第194話 モーリッツ・ザイフリート

 フォルクヴァルツの門番、モーリッツ・ザイフリート。

 彼は騎士部門番課に所属し、南北に二か所ある門の警備を統括する役を担っている。


 フォルクヴァルツはグレンガルム王国など人族の国とは異なり、国王や皇帝といった者はいない。

 国の組織としては文官部、騎士部、職工部、生産部にわかれている。

 基本はそれぞれが運営する形だ。

 トップである部長が集まって会議をする時に議長を決めることはあるが、持ち回り制であり、特定の一人がいるわけではない。


 そして、騎士部は狩猟課、警備課、門番課、訓練課に分かれており、モーリッツはその強さから門番課の課長に選ばれていた。

 ザイフリート家は騎士部の中でも名門である。

 基本的にどの部も実力主義なので、名門だからといって優遇されるわけではない。

 ただ、名門出は幼い頃から訓練を受けられるので有利ではあった。


 モーリッツは実力で課長になったのだが、強くあろうと課長の仕事は事務作業が多くなる。


(まったく、いつになりゃあこんな仕事がなくなるんだよ)


 モーリッツは南門にある執務室でガシガシと頭を掻いた。

 門番課はその名の通り、門番として出入りする者を調査するのが仕事だ。

 ただ、他にも外壁の維持、防衛装置の保全、地下牢の管理などの業務がある。

 最近は神命鳥の襲来により門番業務が激減。

 かわりに外壁の修繕に多くの者が駆り出された。

 北門付近が神命鳥により大きな被害を受けたからだ。


 さらに、大きく崩れた外壁を狙ったかのように魔物の襲撃が起こった。

 被害は膨れ上がり、外壁の修繕が急務となる。

 幸い職工部の協力もあって迅速に再構築されたが、今はその報告が次々と上がってきていた。


 その次には外壁内の防衛装置の修繕が必要だ。

 その他にも別の課と業務を調整したり、外壁修繕を手伝った職工部に出向いたり、修繕費の予算を文官部と話したり、結局そんなことしかしていない。


(くそっ! 来期は絶対に課長なんざ降りてやる!)


 ここ最近になって何百回目かそう誓ったとき、ノックが響いてドアが開いた。


「モーリッツ。グレンガルム王国から貴族が来たぜ」


「はぁ? グレンガルム王国の貴族? こんな時になんだってんだ」


「知らねぇよ。とりあえず対応してくれ」


「……まったく、しかたねぇな」


 今の現状なら他種族の入国を断ることもできる。

 ただ、友好国であるグレンガルム王国の貴族であれば無下にするわけにはいかない。

 里の修繕にかかりきりになって、王国騎士団の装備の製造依頼を止めているにもかかわらず、王国からの食料の供給は続いているからだ。


 そして、貴族が来た場合は課長が対応することになっている。

 人族の貴族は身分を重視するといわれているためだ。

 課長は上級貴族と同等と見られている。


(まったく面倒くせぇな。いっそのこと全員肩書きだけでも課長にすりゃいいんじゃねぇか?)


 南門の上部の執務室から下に降りる。

 そこには冒険者のような者たちが集まっていた。


(貴族と護衛の騎士にしちゃあ雰囲気が違うな)


 騎士はたいてい装備が統一されており、階級が上の者は性能が良くなる傾向がある。

 そして、待機の時間であろうと整然と並んでいるものだ。

 しかし、この場にいたのはそんな雰囲気ではなかった。

 装備は全員同じで、並ぶどころかバラバラ、自由に会話しながら緩い空気感である。


 訝しげにその一団を見て、部下から話を聞く。

 侯爵のことや来た目的について報告を受け、モーリッツはセージに目を向けた。


(こいつが侯爵?)


 無言で部下に聞くと頷かれる。

 セージはもうすぐ14歳。

 身長は170cmあり、当然のことながら平均身長の低いドワーフ族よりも高い。

 しかし、顔つきにはまだ少年のような幼さが残っていた。


「それにしても、内部も白いレンガなんだね」


「外壁は全てこのレンガを使用しているらしいぞ。鉄より硬く、耐久性に優れているそうだ」


「へぇー、どうやって作ってるんだろう」


「それはフォルクヴァルツの秘密だな。その性能の高さから王都でも使っているが、全て購入したものだ」


「町で買えるかな? ちょっと欲しい」


「レンガを何に使うんだ?」


「強度を調べようかなって。どれくらいまで耐えられるか気になるでしょ?」


(なんだこいつは。これが侯爵だと?)


 緊張感なく話す少年が侯爵、しかもフォルクヴァルツに来た理由が神命鳥の討伐である。

 モーリッツの眉間のシワが深くなっていた。


(人族は世襲だったか。こんな子供が偉くなるなんてやっぱおかしいぜ。まったく。で、この冒険者っぽいやつらは子供貴族の無茶に付き合わされたってことか? 苦労してんな)


 そんな気持ちを抱えつつモーリッツはセージに近づいた。


「俺が門番課の課長、モーリッツ・ザイフリートだ。ナイジェール侯爵だな?」


「はい。セージ・ナイジェールです。モーリッツ課長」


 人族の国では課長という役職はない。

 なので、セージが違和感なく『モーリッツ課長』と呼ぶことを少し意外に思いながら話を続ける。


「神命鳥を討伐しにきたってのは本当か?」


「そうですね。その拠点としてこの町にいたいのです」


「かつて神命鳥を討伐しにきた百人規模の冒険者が、山を登りきることもできずに退却したって話は聞いたことあるか?」


「それは聞いたことないですけど、だいたい出てくる魔物は想定できていますから」


「王国騎士団が一撃で壊滅したって話は知っているか?」


「それは聞きましたよ。でも僕らはちゃんと耐火装備も用意して討伐計画を考えていますから」


(チッ、神命鳥の強さをなんもわかってねぇな。まったく。まぁいい、無理だと思ったら帰るだろ)


 どこまでも自信満々に答えるセージに、モーリッツは「それなら頑張れ」となげやりに言う。


「ところで、宿屋ってありますか?」


「宿はすぐそこだ。こっちに来い」


 モーリッツはセージたちを連れて門を通り抜けた。

 セージは町を見て「おぉ!」と声を上げる。


 南門から中央の大会議場に向かって伸びる大通りの両側には三~五階建ての建物が並ぶ。

 全てが白いレンガの壁に白い屋根。

 全体的に白いが、どの建物も一部にカラフルな装飾がされており、華やかな印象だ。


 この装飾は識別の意味もあり、宿屋、酒場、武器屋など、見ればわかるようなデザインになっている。

 その他にも家紋のような印などもあり、オリジナリティ溢れた装飾が楽しい町並みだ。

 セージはキョロキョロと見回しながら「綺麗ですね!」と言い、ルシールが頷く。


「意外だな。神命鳥の襲撃を受けたと聞いていたが」


(一応その話は聞いて来てんだな。それでも来るなんて物好きな……と、こいつの目的は神命鳥討伐か)


「南側の被害はねぇからな。北側は酷いもんだぜ」


「神命鳥は南には来なかったんですか?」


「来る前に撃退したんだよ。ってか、元々侵入されることの方が少ねぇ。今回は短期間に来やがって準備が間に合わなかっただけだ」


「そうだったんですね。撃退ってなにでするんですか」


「外壁に設置している大型弩弓と、あとは魔法だな。倒せはしねぇが撃退ならいけるぜ」


「なるほど。何発くらいで撃退でしたか? 使った魔法は? 怯む様子はありましたか?」


「わかんねぇよ。一斉に射撃するからな。当たるとも限らねぇし。使った魔法はウォータービームだが。怯むってなんだよ。動きが止まんのか?」


「そうですけど、わかりにくいですよね。神命鳥からの攻撃はどうしていたんですか?」


「俺らは建物の中から出ねぇんだよ。要は壁頼みってわけだ」


 ドワーフ族は種族補正としてVIT、MND、AGIが低い。

 体格がいいのでVITはまだ修正されるが、耐久力や素早さが低いことは問題だ。

 ドワーフ族の冒険者がいないのにはそういう種族的な問題もある。

 神命鳥との戦いでは外壁や建物の中から攻撃していた。


「ある程度HPを削ると神命鳥は逃げるんですか?」


「そうだな。追うこともできねぇし、襲撃と撃退の繰り返しだ。神命鳥を一度でも倒しゃあこれもおさまるんだろうけどよ。かといって、勝てるもんじゃねぇし。だからグレンガルムの勇者パーティーを寄越せっつってんのに、全然来やがらねぇ」


 セージとしては勇者パーティーで勝てると思えないため「まぁそうでしょうね」と答える。


「お前らに言っても仕方ねぇよな。すまねぇ」


「いえいえ。むしろ、僕らが神命鳥を倒す予定なので、ちょうどいいですね」


「……まぁ期待してるぜ。神命鳥はあの山の山頂にいるからよ。そこまでに出てくる魔物も強えし、そこで軽く倒せねぇなら無理せずに引き返せよ」


(まっ、この里より北はまったく魔物が変わるからな。すぐ引き返すだろ)


「わかりました。ありがとうございます」


「宿屋はそこだ。北門側の宿の方が山を登るならいいんだろうけどよ。全部やってねぇからな」


 その宿は商人用で南門付近に固まっている。

 冒険者などが利用するのは北門側の宿だが、神命鳥の襲撃により被害が大きく今は休業中だ。


「それでは、ありがとうございました」


「おう」


(まっ警備課長に言っとくか。王国の貴族がここで死んだらややこしいしな。注意してやらねぇと。まったくよぉ)


 宿に入っていくセージたちを見ながら、モーリッツはその自由な雰囲気に少しの羨ましさも感じるのであった。

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