよ! 使えねぇ! 何で欲しいんだよ!)


「しかも、こっちは溶岩の杖だし……あれっ? なにこれ?」


(おっ? 知らねぇ武器もあんのか)


 最後に置いてあった扇子のような物を手に取り『鑑定カンテイ』を使うセージ。

 周りの者はじっと見守っていた。


(なんだ……この空気はっ……!)


 その場の空気が緊張感につつまれ、セージに注目が集まる。

 セージが知らない武器というのは初めてだったからだ。


「これ、風神の扇だ……!」


 驚愕しているセージが持つ扇を、ルシールも鑑定した。


「こんな形状の武器は初めて見たが、意外と強いな。攻撃力+50で風の魔法も発動するなんて優秀なほうじゃないか」


 主流は剣で、それ以外の装備は数が少ない。騎士の中には槍、冒険者の中には斧などを扱う者もいるが、扇の武器は王都でも見たことがなかった。

 実質、扇では魔物相手に戦いにくいだろう。


 ただ、セージとしては武器の性能よりも、扇という装備が存在していることが驚きであった。

 ゲームで扇を使うキャラと戦うことがあったが、味方の装備としては登場していないからだ。

 イベントアイテムとしてなら作れるのかと思っていたが、まさか普通の装備として存在するとは思っていなかったのである。


「とりあえず、これ、全部ください」


「これ、全部? 全部必要なのか?」


(価格は魔剣一本にも及ばねぇだろうけどよ。本気か?)


「もちろんです!」


 全てをいらないと断ってきたセージが、ただのレンガや扇、木でできた剣と杖に食いつき、全て欲しいと言っている。

 そして、そんな状況でも、パーティーメンバーは特に気にせず突っ込みもしない。


(誰も止めねぇのか!? 本当にいるのか!?)


 そんな状況にモーリッツは戸惑いを隠せなかった。


「これを作った方にも会いたいですね! 紹介してもらえますか?」


 そんなモーリッツにセージは好奇心を溢れさせつつ質問するのであった。

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