第197話 モーリッツ・ザイフリート2

「カンカンカンカンッ!」


 警鐘が鳴り響いたのは騎士部門番課の課長モーリッツ・ザイフリートが北門に到着したときのことだった。


「またかっ!」


 モーリッツは北門の塔を駆け上がる。


「神命鳥か!」


「そうだ! また来やがった!」


「ホークアイ!」


 モーリッツは特技を使って、こちらに向かってくる神命鳥の姿を確認する。

 門番課の者は必ず探検家をマスターしており、遠くを見る特技『ホークアイ』は誰でも使えた。

 門番として『ホークアイ』『ドッグノーズ』『ラビットイヤー』など五感を鋭くする特技が有用だからだ。


(くそっ! 本当に来やがった! 一週間前に来たばかりだろうが!)


「騎士課に連絡を入れてくる!」


「待て! いらねぇ! 騎士課もわかってんだろ! それより西壁に大型弩弓を運べ!」


「壊されたやつはまだ修理中だぞ!」


「東壁から持っていけ! やつは西壁にくる! ティモ! 西壁に魔法使いを多く配置しろ!」


「おう!」


「ヴェルナー! 中央に走れ! 里内での防衛戦の準備をザームエルに伝えろ!」


 モーリッツは指示を出しながら塔を降りる。

 神命鳥を相手に直接戦おうとしても、一撃で倒されることは目に見えているので、外壁や建物の中から攻撃するしかない。

 そして、戦闘に関わらない者は地下に逃げ込み、やり過ごすのだ。


 建国当初のフォルクヴァルツは地下の町であった。

 外壁ができるまでは、神命鳥や魔物の襲来を地下でやり過ごしてきたのだ。

 地上よりは小規模ながら、今でも管理されており、地下水の利用は現役である。


(もうフォルクヴァルツも終わるかもしれねぇ。地下に全員住むことはできねぇし、いよいよ移住を考えねぇと)


 神命鳥の襲来頻度がだんだん短くなってきているのはわかっていた。

 いつか止まることを願っていたが、その思いとは裏腹に一週間という短期間になり、準備も終わっていない状況だ。

 これがさらに短くなればフォルクヴァルツは壊滅するだろう。

 課長級以上の会議で、このままではこの地を捨てることになるという話も出ていた。


(いや、そんなことを考えてる場合じゃねぇな)


 モーリッツはなんとか今日を凌ぐため自分の役割を果たす。


「東は準備が完了したぜ!」


「西はどうだ!?」


「こいつを運び込んだら終わりだ!」


 慌ただしくあるものの、短期間に何度も襲撃を受けているため動きは良く、襲来までに避難と準備が完了しそうであった。


(まったく、こんなこと慣れたくもねぇぜ。んっ? あれは……あいつらか!)


 モーリッツはセージとルシールが門に向かって来ていることに気づいて叫ぶ。


「お前ら、早く逃げろ!」


「課長さん! 門を開けてください!」


「馬鹿野郎! 神命鳥が来てるんだ!」


「僕らは神命鳥と戦いに来たんですよ!」


(そういやそうだったな! くそっ! こんな時にややこしいやつらだ!)


 グレンガルム王国の貴族を見殺しにするとフォルクヴァルツとして問題になる。

 しかし、門番として強制的に止めることもできない。

 それに、強制的に止めようとしても、人手がいない今、問答無用で通ることができるだろう。


「ということで、早く開けてもらっていいですか?」


(軽く考えやがって! 仕方ねぇ!)


「ユルゲン! 門番用通路を開けろ!」


「いいのか!?」


「通してやれ!」


「ありがとうございます。それでは」


「どうなっても知らねぇからな! すぐに退避できるところで戦えよ!」


「了解です!」


 にこやかに答えて通路を通って出ていくセージたちを見送り、モーリッツは通路の扉を閉める。

 そして、その扉の隙間からセージたちを覗いていた。


「準備が終わったぜ! モーリッツ、行くぞ!」


「俺はここに残る。ユルゲン、攻撃の指示はお前に任せた」


「おい、あいつらはいいだろ。ほっとけよ」


「そういうわけにはいかねぇよ。助けられるなら助けなきゃならねぇ」


 モーリッツはセージたちが倒れたあとに回収しようと考えていた。

 貴族だからというのもあるが、セージには好感を持ったことが大きい。


 フォルクヴァルツに来る商人や貴族は、妙にへりくだっていたり、高慢だったりする。

 だが、セージはそんなことがなく、自然体だ。パーティーの雰囲気も良く、夢を追う若者のような行動は、若い頃を思い出させるようだった。


 すでに準備が終わった今、課長のやることはしばらくない。

 攻撃は主任級が合図を出し、係長が部隊の指示を出す。

 課長は報告を受けて全体の動きを考えるだけだ。

 覚悟を持ってとどまるモーリッツにユルゲンは呆れたように溜め息をつく。


「馬鹿だな。そんなに真面目だから課長にさせられるんだよ」


「うるせぇ」


「仕方ねぇ。俺も残るぜ」


「お前は行け。指示はどうすんだ」


「俺の仕事は北塔の係長に任せてるぜ。お前が残ることはわかってんだよ」


「……お前も馬鹿じゃねぇか」


「お前の次にな」


 フンッとモーリッツが視線を外し、セージの方を向く。

 セージとルシールがコツンと拳を合わせたあとだった。

 モーリッツの隣、両開きの扉の右の小窓からユルゲンが外を覗きつつ、また溜め息をつく。


「まっ見捨てるのは寝覚めがわりぃってのもわかるけどよ。ってあいつらめちゃくちゃ遠ざかってんじゃねぇか!」


(すぐ待避できるところで戦えっつってんのに話聞いてねぇのか!? しかも速ぇ!)


 ルシールはもちろんセージも素早さはカンストに近い。

 みるみるうちに離れて止まる。


「ここから走って次の攻撃までに……間に合わねぇよな」


「無理だろ。あの距離なら弩弓が届くんじゃねぇか?」


「飛んでりゃ届かねぇな。一撃で倒れたあいつらを神命鳥が無視することを祈るしかねぇ」


 そして、神命鳥の攻撃範囲に入ったセージたちに『神炎の息吹』が発動し、炎に包まれる。


(死んでねぇといいが)


 神命鳥は炎を吐き出した後、高速で飛来し始めた。

 体当たりするかのようにぐんぐんと近づいてくる。


(あれはやべぇ!)


「チッ!」


 モーリッツが盾を手に取り、扉を開けたところで、ユルゲンがその腕を止める。


「止めとけ! もう無理だ!」


「俺が標的になってすぐに逃げる! ユルゲンはあいつらを助けろ!」


「馬鹿野郎! 止めとけっつってんだ!」


 そして、炎が晴れたとき、そこにセージたちはいなかった。


(あいつらどこに……はっ?)


 モーリッツが見たのはルシールが剣を振るった後。

 セージとルシールが手をつないで見つめ合っているところだ。


(あいつら、緊迫感もなにもねぇ……! デートにでも来てるつもりなのか!?)


 そして、攻撃を外して急上昇した神命鳥に、二人は手を向ける。

 発動するのは融合魔法『メイルシュトローム』。

 突如として現れる見たことのない巨大な激流の渦。

 神命鳥を翻弄する凄まじい威力。

 魔法から逃げ出す神命鳥に再び『メイルシュトローム』が発動し、神命鳥が落ちる。


(なんだありゃあ。どうなってんだよ……)


 天変地異かと思うような魔法も、神命鳥が落ちたことも、理解の範疇を超えていた。

 助けに行こうとした姿勢で固まったままのモーリッツも、それを止めようとするユルゲンも、更なる予想外の出来事に呆然と見るしかない。


 魔法により落とされた神命鳥に鋭い剣撃が叩き込まれる。

 神命鳥も反撃するが、それをものともせずに攻撃。


(まさか、こんなことがあるのか……)


 アイコンタクトしつつ口元には笑みを浮かべるセージとルシール。その様子は明らかな余裕を感じさせる。

 神命鳥だろうと相手にならないというほどの、まさに圧倒的な強さ。


 モーリッツは都市を壊滅させる魔物を圧倒する二人に戦慄した。

 二人に魅入られていたモーリッツは、ガンガンと扉を叩く音にハッとする。


「誰かいねぇか! 門を開けてくれ!」


 モーリッツが急いで町側の扉を開けると、そこにいたのはセージのパーティーメンバーだ。


「こっちを通れ!」


 それに気づいた瞬間、モーリッツは門番用通路を開け放ち、パーティーメンバーは続々と通り抜けていく。

 それに続いてモーリッツが通ると、再び落とされた神命鳥が反撃するところだった。


「よっしゃあ! 行くぜ!」


「おう!」


 そう気合いを入れながら神命鳥に向かっていく。


(こいつらもあの強さなのか?)


 神命鳥が地上で『神炎の息吹』を再び発動する。

 モーリッツは反射的に扉を閉めた。

 ただ、仲間たちは一切怯むことなく突撃。

 炎が晴れたときには、そのまま攻撃を始めている。


 もし炎を無効化できたとしても、全てを焼き尽くす炎を前にすると無意識に防ごうとするはずだ。

 それがないのは、耐える自信があるということ。


(やっぱりこいつらもそうなのか。グレンガルム王国はどうなってんだよ)


 それからはもう、まさに一方的。

 全員で取り囲み神命鳥へとダメージを与える。

 神命鳥の反撃にも怯まず、攻撃は止まない。

 途中で神命鳥が退却する様子を見せるが、それさえも魔法で落とされる。

 なす術もなく翻弄される神命鳥。


 立ち向かう冒険者、騎士、ドワーフ族を一撃で倒してきた神命鳥。

 直接戦うことはできず、外壁と大型兵器に頼り、追い返すしかない相手。

 それが弱かったのかと錯覚してしまうほどである。


 しばらくして、猛攻を受け続けた神命鳥は体がゴウと燃え盛った。

 その瞬間に凄まじい炎が巻き起こり、その中央から小さな黄金の鳥が弾丸のごとく打ち出される。

 それは山の頂上に向かって飛んでいき、見えなくなった。

 残ったのはハラハラと舞う羽根だけだ。


(伝説は本当だったのか! マジで討伐しやがった!)


 モーリッツは思い出した。

 はるか昔に神命鳥が討伐されたとき、このような光景が見られたという言い伝えを。


(これが、こいつらが英雄か……!)


 炎が晴れ、無傷で立つセージたち。

 それはモーリッツにとって英雄といえる姿だった。


「戦闘終了でーす! お疲れ様でしたー!」


(遠足かよ!)


 神命鳥を倒したとは思えない気の抜けた号令に、モーリッツは突っ込みを入れ、無意識に握りしめていた手が緩む。

 セージの仲間たちはその号令でも盛り上がっていた。


「まぁこんな感じだね。それよりブレッド、ちょっと職業見てよ。あっ! 神命鳥の尾羽根を回収するので踏まないように気をつけてくださいね!」


(なんなんだろうな、あいつは)


 見た目は普通の人族の少年。

 成し遂げたことは英雄。

 その事実にモーリッツは混乱していた。


(そうだ、討伐のことを知らせねぇと、それに歓待の準備だ。フォルクヴァルツを守った英雄に盛大な宴が必要だろ。急がねぇと)


「ユルゲン! 上のことは任せるぜ! 俺は中央に行く!」


「おっ、おう!」


 モーリッツは頭を混乱させながらも準備に動き出すのであった。

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