第198話 宴会

「それでは、カンパーイ!」


「乾杯!」


 戦闘後、セージたちはフォルクヴァルツ中央大会議堂から少し南にある酒場を貸し切りにして祝宴を始めた。

 その場にはセージのパーティーと店の者、そしてモーリッツたち門番課のドワーフ数名しかいない。


 モーリッツは、本当はパレードのように盛大に祝うつもりだった。

 それが大通りにある普通の食堂になったのは、祝いの準備をするまもなくセージたちが食堂に向かったからだ。

 もちろんモーリッツは呼び止めてパレードをすることを提案したが、セージが英雄のように扱われることを断っていた。


 ただ、パレードをしなくとも、すでにフォルクヴァルツ中に神命鳥撃退の話は伝わっている。

 町は活気を取り戻しつつあるというより、店の外はお祭り騒ぎになっていた。

 なので、多くの町の者が英雄であるセージたちに押し掛けようとしているのだが、モーリッツの部下たちがそれを阻んでいる。


 モーリッツは門番課を総動員して、店を守ることにしたのだ。

 救国の英雄に迷惑をかけるわけにはいかないとの思いである。

 そして、モーリッツの部下たちは店を厳戒体制で守っていた。

 その真剣さは英雄を丁重にもてなす気持ちと、その強さに対する畏怖の二つがある。


 門番課は全員がセージたちの強さを見ていた。

 フォルクヴァルツの全戦力を総動員して追い返すしかできない魔物。

 それをいとも容易く討伐するのだ。

 もし怒らせるようなことがあったら町が壊滅しかねないとも思っていた。


 そんな中、セージたちは気楽にフォルクヴァルツの料理を楽しむ。


「フォルクヴァルツって芋が主食なんですね」


 セージが机に並んだ料理を食べつつ店員に話しかけた。

 飲み物のおかわりを持ってきた店員は少し驚きつつもセージに答える。


「おう。王国はパンだよな? 最近はフォルクヴァルツでもパンが増えたが、ドワーフからすりゃ朝食うもんだな。芋はどうだ? うめぇだろ?」


「旨いですね。特にこの芋、初めて食べました」


「おっ、そいつは数年前に開発された『シュトックハウゼンのめざめ』だな」


「えっ? シュトックハウゼンのめざめ?」


(なにそれ聞いたことないんだけど)


 聞きなれない単語に首をかしげるセージに店員はうんうんと頷く。


「こいつは旨いんだよな。調理法によって種類を変えてんだが、その品種はそのまま食べるのが一番だ。揚げるなら『揚揚芋ヒュッテンブレンナー』、焼くなら『長芋メッゲンドルファー』がここ最近の主流だぜ。まっ結局は『万能芋アルムガルト』を使えばだいたい旨いんだけどよ」


(初めて聞く名前というか、名前がいちいち濃くて全然覚えられない)


「ちょっと聞いたことがない名前ばっかりで、調理が終わったあとでいいので食材見せてもらってもいいですか?」


「そんくらいいいぜ。料理長に言っといてやるよ」


「ありがとうございます!」


(芋の品種かぁ。そういえば、ドラルに甘いさつまいもがあったけど、ここはじゃがいも系が多くて、さつまいも系がないなぁ。ここでは育ちにくいのかな? それとも好み? さつまいもは主食っぽくないし)


 かつてマーフル洞窟という場所でランク上げをしていたとき、拠点にしていた町がドラルであった。

 そこでとれる芋が甘く、最近ラングドン領都で流行っているため、知る人は多い。

 そんな懐かしいことを考えているセージにルシールが話しかける。


「セージ、今回はかなり余裕があったんだが、神の魔物相手でも装備を整えるとこんなものなのか? さすがに楽過ぎると感じたぞ。神霊亀はもっと強い気がするんだが」


「まぁ、神系で一番強くて一番対策しやすい魔物だからね。それに、今回は装備がよすぎたから余裕だっただけだよ。サラマンダーの腕輪がなかったらここまで簡単じゃなかったし、準備無しなら初っ端に神炎の息吹を吐かれて終わるからね」


(ゲームでも火耐性百パーセント装備が可能になって、メイルシュトロームが登場した時は経験値にされてちょっと可哀想に……でもないな。数時間分のデータを吹き飛ばした恨みは忘れないぞ)


 セージがゲームで初めて神命鳥に会った時、たまたまその日はセーブをしておらず、戦闘開始直後の神炎の息吹で全滅。

 そのままタイトル画面に戻った時は呆然としてしまった。

 そんなプレイヤーは続出し、当時最もヘイトを稼いだ魔物と言われている。


「確かに最初の息吹は強力に見えたが、通常の装備であればどれくらいのダメージになるんだ?」


「軽減無しで戦闘するなら約二万かな」


「二万!?」


「ホントかよ!」


(まぁこれは反則だよね)


 セージとルシールの話を聞いていたトニーたちが思わず話に加わった。

 けれど、それも仕方がないことだろう。

 HPの上限が9999なのに二万ダメージというのがそもそもおかしい。


「普段の僕らの装備でも一万は余裕で超えるダメージになるね」


「それは、このステータスでも?」


「防御力無視だから」


「防御力無視? そんなことがありえるのか?」


「意外とあるんだよね。まっ、ダメージ計算をするタイプは少ないけど、例えば……」


 そして、セージの解説が始まる。

 この光景は良くあることだ。

 話をしているのはセージだけじゃなく、周囲もそれぞれ自由に過ごしている。

 新しく加入したブレッドたちも、意外と馴染んでいた。


「マジでこの職業高性能だな」


「これ、ここにいる全員なってんのか? レベルは?」


 マイルズとフィルの話に答えるのは『騎士の誓い』のクリフたちだ。


「ルシール自由騎士団は全員だぜ。レベルはまだまだだけどな。俺らも最近なったばっかりなんだよ」


「てか条件が厳しすぎるぜ」


「神系の魔物ってなかなかいねぇしな」


 アンナの言葉にブレッドが同意するが、アンナは「そういうことじゃない」とすぐに否定した。


「いないんじゃなくて倒せないんだよ。今回楽だったのはセージさんのおかげだぜ」


 冒険者『騎士の誓い』がまだ騎士だった頃、初めて戦った神の魔物は神霊亀であった。

 その圧倒的な強さは未だに印象深い。

 そんなアンナの言葉にクリフが頷く。


「この前戦った神聖馬は戦闘向けじゃないってことだったが相当キツかったし、神霊亀なんてまだ勝てる気がしない」


「この装備がやべぇってこともわかってるんだけどよ。やっぱ他のやつと戦ったことがねぇから実感がわかねぇんだよな。どんな敵だったかちょっと聞かせてくれよ」


 ブレッドはこのステータスでも勝てない魔物がいるのかと思いながら聞いた。

 クリフたちはずいぶんと前に思える数年前の話を始める。


 そうしているうちに始まる騎士団恒例水早飲み大会。それが終われば机を寄せて店の端を空けて開催される剣舞大会。

 そんな自由な宴会の中、部下から報告を受けたモーリッツがセージに話しかける。


「ナイジェール侯爵、すまないが少し話を聞いてくれるか?」


 妙な緊張感があるモーリッツを不思議に思いながら、セージは「いいですよ」と気楽に答える。


「あらためて、神命鳥の討伐に感謝する。救国の英雄だ」


「いえいえ、こちらとしても戦いやすいところで戦えてちょうどよかったですよ、ってさっきも言いましたね。それで、どうしたんですか?」


「国中の鍛冶屋から是非武器を使ってほしいという話がきていて、見てもらえたら助かるんだが、どうだろうか」


「もちろん見ます! いつ見せてもらえますか?」


「もう用意はしてあるからいつでもいいぞ」


「じゃあ今から見ます! いいよね?」


「あぁもちろんだ。私も気になる」


 セージが聞くとルシールは目をキラリと光らせて答えた。

 ルシールは、父親のノーマンほどではないが、剣が好きである。


「欲しいものがあったらこの場で買えますか?」


「これはお礼だ。国から支払う。好きなものをいくらでも選んでくれ。ただ、大きさが合わない場合や調整が必要な場合は作り直しに一日ほしい」


「そんなに急がなくてもいいですよ? 神命鳥討伐のためにしばらく滞在しますから」


 そのセージの言葉をモーリッツは不思議に思った。


「神命鳥、討伐? もうそれは終わっただろう?」


「実は神命鳥って復活するんですよね」


「それは伝説で聞いたことがある。ただ、一度討伐すれば何十年も降りてこないと聞いているが」


「復活自体はすぐなんですよ。まぁ討伐された場所には近づきたくないでしょうし来ないのかなと。で、僕らの目的は神命鳥の討伐というよりランク上げのためなんですよね。神命鳥でランクを上げるつもりなんです」


「神命鳥でランク上げ、だと……?」


 モーリッツの頭は混乱していた。

 神命鳥でランク上げなどと正気の沙汰ではないという気持ちと、戦いを見ている限り納得できるという気持ち、そして、何故そこまでしてランクを上げたいのかという気持ちが混ざりあったのである。


「えぇ、効率がいいんですよね」


「効率が、いい……?」


「それより、武器を見せてもらえないか?」


 珍獣を見るような目になっていたモーリッツにルシールが催促し、ハッとする。


「あ、あぁわかった。すぐに用意する」


 モーリッツは混乱覚めやらないまま、とりあえず武器の用意をするように部下に合図を出すのであった。


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