第195話 フォルクヴァルツ

 セージたちは翌日から、神命鳥の住むインベット山脈の最高峰モンテ・ヴィテの攻略に向けて活動を開始する。

 それに向けて、フォルクヴァルツに着いた日は英気を養い準備する日、ではあるのだが、セージとルシールはドワーフの里フォルクヴァルツを散歩していた。


「言っていた通り北側の被害は大きかったね」


「あぁ、通るのも遠慮してしまうような感じだったな」


 一度北門を確認しておこうと北側に行ったのだが、崩れている建物も多く、ドワーフたちが修繕を急いでいた。

 そのため、すぐに南側へ戻ってきたのだ。


 フォルクヴァルツは中央に大会議場があり、東西南北に大通りがある。

 東西はフォルクヴァルツの住人用の店が並び、現状で散策するのははばかられた。

 南側は一応店舗が開いているため、見て回ることもできる。


「武器屋も防具屋も種類があるんだね。しかも個人店が多いし」


「人族の町は商人が売る場合が多いが、ここは直接だからな。ちょっとそこの武器屋を見てもいいか?」


「もちろん」


 散歩はセージとルシールの二人だけだ。

 他の者とはバラバラに過ごしている。

 ドワーフの里にいて危険な状況になる可能性は低いので、それでも問題はなかった。


 そもそも、どんな場所であろうと二人でいて危機に陥ることはそうそうないだろう。

 何より、セージとルシールは他の者にも一緒に行くか聞いたが、皆気を使ったのであるが。


 武器屋『鋼と木』に入ると、剣や弓、杖が所狭しと並んでいた。

 店の奥で何かを混ぜるドワーフ族の女性がチラリとセージたちを見たが「らっしゃい」と一声かけて作業に戻る。

 ちなみに、エルフ族と同様に、ドワーフ族も男女で顔つきや体格が似ているが、女性は髭がないのでわかりやすい。

 セージは店内の壁に飾ってある剣を見渡して呟く。


「意外と火属性の装備ってないんだね」


「この辺りに火系統の魔物がいないからだろう。神命鳥のいる頂上付近にはいるらしいが、まぁ通常行くことはない」


 インベット山脈は高所に行くほど魔物が強くなると言われている。

 フォルクヴァルツ周辺は推奨レベル40~50だが、そこから少し登ると50~60、さらに進むと70、80と加速度的に強くなるため、基本的に登ることができないのだ。


「そっか。まぁ神命鳥は普通に戦ったら強すぎるし。あっ、破魔の剣だ。へぇー、王都でみたものより品質がよさそう」


「商人の中には品質より名前が重要だと考える者もいる。破魔の剣であれば何でもいいとか、むしろそういう者のほうが多いだろう。安く買って高く売れるからな」


「それならここに来て買った方が絶対いいね。自分に合う大きさの剣をつくってもらうとかもできるだろうし」


「私たちは貴族で、しかも王族からの紹介状があったからすぐに入れたが、普通は違うようだぞ。審査はかなり厳しく、基本的にギルドを通すらしい。冒険者であれば一級パーティーしか入れないとも聞いている。まぁ一級くらいにならないと、この値段ではそうそう買えないだろうけどな」


「うーん。確かに高いよね。特に剣は安くても金貨一枚だし」


「ラングドン領なら高くても金貨一枚だからな。まぁ質はまったく違うが」


「なかなかいい武器が出回らないからねぇ。騎士団でさえ武器性能のバラつきはあったし」


 ラングドン領で一番の鍛冶師はガルフであり、そのガルフもつい数年前までは魔法付与された武器は作っていなかった。

 作れるようになってからもラングドン家にしか売っておらず、市場には出回っていない。


 ただ、ラングドン領に限らず、多くの領で性能のいい武器が出回ることは少ない。

 王都周辺はフォルクヴァルツ製の装備が少し売られているが、人族でそうそう腕のいい鍛冶師はいないからだ。

 そして、いい武器は各領の騎士団の装備として優先されるということもある。


「まぁ今のラングドン騎士団は別だがな。子爵になってから、装備が目に見えて変わっていたぞ」


「僕はもっと高性能の装備でもいいと思うけど」


「おいおい、そうすると買えるものじゃなくなるだろう? 私の剣なんていくらになるか想像もつかない」


「ルシィさんのは特別だよ。さすがにそこまではしないから。武器の上限はフォルクヴァルツにあるものを参考にしようかな」


 そこで、店のドワーフ族の女性が怒りをあらわにして立ち上がった。


「おい、お前ら喧嘩売ってんのか? 俺らの作ったものを参考にする? 値段が高い? 馬鹿言ってんじゃねぇぞ」


 セージとルシールの話が一部分だけ聞こえていたのだ。

 そして、値段が高いとか、ここの武器を参考にして真似しようとか言っているように聞こえていた。


「これを作るためにどれほどの努力が――!」


「リーゼル、やめとけ。人族にはわかんねぇよ」


 今度は店の奥からドワーフ族の男、フーゴが白いレンガが入った箱を持って出てきて言う。


「いいや、言わなきゃならねぇな。フーゴ、こいつらはお前の剣のことも言ってんだぜ? 高いから真似して作るってよ!」


「いいんだよ。どうせ簡単に真似できるもんじゃねぇし、どう言われようが俺の製品の価値が変わるわけじゃねぇ」


「いいや、俺は言うぜ。ドワーフの誇りのためにな」


 白レンガ入りの箱を置くとフーゴは溜め息をついて「勝手にしろ」と答える。

 そして、リーゼルが混ぜていたものを持って、また奥の作業場へ戻っていった。

 リーゼルはふんっと鼻をならし、セージに向き直る。


「おい、お前ら、俺らは金儲けのために作ってんじゃねぇし、ここに置いてあるやつは簡単に作れるもんじゃねぇんだよ。何度も繰り返し挑戦してやっとできるかできねぇかってもんだ。それを考えりゃこの値段だって安い。安すぎるくらいだ。俺たちは次のために素材を買って新たな武器を作っていかなきゃなんねぇんだよ」


 セージはその言葉にうんうんと頷いた。

 昔、鍛冶師の時にダリアが苦労していたのを見ていたからだ。

 失敗作が積み上がると収支がマイナスになることもよくあり、なかなか厳しい世界である。


「性能が良くて値段が高くなっているのはわかっていますから。むしろ、弓や杖は安いと思ってますよ。同等の性能で見ると明らかに剣より安いですし、ほら、あの司祭の杖とかすごいです」


「ほぅ、知ってるのか」


「もちろんですよ。攻撃力も高いですし、回復魔法の消費MP減の効果もありますよね?」


 そのセージの言葉にリーゼルは表情を緩めた。

 フーゴは剣を打つが、リーゼルは弓や杖など木製武器の作製を専門としている。

 ただ、技工師と魔道具師の多いフォルクヴァルツで木工師は評価されにくく、技工師になるためだけの職業として思われがちだ。


「ほぅ、わかってるじゃねぇか。杖は効果が重要なんだよ。それにな、攻撃力で言やぁ剣に劣るが、取り回しのしやすさを考えれば……ふんっ、まぁ、性能のことは多少わかってるようだな」


「ええ、なかなか見ない品質の高さですしね」


「そりゃ俺はフォルクヴァルツいちの木工師だからな。これくらいは当然だぜ。って、そうじゃねぇんだ。これは簡単に真似できるようなもんじゃねぇっつうことだ」


「ええ、それは……えっ竹光!? これ、もしかしてただの竹光?」


 視界の端に、店の隅に置かれた傘立てのような場所に刺さった木刀が映った瞬間、セージの意識はそちらに奪われた。

 木刀『ただの竹光』は初期FSから登場する武器である。

 攻撃力が+1という補正は最弱武器と呼ばれるにふさわしい。


「おっ? 知ってんのか? こいつは訓練用につくったんだが変な名前が付いちまってな。一応置いてるが売れねぇんだよ。って、そんなことはいいんだ。ちったぁ鍛冶のことをわかってるみてぇだからいいがな。他の店でグダグダ言うんじゃねぇぞ」


「気を付けますね。それで、これ一本しかないんですか? 発注したらつくってもらえます?」


「はぁ? これを発注?」


「ちょうど欲しかったんですよ」


 実はセージは『ただの竹光』の作り方を知らなかった。

 ゲームで作れる物なら知っているが『ただの竹光』は作れるものではなく、別の武器の原料として使用される。

 かつてセージはこれを作ろうとしたのだが、アイテム名のない木刀にしかならず、つくれなかったのだ。


「まぁ欲しいってんなら作るけどよ。大銀貨一枚は取るぜ。いいのか?」


「いいですよ。それくらいなら全然大丈夫です」


 リーゼルは即答すらセージに困惑する。

 自分で設定した値段ではあるが、正直なところ大銀貨一枚出してまで購入するものではないと思っていたからだ。

 本当にいいのかと確認しようとしたその時、カンカンカンカンッとけたたましい音が鳴り響いた。


「また来やがったな!」


 里中に音が響き渡る中でリーゼルが怒りの声を上げる。


「何が起こってるんですか?」


「神命鳥が来たんだ!」


「神命鳥! 来ましたか!」


「まだ一週間しか経ってねぇのに! 地下に逃げるぞ! あんたらも来い! 連れていってやる!」


「いえ、大丈夫です! ちょうど会いたいと思っていたんですよ!」


 嬉しそうに言うセージに「はっ?」とまたもや困惑するリーゼル。

 そして「また来ますね!」と出ていくセージとルシール。

 あまりにも意味のわからない行動に、リーゼルは固まったまま見送るしかないのであった。

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